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1

好天の昼間。太陽で暖められた人気のない廊下に座って微睡んでいると、五人程の集団が通りがかった。
一学年下らしい彼らは、何もないところにただ蹲っている俺に驚いたらしく、具合が悪いのかと尋ねてきた。首を横に振れば、一様に不思議そうな顔をしたがそのまま去っていく。
けれどその中の一人の、とても背が高い男だけは、立ち止まったままじっと俺を見つめた。

「おおい、どうした木崎。行くぞー」
先に進んだ連れに声をかけられると、彼はようやく視線を外して、そのまま一言も発することはなく離れていった。
俺は膝に顎を乗せた姿勢のまま、大きな男がいるものだなあとその後ろ姿を見送った。


その一年生と二度目に顔を合わせたのは、食堂で夕飯を食べているときだった。
隣のテーブルに座った彼はのろのろと食事をする俺を、そのときもまたじっと見ていた。

そして、三度目が現在である。またも昼休み、裏庭でまったりしていた俺は、校舎の壁に寄りかかって座ったまま、目の前に立って見下ろしてくる長身を仰いだ。
無言のまま見詰めあい、一二分も過ぎただろうか。ふいに彼が身を屈めて、俺と彼の目線が同じくらいになる。

「……昼飯は」

初めて声を聞いた。男らしい見目に合う、低く深い響きだ。この間まで中学生だったとは思えないような安定した声だった。俺はぽかんとしてから、彼の言ったことにようよう意識を向けた。
……昼飯は? 昼飯がどうしたというのだろう。少し考えて、「俺?」と人差し指を自分に向けると、鷹揚に頷かれた。俺が昼飯を食べたかと問われたらしい。

昼休みは一時間。今は午前最後の授業である4限めが終わってから十五分程経ったところだ。
まだ始まったばかりの昼時に、美しく手入れされており生徒からも人気がある中庭ではなく、人気がなくて特段華やかな植物も植わっていない裏庭に一人で食事もとらずにいることは不自然に見えたのだろう。

「食堂、混んでるから」
「購買とか」

昼に数量限定のパンを売ったりするので、購買はある意味、もっと混んでいる。それに俺はパンよりもほかほかのご飯派だ。食べるのは遅いし、賑やかな所は苦手だった。
色々な理由が合わさって、まあ食べなくてもいいかと昼は静かにのんびりする時間として過ごしている。かいつまんで説明すると、目の前の一年生は口を閉ざして何やら考え事をしている様子だ。

一年生と表すのは何だか変な感じがするが、俺は彼の名前を知らない。一度目に顔を合わせたとき呼び掛けられていたのを聞いた気もするが覚えていない。なんという名前なのだろう。

「名前は?」
思ったまま、今度はこちらから質問していた。彼は、はたと俺に意識を戻した。

「木崎慶司」
「ふうん。俺は、黒田鼎」
黒田さん、と復唱された。うん、と返事のつもりで頷く。硬質な顔が少し和らいだ。

「腹、減らないんですか」
「減るけど、少しだよ」
「細い。倒れそうだ」
「―もしかして、それで見てた?」

一度目と二度目の、あの強い視線の理由を問うと、彼は、恥じるように目を伏せた。

「すみません」
「いいよ。なんだ、心配してくれてたんだ」
てっきり、何か気に障ったのだろうと思っていた。


「弁当、食べますか」
「弁当……」

木崎が、脇に抱えていた鞄を示す仕草をした。買ったやつかな、と考えたのが伝わったのか、「俺が作った」と付け加えられた。

「木崎の分が」
「沢山作っているので」

鞄から取り出された箱は、包まれていても分かるくらい大きい。目の前で開かれたそれには、美味しそうなものがたくさん詰まっていた。思わず前のめりになってしまう。食べなくても問題はないが、美味しいものは好きだ。


「隣に座っても?」
「どうぞ」

頷くと、木崎はぼそりと失礼しますと言ってから隣に並んだ。木崎の話し方は端的だが、とても丁寧だ。
人の好意は有り難く受け取る性質なので、勧められるがまま一緒にご飯を食べる。おにぎりも卵焼きも唐揚げやれんこんの煮物も全部美味しくて幸せだった。

食後には熱いお茶まで提供してくれるという完璧ぶりである。お互い無口な質らしく、食事の間は最低限の会話しかなかったが、それはほとんど俺が思わずこぼす「美味しい」に木崎が「よかったです」とか「どうも」とか返すようなものだった。
満たされた胃をお茶が温める。俺は満足感からため息をついた。


「料理上手」
「ありがとうございます。」
「いつも作ってるの?」
「安上りなので。でも、夜は食堂」

へえ、そういうものか。自炊などしたこともない俺は素直に感心して頷いた。

「―また、一緒に食べてくれますか」
「んん?」
「駄目?」
「んーん。俺にはメリットばっか。けど、お前はいいの」

木崎は全然煩くないし、ご飯も美味しい。俺にはいいことだが、果たして木崎には、何かいいことがあるだろうか。ない、と俺は思う。
木崎は、特に理由などを語ることはせずに真っ黒な目で俺を見詰めたまま、ただ頷いた。

なので、俺も「じゃあいいよ」と答えた。久し振りにちゃんとお昼を食べたので、午後の授業で居眠りをしてしまわないか心配だった。




今日はずっと雨降りだ。四階の東端にある資料室は狭く、本と紙と、スプリングの壊れたソファーで埋まっている。
ドアを開けた木崎は、床に散らばる紙を避けて、物珍しそうに中に入ってきた。俺はいつも、もう不要なものらしいからいいかと気にせず踏みつけているが。

「初めて知った」
「なかなか良いところでしょ」
「はい」

その答えに満足して、ぽんぽんと隣を叩く。木崎は、黙って座った。
毎度丁寧に失礼しますと言うのをやめさせたのは俺だ。別に俺は偉い人ではないし、隣に座ることは失礼ではない。木崎は、素直に頷いて言わなくなった。心なしか嬉しそうだったのが不思議だ。

木崎と知り合ってからどのくらい経っただろうか。昔から一緒にいるかのようにしっくりくる。


「この味付け、好きですか」
「大好き」
「……よかった」

どちらかというと無愛想な木崎が眦を和ませて笑う。雨音を背後にのんびりとした空気が流れる資料室は、一人でぼんやりしているときよりも好きな場所だと思えた。

木崎はその目立つ長身とは相反して、寡黙で、動作も静かで丁寧な男だ。時々聞く声は低くて優しい。人の声がこんなにいいものだとは知らなかった。
俺は木崎をとても好意的に見ているけれど、木崎には俺がどう見えるのだろうと少し気になったが、欠伸をしたら忘れてしまった。


弁当箱を片付けた木崎のブレザーを軽く引っ張ると問うような目が向けられる。俺は木崎が深くソファーに腰かけるように促してから、その膝を我が物顔で枕にした。硬い腿が、さらに強張る。

「―黒田さん?」
「眠い」
下から木崎を見上げる。男らしい顔だ。いつも凪いだ目が慌てているかのように揺れるのを見て、ちょっとした悪戯心が沸いた。

「けーじ」
「っ、え……」
「どういう字?」
「慶長の慶に、司書の司」

名前を呼んだら、どんな顔をするだろうかと思った。結果、彼は、ずいぶん俺の心を擽る反応を示した。今までになく驚きを表情に出して目を丸くしてから、はっきりと照れたのだ。
あ、可愛い、と思った。教えてくれた字を頭の中で組み合わせる。慶びを司る、か。

「慶司」
「……はい」
「って、呼んでもいい?」
「勿論です」

ぎくしゃくと頷く。何故俺に呼ばれたくらいでこんなふうに照れるのだろう。
少し笑うと真っ黒な目が凝視してくる。この強い眼差しにも慣れた。君が楽しいなら好きなだけ見なさいよという気持ちである。


「慶司も、鼎って呼ぶ?」
「えっ、」
さっきから、落ち着いた慶司らしからぬ反応がいっぱいで面白い。膝を枕にしたまま両手で口を押さえて笑う。眉間の皺は、照れから来ていると分かっているので怖くない。

「いいんですか」
「いいよ」
「―鼎さん」
「……、」

真剣な顔で、とても大切なもののように口にするから、柄にもなく俺まで照れてしまった。きっと慶司のが移ったのだ。半端に笑い声を溢して、慶司の腹に顔を埋める。硬い。シャツからうっすら柔軟剤の香りがする。
そっと躊躇い気味に、慶司が俺の髪を撫でた。慶司の手は大きいから、俺の頭を片手で掴めてしまいそうだ。


「慶司」
「はい」
「寝る場所、見つける」

ソファーしか座る場所のないここでは、二人一緒に寛ぐことは出来ない。どうせなら、慶司も一緒に昼寝をしたらいいと思うから、ちゃんと広い場所を見つけなくては。
これまで、俺のお気に入りの場所の条件は静かで、日がよく当たるかあるいは狭いというものだったが、今度探すのは静かで暖かくて広い場所だ。


「……じゃあ、俺も」
「うん」
「おやすみなさい、鼎さん」

するすると髪と頬を撫でられる。手が大きくて暖かくて、いい匂いに包まれて「おやすみ」とちゃんと応えられたかどうかは、よく覚えていない。

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