侘助
「あ。河鹿、ゾロ」
人型のチョッパーは、嬉しそうにこっちに手を振ると、読んでいた本をパタリと閉じた。
ゾロの腕を引っぱってそちらへ向かいながら、私も軽く手を振り返す。
「珍しく早いね、チョッパー」
「欲しいの全部買ったんだ。寒いのは平気だから、ここで本読んでた」
笑うチョッパーの吐いた息が、微かに白く色付く。
サニー号を島の裏手に止め。
留守番のロビンに見送られながら、ミニメリーで港に向かった私たち。
上陸して、まず目に入ったのは、見上げる首が痛くなるような急勾配だった。
設置してあったロープウェーは、2時間に1往復のスケジュール。
6人以上からの団体割引を利用するため、ナミから、待ち合わせ時間の厳守を言い渡されている。
だけど──
言い渡された待ち合わせ時間が、出発の15分前だったとはいえ。
まだ3人しか集まってないのは、どういうことなんだろう。
「河鹿、ゾロ連れて来てくれたんだな」
「すぐそこで、すれ違ったんだよー」
正反対の方へ向かっていたゾロを、ギョッとしながら呼び止めた。
方向音痴なんだから、1人で行動するのはやめたらいいのに。
話の種の本人は悪びれた様子もなく、酒瓶の中身をあおっている。
「でなきゃ、見つけられないよ」
「この島で、迷子探すの嫌だぞ。おれ」
「私もー」
ロープウェーから見下ろした、深い木々を思い出しながら、私はチョッパーの隣に腰をおろした。
「今日は、ルフィたちと一緒じゃなかったの?」
「途中まで一緒だったけど、おれは本屋に行きたかったから。この島は人型だったら平気に過ごせるから、ひとりで本も買えたぞ」
チョッパーが、得意そうに胸を張った。
ここは『倭の国』を模した観光島で、雰囲気を楽しむための貸衣装屋が、町のあちこちに店を構えている。
三本の刀を腰に下げたゾロも、骨だけブルックも『仮装』と判断されて、詮索されないのが楽でいい。
ゾロは侍で、ブルックはおどろおどろしい浮世絵風といったところらしいけど。
チョッパーは、何の仮装に見えるんだろう。
「ゾロ、どうしたんだ?」
青い鼻をじっと見つめながら、似てるものをぼんやりと考えていた私は、チョッパーの言葉にはっと我に返った。
「その猫がどうかしたのか?」
首をかしげるチョッパーの視線の先。
私たちから少し離れたゾロは、ロープウェー乗り場を囲む、白漆喰の壁の上を仰いでいる。
壁の上を飾る瓦に、寝そべる三毛猫。
その後ろの椿は、赤と白の花色のものが、交互に植えられている。
少し小ぶりの花は、今が盛りで美しい。
「いや。侘助を、ちょっとな」
「ワビスケ??」
「何、それ?」
さらに首をかしげたチョッパーの横で、私はそう問いかけた。
酒瓶に口をつけながら、ゾロが椿の花を指差す。
その指の傍らで目を覚ました猫が、小さなあくびをした。
「その花がワビスケなのか?」
「ああ」
「なんでそんなの知ってるの?」
「たまたまだ」
「えー、ゾロが花の名前を知ってるなんて、なんかあやしーい」
ニヤニヤしながら、からかい混じりにそう言うと。
チョッパーが不思議そうな顔のまま、今度は私の方を見つめた。
「河鹿。なんで、ゾロが花の名前を知ってたら、あやしいんだ?」
「サンジが『ゾロは頭の中まで筋肉』って言ってたもん。そんな繊細なこと知ってるなんて、変」
「ゾロの頭はマリモなんじゃねェのか?サンジの頭の中は、エロだけど」
「ナミはお金だよね」
「ルフィは肉だなー」
「あれ?ゾロの話だったよね。えっと、結局、筋肉マリモなんだっけ?」
「あのな」
ずいぶん近くで声がしたな、と思った途端。
痛くないデコピンが、私とチョッパーに飛んできた。
額を押さえながら見上げた先で、ゾロはあきれたように息を吐く。
「通ってた道場の庭に、同じ木があっただけだ。つまらねェ冗談は、そのくらいにしとけ」
親指で椿の花を示し、ゾロは酒瓶を空にする。
辺りを見回すゾロの腹巻を小さく引いて、私は乗り場横の売店を指差した。
「ゾロ。ゴミ箱、あそこ」
「あ?ああ、わかった」
ハラハラしながら、売店へと向かうゾロの背中を見送った。
無事にゴミ箱にたどり着くのを見届けて、私はほっと息をつく。