「なぁなぁ、河鹿。あのでっかい白い花、なんてェんだ?」
「白木蓮かな」
「綺麗だなあ」
獣型のチョッパーが、横で感嘆の息を吐く。
寺院の塀から顔を覗かせる、ぽたりとした重量感のある白い花々。
すぐ横の賑やかな市場と対をなす荘厳さに、私たちはしばし見とれた。
「河鹿ちゅゎーん」
雰囲気をぶち壊すようなハートまみれの声に、チョッパーと顔を見合わせ。
それからゆっくりと、市場の方へ視線を向けた。
「うわっ、すげェ荷物だな、サンジもゾロも」
顎をカクッと落とすようにして、驚きをあらわしたチョッパーは、次には、オロオロと二人を交互に見ながら、
「お、おれも持とうか?」
「別に…、いや」
そう言いかけたあと、チョッパーの表情を見たゾロが口の端をあげる。
「これ、持てるか?」
「平気だぞ」
その返事に、ゾロは満足そうな表情で、右手の提げ袋の一つをツノにかけた。
まだ右手に残っている袋や、左肩の大きな包みに、私も妙にオロオロしながら尋ねる。
「も、持とうか?」
「お前は、自分のだけ持ってろ」
ゾロは今度はあっさりとそう答え、微かに笑う。
ぎゅっと拳を握ると、小さな紙袋の中身がカサリと鳴った。
人差し指一本に引っかけられそうな、軽さ。
「もう少し、持てるからね」
小さくそう言うと、吹き出すように笑って、ゾロは明後日の方を向いてしまう。
「サンジ。それ、少し持…」
くわえ煙草で、こちらも山のような荷物を抱えているサンジは、私がすべてを言い終わる前に、
「河鹿ちゃんの荷物も持とうか?」
その笑顔に、首を横に振った。
微妙な気持ちで、それでも笑顔を作りながら、
「私が買い出し班な理由って、なに?」
「おれが楽しい」
打てば響く、という感じでさらりと返ってきた言葉に、今度は本気で笑った。
サンジも楽しそうに笑うと、傍らの灰皿で煙草を押し消す。
「そろそろ行くか。…次は野菜と果物だな」
「酒は?」
「てめェで探せ!」
大量の包みを抱えて歩き出した二人を、私とチョッパーは慌てて追った。
混みあう市場の中を、さっきとは逆の方向に進んで行く。
「キャベツが安いな」
八百屋の前で、足を止めたサンジがそう呟いてしゃがみこむと、片方の荷物を床に置いた。
空いた右手で、重さを確かめるようにキャベツを持ち上げ、何かをぶつぶつと呟く。
『コロッケ』という単語に、山盛りの千切りキャベツと揚げたてコロッケが頭に浮かんだ私の隣で、チョッパーがゴクリと喉を鳴らした。
「あっ、ちょっと。ゾロ!」
慌てて、勝手に歩き出そうとしているゾロの腹巻きを掴んだ。
不満気にこちらに向けられる瞳を、真っ直ぐに見つめ返しながら、
「勝手に動いたらダメ」
「隣の店に行くだけだ」
くいっと顎で示す先には、酒屋。
サンジが値引き交渉をしている店の、たしかに隣だけれど、
「隣に行くのに、島を一周しそうだもん。ゾロは」
「……」
「ついて行ってあげる」
揚げたてコロッケを想像しているらしい、幸せそうな顔のチョッパーをちらりと見て。
声をかける必要もないだろうと、私たちは酒屋へと向かう。
「いらっしゃい」
店先でようやく、腹巻きから手を離した。
ゾロは大荷物を抱えたまま、並ぶ酒類に視線を落としている。
チラチラとその姿を確認しながら、私も酒の並ぶ棚に目を走らせた。
果実酒が並ぶ棚は、思わず目移りしてしまうほどカラフル。
苺・アンズ・レモン、そしてワイン。
「おすすめがあるよ」
店主に手招きされレジの方へ向かうと、お猪口を差し出された。
恐る恐る、口をつける。
「うわ、美味しい」
「三年もので、いい出来なんだ、これが」
嬉しそうな店主が指差す先には、一抱えほどある瓶が五・六本置いてある。
お猪口をくっと傾け、レジ台に返しながら、私は、
「一瓶下さい、その梅酒!」
身を乗り出すようにして、そう口にしていた。
大量の梅が漬かる瓶を持ち上げ、店主が値段を告げる。
「まいど」
瓶の大きさと美味しさに、釣り合わないような安い価格。
ウキウキと支払いを済ませ、差し出された重そうな白い提げ袋に手を伸ばした。
「あれ」
横からあらわれた腕が、袋を軽々とさらい、私はぼんやりとその行方を目で追った。
「ちょっと待って!」
店を出ようとしているゾロに、慌てて声をかける。
再び腹巻きに手をかけ、引き留めながら、
「ゾロ。梅酒、飲まないよね」
「ああ」
「じゃ、それ『自分の』だから」
右手の袋に、手を伸ばした。
指が触れる寸前、ゾロはひょいっと腕を高く差し上げると、
「漬かってる梅を食うと、美味ェな?河鹿」
「え、…うん」
「少し食わせろ」
そう言って、サンジたちの方へ歩いて行く。
小走りに後を追うと、紙袋がカサカサと音を立てた。
右腕に、躯をぶつけるようにしながら、
「ゾロってさ」
「あ?」
眉間を寄せる表情に、笑って言葉を飲み込んだ。
言っても喜ばなさそう。
「何でもない。ありがと」
「おぅ」
山積みのダンボールの前のサンジに、酒屋を指さしながら話しかけるゾロを見ながら。
心の中でこっそり、呟く。
ゾロってさ、優しいよね。
知ってたけど。
ウメ・モモ・サクラ(梅の巻)
2008.03.17
Written by Moco
(宮叉 乃子)