侘助
「あ」
「どうしたんだ?河鹿」
ぶらぶらと足を揺らしながら、みんなの姿を探していたチョッパーが、こっちを向いた。
ゴミ箱脇ののぼりを指差し、私は笑いながら、
「『デラックス角煮まん』だって。食べたいな、ちょっとお腹空いた」
そう言うと何故か、チョッパーが静かにため息をつく。
「なに?」
「河鹿、あれ高ェんだぞ。1個500ベリーもするんだ」
「えー!高っ」
「着いてすぐ、ルフィが食ってた。こーんななんだぞ」
手で20cmほどの円を形作ったチョッパーが、興奮気味に説明してくれた。
それを聞くと、余計におなかが空いてくる。
「いーなー。でも私、あと200ベリーしか残ってない…」
「おれ、100ベリーしかねェ。だから買えなかったんだ」
2人で、がっくりと肩を落とした。
無駄遣いはしてないはずなのに、どうしてこんな残額なんだろう。
「ゾロ、お金持ってないかな?」
「どうだろうなー」
「あ、なんか買ってる!」
売店のレジ前に立つゾロの様子に、私は石垣から飛び降りた。
そのまま駆けて、支払いを済ませようとしているゾロの横へと滑り込む。
「ゾロ、あれ買ってー」
メニューを指差しながら笑顔でねだると、ゾロの眉間に深い皺が寄った。
「あァ?」
「さっきのデコピンの慰謝料ってことで」
「アホか。自分で買え」
買ったばかりのカップ酒の蓋を、乱暴に剥がすゾロに、私は負けじと食い下がる。
「だって、チョッパーの分と合わせても、300ベリーしかないんだよ。買えないよ!」
「おれはこれしかねェ」
そう言ったゾロが、私の掌にのせたのは、返ってきたばかりの釣り銭。
コインが4枚。たった80ベリー。
「少なーい。ゾロ、無駄遣い!」
「最初の額を考えたら、残ってるだけ上等だろうが」
「……」
呆れたようなゾロの言葉に、何も言い返せず、私は黙り込んだ。
ナミに、お小遣いの値上交渉をしてみようかな。
500ベリーさえ、自由に使えないなんて。
私はため息をつきながら、ゾロの手にコインを戻した。
「河鹿」
トボトボと店を出ようとした私を呼び止め、ゾロが違うメニューを示す。
「こっちで我慢しろ。これなら買えんだろ」
「その、普通の角煮まん?うん、180ベリーだから…」
「2つ」
ゾロの言葉で、店員さんが蒸し器の蓋を開けた。
湯気が広がって、レジ周りが白く霞む。
私は小走りでゾロに駆け寄り、筋肉質な腕に手をかけた。
「いいの?」
「いらねェのか?」
「ううん。ありがとう」
促されるまま、カウンターに200ベリーを置き、今度は店の外に駆け出て、チョッパーに向かって大きく手を振った。
「チョッパー!」
「なんだー?」
「角煮まん買えるよー!100ベリー持ってきてー」
「えー、ホントか?すぐ行くぞ」
嬉しそうに石垣から飛び降りたチョッパーは、ピンクの帽子を片手で押さえながら、こちらへ駆け寄ってくる。
そして、私の掌に100ベリーをのせると、背中を少し丸めるようにして、ウキウキと売店を覗き込んだ。
私はレジに戻り、置いてある260ベリーの隣に、貰ったばかりのコインを並べる。
「まいどあり」
「ありがとう」
金額を確認した店員さんが、ゾロと私に湯気のあがる角煮まんを手渡してくれた。
受け取った掌が、じんわりと温かくなる。
これを、チョッパーと半分ずつにしよう。
きっとゾロも、半分わけてあげると思うから。
目尻を下げて喜ぶチョッパーを想像すると、なんだかウキウキとした気分になってくる。
「チョッパー」
だけど、私の予想は外れて。
ゾロは、店の入り口に立っているチョッパーに、角煮まんをそのまま差し出した。
「いいニオイだなー」
角煮まんを手にしたチョッパーが、私が想像したとおりの、幸せそうな笑みを浮かべる。
「冷めねェうちに食ったほうが、美味いんじゃねェのか?」
「うん。ありがとな、ゾロ」
角煮まんを嬉しそうに頬張りながら、チョッパーは荷物の方へ戻ってゆく。
ゾロはゴミ箱の側に寄り、カップ酒に口をつけた。
こっちの方なんか、見もしない。
両の掌に感じる熱が、急に淋しく感じられた。
ゾロの中では、私も、チョッパーと同じ扱いなんだな──
「ゾロ」
角煮まんを半分に割って、私はゾロの傍へ歩み寄った。
ようやくこっちを向いた瞳に、視線を合わせ、
「これ、ゾロの分」
なぜか、声がかすれる。
私が差し出した角煮まんに、一瞬視線を落としたあと、ゾロは不思議そうに片方の眉をあげた。
「食いたかったんじゃねェのか」
「食べるよ」
私を見つめる瞳が、怪訝そうに細められる。
「冷めるぞ」
「ゾロのも冷めるよ。はい」
ガラン──
空になったカップをゴミ箱に投げ入れ、ゾロはようやく少し笑った。
そして、私の手から角煮まんを取ると、豪快にかぶりつく。
「…美味ェな」
「良かった」
その言葉にホッとして、微笑みを浮かべながら。
私は自分の角煮まんを、食べやすいサイズに千切った。
「ニャー」
「ん?」
さっきの猫が、寝そべったままでこちらを見つめている。
「欲しいのかな?」
「さぁな。チョッパーならわかんじゃねェか?」
「うん、でも」
石垣に掛けなおして、幸せそうに角煮まんを頬張るチョッパーを邪魔するのは申し訳なくて。
私は千切った角煮まんを掲げながら、猫の方へ近づいた。
「ほーら、角煮だよー」
「ミャー」
猫が身を起こすと、壁のこちらにせり出している椿の枝がゆらりと揺れる。
首を伸ばす猫の鼻先に、背伸びしながら角煮まんを近づけた。
「ほーら、おいしいよ」
「フギャ!!」
ぺしっ。
次の瞬間、三毛猫の前足が私の指先をはたいた。
「え!?」
何が起こったか理解出来ない私を尻目に、猫は身を翻すと、塀の向こう側へ姿を消した。
しなやかな尻尾が当たった椿の枝から、赤い花がひとつ外れ。
呆然と佇む私の額の上に、柔らかく落ちてくる。