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同性愛を気持ち悪いという誰かの言葉でエスとエスの大切な人が微かにでも傷付くことがないように、そんなことをいう人間の舌を抜いて唇は縫ってやろう、とすら思う。

エスの好きな人は男の人。
けれどエスはおかしくない。だったら、女の人に興味がなくて男の人を好きになる俺も、きっと同じようにおかしくはない、だろう。

そんな、誰かに聞かれたらなんだその雑な理論はと鼻で笑われそうなことで、けれど俺にとってはごく真剣で意識の大改革なことを、委員長に告白をされたとエスが話してくれた日、俺は一晩かけて自分に呑み込ませ染み込ませ俺の中の真理として根付かせた。


そういうわけで、だから、エスがちょっと照れながら委員長と恋人になったことを教えてくれた今この瞬間、俺はコンマ一秒の間を置くこともなくエスを抱き締めてお祝いすることに成功したのだ。

「おめでとう、エス! 一生懸命考えたもんね。ちゃんと分かって、良かったな」
「―うん。やっぱり、岩見は俺より先に気付いてたんだな」
「当たり前だよ、お前と一番一緒にいるのは俺なんだから! 大分前から、エスは委員長が特別に好きだって知ってたよ」

体に腕を回したまま間近で笑いかけると、エスはばつが悪そうな表情をして「ずっと気付かなかった俺が間抜けだよな、自分のことなのに」なんて自虐する。

「エスは元々自分の機微には疎いし、恋に対して興味も経験もなかったんだから、おかしくないよ」

本当にたくさん考えて、嫌なこともあったんだろうって分かってるから、俺としては祝福と同時によく頑張ったねえという気持ちも一杯だ。
「あんまりフォローになってねえよ」と笑ったエスは、最近の浮かない表情が消えて晴れやかでやっぱりほんのり嬉しそうだ。

ああ、よかった、こんな表情をするエスを、心から曇りなく祝福できて。

もう一度「よかったね」としみじみ言った俺を、ふと真剣な表情になったエスがじっと見つめる。探る、というよりは、奥にある感情まで余すところなく読み取ろうとしているような視線だ。

「……岩見、嫌じゃない?」
「―嫌じゃないよ。嫌そうに見える?」
「見えない。」
即座に否定したエスは二度の瞬きの後に、僅かに表情を崩した。エスが泣くはずはないけれど、なんとなくそのまま涙を溢したっておかしくなさそうな顔だと思った。

「……ありがとう、岩見」
深く、いろいろなものを含んだ声だった。そのまま珍しく俺の肩に額をくっつけたエスの手が、一瞬だけ俺をぎゅうっと抱き締める。

―やっぱり、エスは自分の感情には鈍いくせに、俺のことは不思議なくらいによく分かっている。俺の葛藤も恐怖も、口にしたことなんかなかったのにいつの間にか気付いていて、俺がそれに向き合ってなんとか咀嚼し腹に収めたことも、そうすることに挑んだのがエスが関わっているからこそだということも理解しているのだ。
短い感謝の言葉からエスが分かっているということが伝わってきて、俺は自分で、自分のためにした覚悟だったはずが報われたような気になってしまった。




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