Flowers | ナノ
菜の花

本当に、一面が黄色。

感嘆の声も出せず、私はただ口を開けた。

「こりゃ、すげェな」

唇の端が段々と上がってくるのが感じられ、私は大きく息を吐いたあと、

「うん、すごいね」

そう言って、サンジに微笑みかけた。

本当にすごく綺麗な、一面の菜の花。
飛び交う、白や黄色の小さな蝶の姿も合わさって、まるで絵に描いたみたい。

「塩ゆでして、和えもの…いや、混ぜごはんも捨てがたい」
「サンジ…」

そっちですか。
『綺麗』じゃないの、普通。

でも酢味噌をかけたら、ビールに合うかも。

Flowers - 菜の花 ー


「蕾のやつだけだよね?」
「だな。けど、河鹿ちゃんは摘まなくていいんだぜ。おれ一人で」
「そんなの暇だし。…何してたらいいの、その間」

別にサンジをじっと見ててもいいんだけど、それはちょっとあんまりかな、とも思うし。

でも、菜の花を摘みながら盗み見てるなら、同じか。

一面の黄色に埋もれる背中を、白い蝶が横切る。

花を摘むため、腰をかがめたり、指先に力が込められたりするのをじっと見つめて。
たまに視線がぶつかると、誤魔化すように笑った。

「河鹿ちゃんは、何食いてェ?」

摘んだ菜の花を左手に集めながら、サンジが笑顔になる。

「お酒に合いそうなの」
「…辛子酢味噌で和えるか」
「あ、それいい!でも、ご飯もいいよね」

同じリズムで菜の花を摘みながら、サンジは僅かに上を向き、

「じゃあ作れるだけ、だな」

そう言って、ニカッと笑った。
表情で賛成の意を表しながら、次の菜の花に手を伸ばす。

思いの外固いものもあって、サンジのように一定のリズムでは摘めず。
手に握る花の量は、差がついていくばかり。

片手に収まりきらなくなって、摘みながら同じ手に握っていく。
私の両手分を合わせても、サンジの片手分には全然、届きそうにない。

「酢味噌で和えて、ごはんにできるくらい、あるかな?」
「混ぜごはんの具は、これだけじゃねェから」

事も無げにサンジは答え、

「河鹿ちゃんが心配しなくても、大丈夫だぜ」

菜の花をもう一本、手折った。

「うん」

風が花畑を撫で、さわさわと音を立てる。

サンジの髪が揺れるのをぼんやり見ていたら、自分の髪が唇に貼りついて。

頭を振ってみても髪は剥がれず、両手がふさがっている私は、どうしようかと一瞬固まった。

「河鹿ちゃん」

声の方へ顔を向けると、延びてきた指に口許を擦られ、

「…ありがとう」

そのまま落ちた髪を撫でつけるように動く、緩く握った拳。
曲げた指の間接の固さと、口許に当たった感触が同じで、

「普通に触っていいのに」
「汚れちまうし」
「別にいいのに」

また風が吹いて、髪を揺らした。

「サンジなら、いいのに」

頬にかかった髪を、サンジの爪が柔らかく払い。
私は、金の髪が少し乱れているのを見ても、どうすることも出来ない。

「河鹿ちゃん」

私の左手を覆うようにしながら、サンジは菜の花を奪い取ると、

「おれも」

そう言って、頭を差し出した。

前髪が少し流れて顔に影が落ち、その奥でサンジが子供のように笑い、

「…あ。汚れそうで嫌だね。なんかちょっと判った」

菜の花を摘む時に手についた汁が気になって、指の外側で髪の感触を楽しみながら、私も笑う。

表情を崩さないまま、菜の花を左手にまとめ、顔を寄せたサンジは囁くように、

「これなら、気にする必要もねェかな」

そして空の右手で、私の左手を捕まえた。

さっきよりもゆるい風が、私たちを包む。

「いい考え」
「だろ」

堪えきれなくて、ひとしきり二人で笑い合い、手に力を込めながら肩をぶつけた。

「サンジ、頭いいね」
「それほどでも」

満面の笑顔が、まぶしい。

その目映さで胸を満たし、果てしない黄色の向こう側の、晴れ渡った空を見つめて、

「帰ろうか」

呟くように言うと、小さく手を引かれた。
菜の花をかき分けながら進むサンジの背中は、いつもよりもずっと頼もしく見える。

「あ」

花畑を今にも抜けようとしながら、サンジが突然声をあげた。

「どうしたの?」
「…この状態じゃ、タバコが出せねェ」

ぐるっとした眉を下げ、情けない表情で呟いたサンジに、思わず吹き出した。

「頭いいの、台無し」

くすくす笑って、繋いだ手を揺さぶると、サンジは心底困り果てた様子で、

「手ェ離さずにタバコを吸う方法、何かねェ?河鹿ちゃん」
「クイズじゃないんだから」
「でもな……」

サニー号へ向かいながらかわす、堂々巡りの会話は。
いつもよりもずっと、楽しい。

《Fin》

2008.03.10
Flowers - 菜の花 ー
Written by Moco
(宮叉 乃子)

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