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「#切ない」のBL小説を読む
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1

私立の全寮制男子高等学校。その広大な敷地の校舎2階にある、そこそこ人通りの多い
廊下。
その中心で対峙する男が2人。

「――相変わらず腹立つ顔してんな、生徒会長殿?」
「さすが、風紀委員長様はご自分を棚にあげるのが御上手でいらっしゃる」
「どういう意味だコラ」
「そのままの意味だが?」
片や凶悪に光る目を眇め。片やこれでもかと言うほど輝かしい笑顔を浮かべ。この学園において最も有名であると言っても些かも過言ではない彼らは相対する。

「ほんと嫌みな性格だな。お前に友達がいねえのも納得だわ」
「歩くだけで一般生徒を委縮させている迷惑な野郎よりはましだと思うな、俺は」
「牽制だろうが。抑止力がなきゃ風紀は乱れる」
「先代はそんな風にしなくても抑止できていたが。そうできるだけの能力がないだけだろう? 無能を恥と思わないのか、無能であることに気が付いていないのか、どっちなんだろうな」
「誰が無能だ? てめえこそ、慕われていた元会長とはえらい違いだぜ。お前が騒がれてんのは人望じゃなくて上っ面じゃねえか。まあ俺はその上っ面さえ、さほどいいとは思わねえけどな?」

「―あ?」
「ああ?」
罵り合い、額が触れあうほどの近くで睨み合う彼ら。遠巻きに見守る生徒たちが小さく悲鳴をあげる。
この2人――生徒会長の市ノ瀬と風紀委員長の加宮はそれはもう仲が悪いのだ。犬猿の仲もかくやというほど。すれ違えば睨み合い、言葉を交わせばご覧の通りの嫌みの応酬、すこしばかりエキサイティングして胸ぐらを掴んでの凄み合い―などなどそれはもう清々しいくらいに相容れない様子である。
二人ともすこぶる顔がいいため、そんな光景はド迫力だ。美形が怒ると怖いを体現している。

「やんのかコラ」
「上等だコラ」

どこの不良ですか今どきそんなこという人いません……あ、ここにいた、と突っ込みをいれつつ遠い目をしたくなるような台詞を至近距離で交わす2人。巻き舌だ。
そのとき、風紀委員を呼んだほうがいいだろうかとおろおろする生徒たちは見た。向こうから軽やかな足取りで爆走してきた男がジャンプ一番、非常に体重が乗っているだろう跳び蹴りを風紀委員長にお見舞いする様を。

「ぐはっ!」
「うわっ」

目の前の生徒会長に気をとられていた委員長はまともにそれを食らい地面に膝をつく。驚いた会長は一歩身を引いて動揺した声をあげた。
すたんっと着地する、跳び蹴り実行者。

「もーっ。すーぐ喧嘩するんだから! ダメだぞ☆委員長!」
「げほっ……てめえ品川、なんで俺にだけ攻撃してやがんだ」
「はーいそんなの委員長から絡んだに決まってるからでーす」
「決まってねえよ! なんだそれは!」
「えーでも基本的に会長は自分から突っかかるような人じゃないしー。ね、会長?」

品川――風紀副委員長に話を振られた市ノ瀬は困惑した様子で目を瞬いた。先程までの強気な印象が薄れる反応である。それを見た加宮は鋭く舌打ちをして立ち上がる。スラックスの汚れを払った彼は興味を失ったかのように踵を返した。

「戻るぞ、品川」
「はーいよ、委員長」
歩き去る広い背を追う前に品川は一度振り返った。何とも言えぬ表情をした市ノ瀬に困ったふうに笑いかける。

「ごめんね、会長」
「え、ああ―」
曖昧に頷くのを確認して、品川も歩き出す。きっとごめんねの正しい意味は伝わっていないだろうと思いながら。


風紀室に到着すると、加宮は室内を真っ直ぐに突っ切って風紀委員長のために設えられた席に腰を下ろした。共に戻った品川は、行儀悪く加宮のデスクに腰かけ自分と視線を合わせようとしない加宮をじっくりと見つめ、口を開く。

「ねえ、加宮。ちょっと聞きたいんだけどさ」
「……」
「お前、頭悪いの?」

高校生とは思えぬ威圧感の持ち主である加宮に対して、まるで純粋に疑問に思っているかのような口ぶりで品川はしゃあしゃあと言ってのけた。
対する加宮は眉間を思い切り寄せた。不機嫌そのものな様子に、その場にいた委員たちはとばっちりの怒りに触れぬようにと息を詰めて自分達の存在を空気と同化させることに集中する。
だって委員長怒ると怖いんだもん。

「うるせえ」
「うるせえじゃねえっしょ。なーんであんな態度しかとれないのさ」
「―わかってんだよ……」
顔を背け、ぼそりと呟く。品川はため息をついて足を組んだ。ついでに腕も。

「加宮がそんなふうだから会長もああいう態度になるんだぜ?」
「……あいつは俺のことが嫌いじゃねえか」
「そういう話じゃない。俺が言いたいのは、お前が喧嘩売るようなこと言わなければ会長は普通に話してくれるってこと」

わかってんだろ? と呆れた品川の視線を感じながら加宮はむっつりと押し黙る。

さて、なんの話か。簡潔にいうと、風紀委員長の加宮は以前から、己と仲の悪いと評判の会長、市ノ瀬に懸想している。といったところか。簡潔も何もこれ以上に含むところはないくらい単純明快な裏事情。
加宮とて想い人とは仲良くしたい。それはもう、切実に。だが、ひとたび彼を目の前にすると、色々な感情が混ざりあってなぜか喧嘩を売るような口調に至るのだ。からかったり馬鹿にしたりせずに話し掛けようとすると今度は口が縫われでもしたかのように固まってしまう。しかし彼と会話をしたい。その結果があれである。

大人しさや気弱な性格からは程遠い市ノ瀬は負けじと言い返してくるし、言い返されればそれだけで加宮は嬉しくなる。
苛立ち? そんなものは感じてなどいない。加宮としては絡めて嬉しいのだ。後から多大なる後悔に押し潰されるけれど。彼が上っ面だけの男だなんてありえないし、その上っ面が大したことないなど、よくも言えたものだと自分でも思う。加宮は凛として男らしくしかし美しさも備えた市ノ瀬の見目が非常に好きだ。

まあそれはさておき、そんなこんなの理由があって加宮たちは犬猿の仲と相成った。品川が呆れるのも無理はない。

「ツートップになったら少しはマシになるかと思えば、自分から更に悪化させるし……」

最初から己の恋を知る幼馴染みの言葉が耳が痛い。けれど、と加宮は思う。けれど、犬猿の仲というレッテルが引き剥がされ市ノ瀬にとっての自分が大勢のなかの一人となってしまうのも嫌なのだ。
犬猿の仲、ライバル、という周囲の認識に感化されるように市ノ瀬が何かと張り合ってくるのも嬉しいし可愛い。現状を変えたいかと言われれば加宮としては複雑なのだ。

「しゃーねぇだろ、出来ねえんだから……」
「お前が恋愛にこーんなにぶきっちょとか知りたくなかったよ。こんなに可愛くないツンデレの存在も、知りたくなかった」
やれやれ仕方がないな、と言わんばかりに品川が肩を竦めた。容赦のない言葉だ。加宮は気まずさを払拭するように作業にかかる。
生徒会からこちらに回ってきた書類の束の一番上、会長印の捺されたものからチェックする。

書いた人間を表すような流麗なサインを加宮はそっと指先でなぞった。


▽▽▽

処変わって、こちらは生徒会室。

「……ねえ、会長、元気なくない?」
「また加宮と喧嘩しちゃったんだってさ」
「あらららー」
「えーでも会長悪くないですってーいっつも委員長から絡んでくるんですからー」
「……それに条件反射で皮肉を返してしまうことにへこんでいるんだろ」
「でも言われっぱなしとか、皆のイメージする会長らしくはないもんねえ」

ぽそぽそと小声で交わされる会話であるが、さほど広くない上に他に雑音のない室内なので、市ノ瀬の耳にはばっちり届いている。哀れみの視線を向けられていることを自覚し、彼は確認していた書類を放棄しぱたりと机の上に臥せった。

「もう嫌だああ……誰か俺に可愛げをくれ……」
「何を言うの、会長は心底愛らしいよ!」
「そうですよ、会長ー! 僕は会長ほどいじらしい人を知りません!」

心から漏らした弱音に対し拳を握って励ましてくれるのは会計と庶務だ。そんなことを言うのはお前たちだけだ、と市ノ瀬は言いたい。
自分の見目が可愛らしいものとは程遠いことなどよくよく知っているのだ。

「ほらほら、市ノ瀬。紅茶淹れるから休憩しよう。ね、皆も」
白い綺麗な手で、ぽんと市ノ瀬の肩をたたいた副会長が生徒会室に隣接した給湯室に向かう。その背を伏したまま目で追ってから、市ノ瀬はゆらりと立ち上がった。書記と会計に庶務も作業をやめて室内の中心に位置するソファーとテーブルの方に移動をする。

「元気を出せ、市ノ瀬。今日のお茶請けはあんたのお気に入りの店のケーキらしいぞ。なあ、会計」
「そうだよ、美味しいよ。会長、好きでしょ?」
「モンブラン……?」
「モンブランもあるよ!」

隣に座った書記の肩にぐりぐりと額を押し付ける市ノ瀬。頭を撫でてくる手がやけに慣れたふうなのは、彼が四人兄弟の長男だからだろうか。
紅茶の温かく上品な香りとともに戻ってきた副会長の後ろを、ケーキの入った白い箱を手に追ってきた庶務がぽすりと軽い音を立ててソファーに飛び乗った。他の生徒会メンバーよりも一学年下の庶務は、埃がたつと書記に窘められてぺろりと舌をだしながら謝った。
とても可愛い。可愛いというのはこういうことだ。

「どうぞ会長」
「はい、モンブランだよ。会長」
五人で揃いの白磁にロイヤルブルーで模様の描かれたカップと、つやつやしたマロンをてっぺんに乗せたモンブランが目の前に置かれる。市ノ瀬は書記に寄りかかるのをやめて姿勢を正した。

「ありがとうな」
ようやく微笑んだ市ノ瀬に三人もそれぞれ笑顔を返した。

美味しいケーキと紅茶を堪能しつつなごやかな雑談が始まるが、話題は結局、皆の関心を集めるところにいくわけで。

「それにしてもさ、委員長ってなんであんなに会長に絡むんだろうね?」
「本当そうですよねー、毎回毎回よく飽きないなっていうかー」

「―俺のことが嫌いだからだろ……」
「嫌いな人間にわざわざ声をかける意味がわからない」

心底不思議そうに小首を傾げる書記を尻目に副会長は紅茶を一口。
「案外、市ノ瀬に構われたいだけだったりしてね」

優雅な仕草でカップをソーサーに戻し、フルーツタルトを切り分けながらのその一言に皆の視線が副会長に向いた。彼は全員の視線に向かってにっこりと微笑んでみせる。

「いや―、いやいや……ないだろ」
市ノ瀬は半笑いで片手をないない、と振った。

「えーわっかんないよ、もしかしたらそうかもー!」
「そういえば会長を見つけて今から絡みまーすって時の委員長、すっごく生き生きしてますよねえ」
「あーわかる!」
だよねだよねー! とThe・美少年といった風貌の庶務と、軽薄そうな見た目でその実のんびりほんわかな性質の会計が手を取り合う。
市ノ瀬はその光景に思わずきゅんとしてしまった。うちの役員まじ可愛いよな。

「市ノ瀬が言い返してくるのが楽しいのかな」
「―じゃあ、市ノ瀬がいつもみたいに応じなかったら、あいつ、どんな反応するんだろうな」

半ば意識を別のところに飛ばして癒されていた市ノ瀬は、ぱっと隣を見た。顎に指をあてた書記がさっきと同様こてりと首を傾けてこちらを見ている。
いつものように応じなかったら? それは、嫌味に対して言い返さないということだろうか。無視? いやいや、そんなことはできない。なぜって市ノ瀬は加宮に話しかけられて―例えそれが喧嘩腰であろうとも、悪口を言われようとも―嬉しいと思っているのだから。

「む、無視なんか出来ない」
「いや、無視ってことじゃなくてな。あんた、あいつに対峙するとめちゃくちゃ強がるだろ。それをやめてみればどうかと思って」
「う……」
市ノ瀬は眉を寄せて口端を曲げた。確かに市ノ瀬は加宮を前にすると友人たちといるときのように素直に感情を表に出せない。しかしそれは仕方のないことだと思う。加宮の言うことひとつ、表情ひとつに、いちいち傷ついているだなんて本人には知られたくないではないか。

情けないし恥ずかしいし、きっと今よりもっと嫌そうな顔をされると思う。もしかしたら、話しかけたくもないと思われてしまうかもしれない。
想像したらへこんでしまった。また書記の肩に頭をぐりぐりする。

「それ、いいかもね。とりあえず、素直になれとまでは言わないから喧嘩にならないようにしてみたらいいんじゃない」

そんな市ノ瀬の様子に頓着せず名案だと言わんばかりにぱちりと両手を合わせた副会長が言う。
市ノ瀬はぱちりと目を瞬いた。心境としては、なるほど! そんなやり方があったか! というものだ。確かにそれならいつもと違うし、情けないところをさらさなくても済む。目から鱗である。

「あー、いつもと違うとどうしたんだろーってなりますしね。しかも委員長なんて会長のことある意味意識しまくりだから効果てきめんかもー」
「俺もそれ賛成! やってみようよ会長!」

身を乗り出す会計の唇のそばに生クリームがついている。市ノ瀬はそれをティッシュで拭ってやりながらこっくりと頷いた。
加宮がどんな反応をするだろうかと今からもう心臓がドキドキしはじめる。

「―俺たちは君の恋路を応援してるから、頑張ろうね、市ノ瀬」
「そうですよー、最終的には委員長のハートをずっばーんと撃ち抜いちゃいましょうね!」

「が、頑張る!」

生徒会仲間であり友人である役員たちの励ましに、市ノ瀬は両手を握って意気込んだのだった。


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