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「勉強の邪魔をしたくないから」
「―あ、そういう……」
簡潔にはっきりと問いに対する答えを返してくれた後で、戸惑いつつ慰めるような手つきで俺の頬を撫でる。予想と違ったことで、俺は体から力が抜けた。

「俺、嫌な言い方しましたか? そんな顔しないで、先輩」
ハルがこんな風に狼狽するのは珍しい。格好よくいるということが出来ない俺は、恐らく不安げな表情をしたのだと思う。それがハルを慌てさせたのだと思うと、なんというか、鳩尾の辺りがむずむずしてしまう。

「ハルが俺といたくないのかと思った……早とちりした」
「そんなわけないでしょう」
何を言い出すのかとでも言いたげな顔をされた。ハルも俺と一緒にいたいということだから、嬉しい。

「うん、良かった。あと、俺はハルがいてくれた方が勉強が捗るくらいだから、邪魔とかそれこそ有り得ない」
話しながらハルの手に自ら頬を擦り寄せて、親指の付け根にキスをすると、ひくりと指が反応した。

「……俺は何もしてないのに?」
「ハルが傍にいてくれると嬉しいから。逆に会えないとハルのことばかり考えてしまって逆効果だと思う」

好意を伝えつつ、しっかりと主張する。会える距離にいるのに会えないなんて本当に無理。ハルは目を泳がせてから不機嫌そうな顔になった。ハルがよくする、照れを抑えようとしているときの表情だ。
ハルの中身と表情の意味を知らずに見れば怖いとしか言えないだろうという顔だけれど両方を知る俺からしたら可愛い以外の何物でもない。頬擦りしたいくらいだ。怒られそうだからしないけれど。

「あ、でも一緒にいるのに俺が勉強してたらハルはつまらないよな」

浮かれていた頭で不意に思い至って、はっとする。ハルは俺のことを気遣ってくれたのに、俺は自分のことしか考えてなかった。
申し訳なさに眉を下げると、両手で顔を挟まれた。ぐっと寄せられたハルの顔にはもう照れの気配は消えている。

「つまらなくないですよ。俺も先輩と同じですから」
「同じ?」
「そう。先輩が同じ空間にいるだけで嬉しい。つーか、真面目な顔で勉強してるキヨ先輩とか、そうしようと思えば余裕で、ずっと眺めてられます」
「……マジで?」
「マジです。だから、まあ、先輩の邪魔にならないなら、残り数日もこれまで通りってことで。」

大きく首を縦に振ると、ハルは目を細めて俺の顔を見つめた。慈愛がこもっているとでも言うのか、深い愛情がその眼差しから伝わってくるようで、胸が苦しくなる。ハルは俺のことが好きなんだと分かるから。
嬉しいのと愛おしいのとその他沢山のプラスの感情が湧いてきて堪らない。俺からもハルの頬を両手で包むと、猫の挨拶のように鼻先同士がくっつけられた。

じっと見つめると、意図を汲んだハルがちょっと笑って目を閉じる。仕草まで全部可愛くてしかも格好よくて、本当にどうしたものか。すごく好きだ。
言葉で言う代わりに口付ける。まだ、触れた瞬間は緊張する。俺だけでなくハルもそうだと微かに強張る体や唇から分かるから、互いの緊張を解すように自然といつもゆっくりした触れかたになるのだ。
そうやって数度キスをした後、目を合わせて雰囲気の擽ったさに笑い合う。

「……あのさ、ハル」
「はい」
「受験終わったら、買い物行きたいんだけど、付き合ってくれる?」

ハルと一緒に出掛けたい。寒いし、外では今みたいに触れないけれど。
控えめな打診に、ハルは何の迷いもなく「勿論」と答えてくれた。

「楽しみにしてるので、受験頑張ってくださいね。キヨ先輩」
「……めちゃくちゃ頑張る」

頷いたら「いい子です」と微笑みながら言われた。これはもう合格するしかないと思う。頑張ろう。




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