Flowers | ナノ
萩・枯尾花

「ヒミツ?」
「あんまりかっこいいモンじゃねェから」
「ゾロのも?」

サンジは静かに笑っただけ。
ススキ野原の奥からは、チョッパーの騒ぐ声がまだ聞こえてくる。

私は少しだけ頬を膨らまし、手にした萩に顔を寄せた。
枝の隙間からサンジを覗くと、小さな葉が唇をかすめる。

いっつもケンカばっかりしてるくせに、変なの。

「河鹿ちゃん」

何かを言おうと私の方を向いたサンジの瞳の上で、グルグルの眉が僅かに上がった。
視線が短く行き来し、何かを見比べている。

「なに?」
「河鹿ちゃんの後ろ」

タバコを持つのとは逆の手で、サンジがこちらを指差す。
私は首を巡らして、ゴツゴツした岩の上に生える背の低い木を見つけ出した。

緩やかに垂れる細い枝には、たくさんの小さな花が咲いている。

「その花、河鹿ちゃんが持ってるヤツに似てるな」
「ホントだ」

近づいて見つめた花は、ところどころに紫がまじった鮮やかなピンク色だ。薄暗い中で形を比べるため、手元の白い花を隣に添え、顔を近づけてみる。

近づいてきたサンジの足音が、すぐ側で止まった。
間近に気配を感じる。

「色は違うけど、形はそっくりだから、やっぱり同じ花みたい」
「その色もキレイだな」
「うん。可愛い花だよね」
「ギャー。いたー!!」

一陣の強い風に、ススキ野原が激しくざわめいた。
同時にチョッパーの悲鳴が辺りに響き渡る。

「ぶえっ」

萩の枝に顔を打たれ、私は情けない声を上げた。
先端で引っ掻かれた頬を撫でていると、心配そうに顔を覗き込んできたサンジと目があった。

「傷になってる?」
「いや」
「そっか、良かった。…そういえば、チョッパー叫んでたね。大丈夫かな?」

不思議なほど静かになったススキ野原からは、草木のそよぐ音しか聞こえてこない。

「心配ねェよ、あいつらは」

サンジはそう言って、指先で唇の端をトントンとつついた。

「河鹿ちゃん。口のとこ、花がついてる」
「え、ここ?取れた?」
「いや」

口元を探っていた手の傍らを、タバコを口に戻したサンジの指が通り抜け、膚に触れた。

摘んだピンクの花を、固まっている私の目の前に示したあと地面に落とす。
そして浮かぶ笑いを誤魔化すように、タバコに手を添えた。

「河鹿ちゃんの反応は、ナミさんやロビンちゃんと違うからな」

膚に残るサンジの指の感触。
そこから意識をそらそうと、私はその言葉に噛み付いた。

「違うから何!?」
「面白ェ」
「ばかにしてる!」

最後は、本気でそう言った。
するとサンジは焦った様子で、こっちに向けた掌を横に振る。

「いや。カワイイってことなんだ」

感情まかせにサンジの靴を蹴ると、綺麗に磨いてあった表面に白い土埃がついた。

「もう遅いよ!」

ホントは、うまくかわせなかった自分にも腹が立っている。
けれど今さら引っ込みもつかず、私はおもいっきり舌を出した。

「サンジはもうぜーったい、許可なく私に触んないで」
「じゃ…触っていい?河鹿ちゃん」
「うんって言うわけないでしょ」

サンジは一瞬だけ視線を上に向け、納得がいかない様子で首を傾げた。

「どうかな?そりゃ、聞くまでわかんねェだろ」
「絶対言わないから!」
「後悔しねェの?」
「し・ま・せ・ん!」
「一人じゃ取れないゴミが、背中の真ん中についてても?」

サンジは、じっと私を見つめている。
一瞬返す言葉に詰まりながらも、私はなんとか反論を導き出した。

「そんなゴミなんかないもん。万が一そうなったとしても、ナミかロビンに頼むからいいよ」
「へェ」

思わせぶりに言葉を切ると、サンジはススキ野原の方へ煙を吐き出した。
遠くから、ぼそぼそとした話し声が聞こえてくる。

「その時」

煙を吐ききったサンジが、急に私の目を覗き込んだ。

「目の前にいるのがおれでも?」
「それは…」

あまりにも間近にある瞳。
眼差しに呑み込まれるように、私の言葉はぐずぐずとしぼんでしまった。

また、風が吹く。

黙り込んだ私から瞳をそらし、サンジはタバコをくゆらせる。
漂う雰囲気に、息苦しいような居心地の悪さを感じて、私は意味もなく萩の枝を玩んだ。

そうしながら、そわそわと何度もサンジの様子を窺ってしまう。

何度目かに視線がぶつかった。
サンジの面白がっているような表情が、なんだかすごくくやしい。

私は唇を尖らせ、ぶつぶつと文句を口にした。

「なんか変な感じ。…サンジのせいだからね」

サンジの口元からニヤニヤ笑いが消え、表情が引き締まった。
タバコを手に持ち、空いた唇を急に近づけてくる。

「河鹿ちゃん」
「ちょっ」

私の名を呼ぶ唇が、頬に触れそうになった。
心臓が高鳴り、頬がかーっと熱くなる。

慌ててサンジの顔の前に両手をかざし、私はなんとか態勢を整えようとした。

「サンジ、ちょっと待って。私、いいって言ってないから!」
「まだ触ってねェけど」
「や、そうだけど、でも」
「そういや、イヤって言葉も聞いてないな──どうする?」

頭の中が白くかすむ。
私は魅入られたように、サンジの瞳を見つめ返した。

「河鹿ちゃん、触っていい?」

揺れる紙袋の端に続いて、背中に触れる掌。
目の前の静かな笑顔。

かざしていた私の手をかき分け、サンジの顔が近づいてくる。
萩の枝が持ち上げた金髪が、すべるように落ちてくるのを見つめていると、指に熱い膚の感触。

吐息で唇を濡らされると、顔中の産毛が逆立った。
甘いざわめきが理性を溶かしてゆく。

もう、何もかもどうでも──。

ガサガサッ。

だけど、背後でススキを掻き分ける音が、私を現実に引き戻した。

──どうでもよくない!

考えるより早く動いた靴先が、サンジの脛を強かに打った。
同時に胸元に引き寄せた両手で、萩の枝をぎゅっとにぎりしめる。

「うおっ」

サンジの手から滑り落ちたタバコが、地面に赤い炎を散らした。
肩の紙袋を大きく揺らしながらしゃがみこみ、サンジが潤んだ瞳で私を見上げる。

「…河鹿ちゃん。今のは、ちょっと痛ェ」
「…ごめんね!」

一応謝ってから、まだ痛そうにしているサンジに背を向けた。
小声で自分を罵りながら、ススキ野原から出てきたゾロたちの方へ向かう。

「あーもう。なにやってんだろ」

途中で、沸き上がってくるむず痒い気持ちを払うように、何度も頭を振った。

空にはいつの間にか、薄雲に覆われた月。
さらに冷たさを増した風が、ススキの表面を撫でている。

「河鹿、なんか顔赤いぞ?」

大きなススキを握り締めた人獣型のチョッパーが、きょとんとした顔で私を迎えてくれた。
憮然とした表情を作りながら、私は首を横に振り、

「オバケいなかったの?」

何も答えないまま、質問を投げ返した。
チョッパーが何度も大きく頷き、ススキを顔の前に掲げる。

「オバケ、これだったぞ。1本だけ背が高くて、風ですごくしなってたのが、手招きみてェに見えただけだった」

チョッパーが手を揺らすと、ススキの穂の部分が大きな動きで上下に首を振る。
確かに、だらりとした手首に見えなくもない。

私の様子に満足したのか、チョッパーは勇ましく胸を張って、ススキをこっちに差し出した。

「これ、その花と一緒に飾ったらいいんじゃねェかな」
「うん。ありがとう」
「…サンジ、大丈夫かな?」

ススキを受け取り、振り返った。
サンジは立ち上がっていたけれど、膝に手を置いたままうなだれている。

「でも、ナミに殴られたならともかく、河鹿に蹴られたくらいで怪我したりしねェよな、サンジ」

チョッパーはそういいながら、不思議そうに首を傾げた。
あいまいに笑いながらも、私の胸の中は罪悪感でいっぱいになる。

もっと、上手く断ればよかった。

「河鹿。なんで、サンジのこと蹴ったんだ??」

その質問に、私は低く唸った。

「ちょっとだけ、たらし込まれそうになった…から?」
「だから『たらし込まれる』って何なんだ?あっ」

袋を抱きかかえたチョッパーが、慌てた様子で私の側を駆け抜けていく。
サンジの傍らで立ち止まると、顔を覗き込み、

「サンジ、大丈夫か?薬持ってくるか?」
「いや、なんでもねェよ。心配すんな」
「あのな、平気なら団子作ってくれ。みたらしの団子。粉、たくさん貰ったんだ」
「…さぁ、そりゃどうするかな」

チョッパーを軽くいなし、サンジは笑顔で私に手を振った。
そして次には、何もなかったような顔でタバコを拾い、地面で火を揉み消す。

反省して損した。サンジは、ぜんぜん平気みたい。
そう考えると、何故かすごく寂しくなった。

チョッパーがサンジの足にしがみつき、懸命に何かを語りかけ始める。

萩とススキが風に揺れる。

オバケはいなかったはずなのに、私ひとりが化かされてしまった。
心の半分が、まだ別世界にある。

夢の中にいるみたいだ。

もやもやした気分で正面に向き直ると、ちょうどゾロと視線がぶつかった。
少しだけ呆れたような表情をしながらも、

「戻るぞ。ルフィが、腹空かして騒ぎ出してるころだ」

いつもと同じ調子でそう言うと、ゾロは親指で港の方角を示した。
慌てて笑顔を作り、もやもやを振り払うように手の中の枝を揺らしてみる。

「チョッパーが言ってたオバケ、これだったんだね」
「月に枯れススキじゃ、そう見えても仕方ねェ」

答えるゾロのピアスが鈍く煌く。
薄雲をまとったままの月に、私はススキと萩をかざした。

「なんか似合うね、これ」

月と枝を順に見て、ゾロが微かに笑った。
何かにとり憑かれたかのように、私はつまらない事を喋り続ける。

「雰囲気あるっていうか。うーん、あの…あれ?こういうの、何て言うんだっけ?」
「風流」

あっさりと返ってきた答え。
私は、急にすっきりと目が覚めたような気になった。
もう一度月と萩、そしてススキを見比べてから、ゆっくりと深呼吸をする。

──もう、大丈夫みたい。

「風流か、そっか。ありがとう、ゾロ」
「帰るぞ。河鹿」

ゾロが歩き出した。

「うん」

サンジとチョッパーに声をかけようと振り返ると、2人はすぐ後ろにいた。
安心した私はゾロを追う。

ススキ野原を抜けたら、港まではあと少し。
もうすぐ、船が見えてくる。

「この島、日が暮れるの早いね」
「秋ならこんなもんだろ。夜が長いなら長いで、それを楽しみゃいい」
「そうだね。ブルックの演奏会とか、ロビンの朗読会とか」
「…まぁな」
「いっつも寝てるだけのくせに」

ゾロと並んで話していると、後ろからサンジとチョッパーの声も聞こえてきた。

「サンジ。晩メシの用意、大丈夫なのか?結構遅くなったぞ」
「準備はしてある。すぐ出来るから安心しろ」
「そうか、サンジはスゴイなー。それなら、団子もあっという間に作れるな!」
「お前。心配してんのか、手間増やそうとしてんのか、どっちだ」

なんだか、サンジの声ばかり耳に入ってくる。
今まで、そんな事なかったのに。

私は、萩とススキをぎゅっと握りしめた。

「…じゃねェのか、河鹿」
「は?あ、ゴメン、何?」

慌てて聞き返すと、ゾロは眉間に皺を刻みながら、語気荒く言い放った。

「歩きながら、ぼーっとしてんじゃねェ」
「ぼーっとなんかしてないよ!」
「じゃ、寝てたのか?」
「ゾロじゃないんだから!」

私の顔をしげしげと見つめ、ゾロが疑わしげに口を開く。

「その割には、夢でも見てるみてェな顔だな」

思わず足が止まった。
そういえば、今も背中の方ばかり気になっている。

振り返ると、サンジが楽しそうに笑った。
慌てて視線をそらし、私はぎゅっと目を閉じる。

どうしよう。
これは醒めない夢かもしれない。

少なくとも、しばらくの間は。

《FIN》

2009.11.23
Flowers - 萩・枯尾花 -
Written by Moco
(宮叉 乃子)

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