「とにかく、どきどきってして」
医療室のベッドに腰掛けた私は。
目の前の背中に向かって、語りかけた。
「他には?」
その問掛けに、私はちょっと考え、
「躰が熱くなって。あの、顔が特に、燃えてるみたいに熱くて」
肩ごしに、ペンを弄ぶ指先が見える。
「風邪に似てます」
言いながら、私の顔は、また熱くなってゆく。
「症状は継続的に出る?」
声とともに、眼前で椅子がぐるっと回ると、優しい瞳が私を捕え、
「それとも、おれの前でだけかな?真鶸ちゃん?」
サンジはそういって、妖しく、微笑んだ。
《午後の処方箋》
「そんなの聞かないでよ。ズルイ」
陳腐な言葉が、口をつく。
「真鶸ちゃんの、その顔の方がずりィよ」
サンジの腕が私を引き寄せ。
私は導かれるまま、膝の上に横向きに座った。
不安定な姿勢の私の腰を、サンジの腕が支える。
「真鶸ちゃん、薬、出そうか?」
悪戯っぽく細められた瞳は、少し見下ろす位置。
「薬?」
私はそれに魅入られて、ただ、言葉を繰り返す。
「そう。真鶸ちゃんの症状に、よく効くぜ」
サンジの指が、私の頬の横で髪を弄び、
「軽い薬から、試してみる?」
逆らえるわけ、ない。
頷いた私の頭に、サンジの手が優しく添えられ。
くっ、と軽く引き寄せられると同時に。
伸びあがるようにしたサンジの唇が。
私の額に、チュッと軽い音を立てて、触れた。
「真鶸ちゃん、症状は?」
「──」
ダメ。
完全に、サンジのペース。
「効いてねェみてェだな。…もうちょっと、強い薬にしようか?」
思わずきゅっと閉じた瞼を。
サンジの唇が、優しく押さえる。
「どう?真鶸ちゃん」
「…余計、悪い」
だって頭は働かないし。
熱すぎて、躰中フワフワで。
脈が、全身に響く。
「もっと?」
「うん…」
今度は、頬に。
「効いた?真鶸ちゃん」
「…まだ」
反対の、頬。
「効かないよ」
たまらず、私は。
サンジの首に両腕を回して、言った。
「じゃあ、クソ強いヤツ」
サンジの唇が、薬を待ち望む、私に近付き──
なのに、舌先がちろりと舐めたのは、鼻のアタマ。
「なんでこんな意地悪いの?」
私の、泣き声にも似た恨み言を。
サンジは満足そうに聞き終えると、
「これ以上強い薬は、麻薬みてェなモンだから」
「…知ってるよ」
もう、依存症だもん。
「…サンジ」
私は、サンジの片足をまたぐように、正面に向き合うと。
自分からその、甘美な麻薬を求めにゆく。
「真鶸ちゃん、クソ可愛い」
腰に回る、サンジの両手。
力のこもる指先から、ゾクゾクと。
背中を這上がる、甘い感覚。
負けないように、私は、首に回した両手に、力を。
ガチャ。
「あーっ。何やってんだ、サンジっ!」
サンジが椅子を回して、開いたドアの方に向ける。
私はサンジに抱きついたまま、鎖骨に顎を乗せ、溜め息をついた。
「チョッパー。邪魔すんな」
「おれの回る椅子だぞっ!」
「タヌキ!真鶸ちゃんに当たんだろ」
サンジが、私を抱いたまま、立ち上がる。
「トナカイだっ!」
サンジが踵を返すと。
ふくらはぎを、涙ながらに蹴とばしているチョッパーが、目に入った。
タヌキキック。
効果なさそう…。
サンジはそのまま足早に、医療室を後にする。
「邪魔されちゃったね」
抱っこされたままそう言うと、
「んー、しょうがねェ。またやろうな?真鶸ちゃん」
私は何も答えず、首をかしげてみせた。
「今度は、真鶸ちゃんがナースな?」
ニッカリ笑って、サンジが続ける。
「おれの熱計ったら、真鶸ちゃん、驚くぜ?」
「…意外に高熱?」
尋ねる私の唇を、サンジの熱い唇が優しく塞いだ。
07.07.29
Written by Moco
(宮叉 乃子)