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「……こんなの、平然としてるのは無理」
「わかるわかる。先輩はタラシだよな」
うんうんと頷く岩見。ああそれだ、と俺も同じく頷く。

「ちょ、っと待て待て。タラシとかじゃないから、やめてくれ」
「いやいや、確実にタラシですって」
「そんなこと言ったら、ハルだってタラシだろ?」
「はっ?」

驚いて、照れが吹き飛んだ。なんで俺が、と先輩を見て、否定してくれるだろう岩見を見る。

「あーそれはもう大前提っすよ。エスはきゅんとさせるのは超得意」
「あ、俺は友情的な意味でのきゅんなんでご心配なくー」なんて断りを入れているが、そこじゃない。しかし違うと言っても、多数決的には劣勢だ。

「……この話題、もうやめましょう」

俺は大人しく、かつ平和的に話題の転換を提案した。楽しそうに笑ったキヨ先輩が、そうだなと言いつつ俺の背中をぽんぽんと叩く。そう言えばずっと手が添えられたままだ。些細な触れ合いだし、厚い服越しなのだからそんな筈もないのにその部分がとても温かいような気がする。

「じゃー、話題かえて! 鷹野先輩、お暇な時にでも夕飯食べに来ません?」
「ん?」
「俺とエスで作るんで。な?」
「俺も?」

夏休みから少しずつ料理をするようにはなったが、まだ人に食べてもらえるようなものではないと思う。驚く俺に岩見はそうだよ、と軽く返す。

「えっ、岩見が料理上手なのは聞いてたけど、ハルも料理するのか?」
「おっエス褒めてくれてたんだ。嬉しいー。そうそう、最近いろいろ作ってるんだよなー、エス」
それはそうだけれど、とまだ逡巡していると、先輩のきらきらした目と目が合った。

「ハルの作ったご飯、食べたいな」
「やります」
「あはは、即答!」
岩見に笑われるのも当然なくらい今の俺はチョロかった。へにゃ、と先輩の顔が弛んだから後悔はしない。

「楽しみ。岩見、誘ってくれて嬉しい、ありがとう」
「へへー、俺も先輩と親睦を深めておこうと思いまして。長い付き合いになるでしょう?」
「うん、そうだな。是非深めておこう」

うんうんと頷き合う二人。
不思議だ。キヨ先輩が他の人と仲良くするのは嫌なはずなのに、その相手が岩見だと、全く嫌ではないどころか嬉しくて気を抜くとつい顔が綻んでしまいそうになる。

理由を説明するのは少し恥ずかしいから、笑わないように気を付けて、二人と緩いテンポで会話をしながら歩いていたら校舎まではあっという間だった。


「じゃあな、ハル。授業頑張って」
「はい。先輩も」

先輩は離れるときに、多分隣の岩見すら気づかなかっただろうというくらいの一瞬、俺の冷えた手を上からぎゅっと握ってから、岩見にも挨拶をして離れていった。
先輩の手は、手袋もしていなかったのに温かかった。

「一緒に登校出来てよかったな、エス?」
揶揄い混じりの言い方だったが、文句は言わずに頷いた。

「あらら、意外。素直だね」
「まあな」

岩見が先輩に声をかけなかったら俺は気付かないままだったし。寒くて嫌だとしか思わなかった短い時間が、先輩がいるだけで悪くないモノに感じるのだから、俺は相当単純なのかもしれない。
「恋だねえ」としみじみ呟かれたのはさすがに少し居た堪れなかったけれど。

とりあえず、三人で夕食は、俺も結構楽しみだ。




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