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「人前は、俺はそういうのを見ると嫌な気持ちになるから、自分でもしたくないんですけど。―今は多分、もう人もいないし、暗いし……あと、まだ先輩の体温を離したくないので、先輩が嫌じゃなければ、寮に着くまで俺はこのままがいい、です」

最初は微笑みの気配を残したまま、滑らかに紡がれていた言葉が、最終的にぎこちなくなって、表情も恥ずかしそうなはにかみに変わって、俺は胸の奥からぎゅんっとすごい音がしたような錯覚すら抱いた。
言ったハルより言われた俺の方が赤くなっているのって、本当に格好がつかない。意思表示も頷くことが精一杯で、思わず顔を手で覆う。

「やばい―」
「……なにがですか」
「嬉しいし照れるしで、顔がすごく緩む……。ハルと手を繋いで歩けるとか、現実がすごいことになってる」

言ってしまってから、こういうことは言葉にしない方がいい類なのでは、という気がした。何を浮かれたことを、なんてハルが呆れ顔に変わっていないか、心配でそっと窺う。と、何故かハルは呆れるどころか珍しいくらいに赤くなっていた。俺は思わずいろいろなことを忘れてその顔に見入った。なんで赤いの? すごく可愛い。

多分レアだし、忘れないようにしっかり記憶しておこう。そう思ってじっくり見つめたら、「見ないでください」とそっぽを向かれた上に俺の顔は別の方向に押しやられた。

「ええ、見たい」
「だめです」
「じゃあ、なんで急にそんな反応になったのか教えて」
理由が分かってたらまた見られるかもしれないし。ハルが駄目だというので大人しく視線は違うところに向けさせられたままで問うと、先輩のせいです、という返事。

「なんで?」
「……先輩は、そういうこと、全部言葉にする。心臓がぎゅうぎゅうするし、照れるから、控えてください」

不満げな口調。言われたことを理解して、意味をなさない声が出そうになった。
そうする代わりに俺の顔を押さえるハルの手首を掴んで視線を戻したら、照れているのが不本意だと言いたげなハルと目があって、俺は結局は堪え性もなくその体を抱き締めた。

「っうわ、先輩?」
「―控えるのは、無理です」
「……、なんで」
「ハルといると、言ったら情けないって思われるようなことも言っちゃうんだよ。俺だって、もっと格好つけたいのに。一番格好いいって思われたい相手に一番情けない部分を見せてしまってるのは、俺も不本意なんだけど、」

身長があまり変わらないから、抱き締めたまま俯けば自然と肩の辺りに顔を埋めることになる。そのまま話すとハルはくすぐったいのか少しだけ身動いだけれど嫌がる素振りはなく、俺の言葉に耳を傾けてくれている様子だ。

「呆れたりしないどころか、そんな顔を見せてくれるなら、格好つけられなくてもいいような気になる」
「……情けなくないし、呆れるとか有り得ないです。可愛くて、どうしたらいいか分からなくなる、だけ。―やっぱり、先輩はそのままでいいです」

照れているのをあまり見られたくないらしいハルが、それと天秤にかけて俺にそのままでいいと言ってくれた。
俺の情けなさを笑わずに、プラスに捉えてくれただけでも嬉しいのに、そんな風に受け入れられたら嬉しすぎて、それこそどうしたらいいか分からなくなる。さっきからハルは俺を喜ばせ過ぎている。

好きだと言おうとしたけれど、喉の奥まで感情が溢れてしまったみたいで、何も言葉にならなかった。ハルは俺が感極まっていることを感じ取ったらしく、優しく背を撫でてくれた。
そっと体を離すと、ハルの方からさっきと同じように手を握って、「一緒に帰りましょう」と頬笑む。その声が優しくて甘くて、俺の想いはちゃんと掬い上げられてハルの胸に大事にしまわれたのだなと改めて実感した。

嬉しいのが度を越すと、泣きそうになるのをハルに出会って知った。多分、俺が泣いてしまってもハルは同じように可愛いなんて言って簡単に受け入れてくれるのだろうと思ったら、もう何も怖いものはないような気がした。

「うん。―ありがとう、ハル」
「お礼いわれるようなことは言ってないし、してないです。でも、どういたしまして?」

恋心が叶わなくてもいいなんて、本当はきっと、虚栄だった。俺はずっと、ハルに伸ばし続けていた手を等しい熱をもって掴んで欲しかった。
俺は悪戯っぽく笑うハルの手を強く握った。

冷えていた彼の手は、もう俺と同じ温度になっていた。




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