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新入生歓迎会を目前にして俺たち生徒会は非常に、ひじょーに忙しかった。
俺は数字見すぎて頭のなか数字でいっぱいになるしエクセルの操作しすぎで夢の中でもエクセル触ってるし。会長も書類チェックがしてもしても終わらない夢を見たって言ってた。

まあそんな修羅場じみた状況ももう終わりだ。新歓前日の今日、俺たちはとうとう書類地獄から解き放たれたのだ! 万歳!

昨日は部屋に帰ってすぐに爆睡して目が覚めてから学校に行って、ひさしぶりにまるまる授業を受けて。で、今は放課後。いっつも生徒会の仕事をしていた癖でか、あるいは久しぶりの休みを持て余したのか、自分でもわからないけれど俺の足は生徒会室に向かっていた。ほんと、多分深い意味はない行動。

そして瀟洒な彫刻が施されたおしゃれな扉を開けると中には先客がいた。

「やあやあ会長ではないですかー」
「なんだ、お前も来たのか。どうした?」
それぞれに割り振られた席ではなく休憩用にと部屋の中央に設けられたソファーに座った会長の手には数枚の書類。扉を開ける音で顔を上げた彼は、俺だとわかると不思議そうな顔をした。

「なんかついいつもの癖で来ちゃったっすー。てーか会長こそ、なにしてんです?」
「俺も同じ。あれだな、いつも忙しいと急に暇になったとき何していいか分かんねえのな」
ははは、と笑う会長に、呆れるところなのは分かっているけれど同意してしまう。
いつもなら向かいのソファーに俺と書記くんが座って、会長の隣は副会長ってなんとなく定位置が決まっている。けれど俺と会長以外は誰もいないから、それこそなんとなく、会長の隣に座った。

体を寄せて手元を覗き込む。明日の原稿だ。はちゃめちゃに忙しかった会長に代わって、俺が合間合間で作り上げた会長挨拶のやつ。

「なんか変なとこあります? 俺、こういうの作ると無駄に慇懃な感じになるんですけどー」
「いや、変なとこなんかねえよ。確認してただけ」
「そっすかあ、よかったー」
自分で作った文章を読みながら返事をする。視線を感じて目だけで見上げると会長は原稿ではなく俺を見ていた。
なんというか、そう、ガン見だ。

「え、なんですか、めっちゃ見てる」

今の俺の言葉を文字で書き表したとしたら合間にこれでもかと笑いを表す「w」が入っていただろう。それくらいの笑いとそれから戸惑いを含んだ俺の反応に対し、会長はゆっくりと瞬きをしたと思ったら、「いや」と目をそらしてしまう。
えー、なになに。

「―なんかお前と二人で話すのも久しぶりだなと思って」
「ほ? ―あー、まあそうかもですねえ」
言われてみれば、と俺は頷く。
俺が生徒会に入ったとき、俺に仕事をいろいろ教えてくれたのは会長で、必然的によく一緒にいた。去年の秋ごろの話だ。俺が仕事を覚えたのと、行事で忙しくなったのとで、それ以降は生徒会という単位で会話はしても二人で雑談することは本当になくなっていた。そう考えるとすごいなぁ生徒会。超忙しいじゃん!

俺はふと思い出しておかしくなりながら口を開いた。
「俺ねえ、実は最初、会長ってめっちゃ偉そうな人だと思ってたんですよ〜」
「あ?」
「なのに話したら、面倒見いいし気ぃ長いし全然違うじゃーんってなった」

会長は一瞬目を見開いてから手を伸ばして俺の頭をぐしゃっと撫でた。俺がちゃんとできたときに「よくやった」って撫でてくれていたのと同じ感じで。犬扱いもしくは子供扱いをされているみたいだが俺はそうされるのが嫌いじゃない。

「俺も、最初に会計がお前って言われたときは、こんなチャラそうなのがちゃんと仕事できんのかって思った」
「おぉい! ひどっ!」
「実際は素直で一生懸命だし、チャラくないし、なにより噂と違って―」
優しく微笑まれてついつい見とれていると、生粋の童貞だったからなあ、と続けられた。頬がカッと熱くなる。
前に生徒会のなかで仕事しながらの雑談がなぜか下ネタに走ったとき、俺が盛大に動揺してしまったことを彼はよくこうやって何気なくからかってくるのだ。

仕方ないだろう、俺に下ネタなんか言う友達はいないし、そういう話には慣れてなかったんだから。口を尖らせながらにらむと笑い声が返された。

「どーせ俺は童貞ですよー、つーか別にこの年で童貞っておかしくないし! 大体の人童貞だし」
「むくれんなよ」
「むくれてないですう〜!」
「やりまくりより、よっぽどいいだろ?」
からかってきたくせにと思いながら、それもそうかと納得する。俺という人間は単純にできているのだ。
にらむのをやめて大人しくなった俺の頭を会長はまたなでなでした。俺は犬か。いいけどね。

「かいちょーに撫でられるのすきです」
「それは、俺のこと好きだからじゃねえ?」

はい? 一度閉じた目を開ける。素敵なお顔に不敵な笑み。俺はすこし考えてそうですねぇ、と首肯した。

「は―? え、まじで? お前、俺のこと好きなの?」
「? はい好きですよー」
 自分で言ったくせに何やら慌てだした彼をどうしたんだろうと眺める。

「俺、兄ちゃん欲しかったんですよねー」
「あのさ、俺―……、は?」
「え?」

こちらに向き直って何か決意したように口を開いた会長は途中でぽかんとした表情になった。首を捻った俺の前で彼の手はふらふらと額にあてがわれる。次いで「兄…そうか、兄か……」とぶつぶつとつぶやき始めた。
ちょっと普通ではない様子に俺は困惑して、会長の制服をぐいぐいと引っ張った。

「か、会長ー? どうしちゃったんです? あ―、勝手に兄ちゃん扱いとか嫌でした?」
「嫌ではない!」
「おわぁ」
「嫌では、ねえんだけど―! 違うんだよ!」
呟きから推測し、調子にのってごめんなさいと謝る前に勢いよく否定された。会長の言っていることがよくわからない。

「―わかった、今は好きなだけ兄として慕うがよい」
「へ? てかかいちょー口調おかしくね? あと、今はってなに? まあいいなら、俺は嬉しいけど」

上に兄弟がいたら会長みたいな人だったらいいなー会長が俺の兄弟だったらよかったのにーとかよく考えてたけど本人から許可が下りるとは!
嬉しくてそわそわしながら見上げたら頭を引き寄せてぎゅーっとされた。なにこれ! 楽しい! 嬉しい!

「わーい」
「……うん。俺、頑張るわ―」
「え? なになに?」
「なんでもない」

ぎゅぎゅーと抱き付き返していたせいで会長が何かいったけれどくぐもってよく聞こえなかった。まあ、なんでもないって言うならなんでもないんだろう。

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