36etude | ナノ
午後の処方箋

「とにかく、どきどきってして」

医療室のベッドに腰掛けた私は。
目の前の背中に向かって、語りかけた。

「他には?」

その問掛けに、私はちょっと考え、

「躰が熱くなって。あの、顔が特に、燃えてるみたいに熱くて」

肩ごしに、ペンを弄ぶ指先が見える。

「風邪に似てます」

言いながら、私の顔は、また熱くなってゆく。

「症状は継続的に出る?」

声とともに、眼前で椅子がぐるっと回ると、優しい瞳が私を捕え、

「それとも、おれの前でだけかな?真鶸ちゃん?」

サンジはそういって、妖しく、微笑んだ。

《午後の処方箋》

「そんなの聞かないでよ。ズルイ」

陳腐な言葉が、口をつく。

「真鶸ちゃんの、その顔の方がずりィよ」

サンジの腕が私を引き寄せ。
私は導かれるまま、膝の上に横向きに座った。

不安定な姿勢の私の腰を、サンジの腕が支える。

「真鶸ちゃん、薬、出そうか?」

悪戯っぽく細められた瞳は、少し見下ろす位置。

「薬?」

私はそれに魅入られて、ただ、言葉を繰り返す。

「そう。真鶸ちゃんの症状に、よく効くぜ」

サンジの指が、私の頬の横で髪を弄び、

「軽い薬から、試してみる?」

逆らえるわけ、ない。

頷いた私の頭に、サンジの手が優しく添えられ。

くっ、と軽く引き寄せられると同時に。
伸びあがるようにしたサンジの唇が。

私の額に、チュッと軽い音を立てて、触れた。

「真鶸ちゃん、症状は?」
「──」

ダメ。
完全に、サンジのペース。

「効いてねェみてェだな。…もうちょっと、強い薬にしようか?」

思わずきゅっと閉じた瞼を。
サンジの唇が、優しく押さえる。

「どう?真鶸ちゃん」
「…余計、悪い」

だって頭は働かないし。
熱すぎて、躰中フワフワで。

脈が、全身に響く。

「もっと?」
「うん…」

今度は、頬に。

「効いた?真鶸ちゃん」
「…まだ」

反対の、頬。

「効かないよ」

たまらず、私は。
サンジの首に両腕を回して、言った。

「じゃあ、クソ強いヤツ」

サンジの唇が、薬を待ち望む、私に近付き──
なのに、舌先がちろりと舐めたのは、鼻のアタマ。

「なんでこんな意地悪いの?」

私の、泣き声にも似た恨み言を。
サンジは満足そうに聞き終えると、

「これ以上強い薬は、麻薬みてェなモンだから」
「…知ってるよ」

もう、依存症だもん。

「…サンジ」

私は、サンジの片足をまたぐように、正面に向き合うと。

自分からその、甘美な麻薬を求めにゆく。

「真鶸ちゃん、クソ可愛い」

腰に回る、サンジの両手。

力のこもる指先から、ゾクゾクと。
背中を這上がる、甘い感覚。

負けないように、私は、首に回した両手に、力を。

ガチャ。

「あーっ。何やってんだ、サンジっ!」

サンジが椅子を回して、開いたドアの方に向ける。

私はサンジに抱きついたまま、鎖骨に顎を乗せ、溜め息をついた。

「チョッパー。邪魔すんな」
「おれの回る椅子だぞっ!」
「タヌキ!真鶸ちゃんに当たんだろ」

サンジが、私を抱いたまま、立ち上がる。

「トナカイだっ!」

サンジが踵を返すと。
ふくらはぎを、涙ながらに蹴とばしているチョッパーが、目に入った。

タヌキキック。
効果なさそう…。

サンジはそのまま足早に、医療室を後にする。

「邪魔されちゃったね」

抱っこされたままそう言うと、

「んー、しょうがねェ。またやろうな?真鶸ちゃん」

私は何も答えず、首をかしげてみせた。

「今度は、真鶸ちゃんがナースな?」

ニッカリ笑って、サンジが続ける。

「おれの熱計ったら、真鶸ちゃん、驚くぜ?」
「…意外に高熱?」

尋ねる私の唇を、サンジの熱い唇が優しく塞いだ。

07.07.29
Written by Moco
(宮叉 乃子)

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