キッチンの前で、ちょうどゾロとはち合わせた。
「あ。ゾロ、おはよう」
「あァ?」
高い位置の太陽をわざわざ仰いだ後、私を見下ろした瞳に浮かぶ、からかうような色。
「見張り明けです!」
先手を打つ私の早口にニヤリと笑い、ドアノブに手をかけたゾロは、
「寝坊じゃないんだからね。聞いてんの!?」
さらに言葉を継ぐ私の額を、軽く小突いた。
開いたドアを抜けてゆくその肩は、小刻みに震えている。
「ちょ」
「あ、真鶸」
テーブルに本を立てて読書中だった、人獣型のチョッパーがこちらに手を振り、
「サンジがメシ作ってったぞ。おれ、見張ってた」
蹄で、本の隣にある皿を示す。
笑っているゾロの背中に、腹立ち紛れに握りこぶしをぐいぐい押し付けた後で、私はチョッパーの傍に歩み寄った。
ラップのかかったお皿には、小さなサンドイッチとキッシュ、そしてフルーツ。
「あ、ダメだぞ。ゾロ」
ラップを剥がした端から、サンドイッチを横取りしようと伸びてきた手を払いのけ。
チョッパーが、頬を膨らませる。
小さく舌打ちしたゾロが、向かいに腰を下ろすと。
皿の横にあるオレンジジュースが、グラスの縁を越えそうなほど、揺れた。
「ありがと」
椅子に腰を下ろしながら笑う私に、チョッパーは一つ頷いて、
「いいんだ、頼まれたからな。あ、真鶸。代わりに、本のわかんねェとこ聞いていいか?」
「うん。わかる事なら」
無邪気な表情が、嬉しそうに輝いた。
《Why & How》
「『初恋』って、なんで甘酸っぱい味がするんだ?」
「…さあ?甘酸っぱいと思ったことないから、わかんない」
私の答えが気に入らないのか、腕を組んだチョッパーは眉を寄せ、
「じゃあ『ファーストキス』は、なんでレモンの味がするんだ?」
「えー?相手がレモンをかじった後だったからじゃ…」
それって、どんなシチュエーション。
想像したとたん、口の中に酸っぱい味が広がって、思わず鼻に皺を寄せた。
かじる側にはなりたくないな、絶対。
「お前、何読んでんだ?」
同じく酸っぱそうな顔をしたゾロが、テーブルの上にふせてある本を覗き込む。
少し古びた表紙のタイトルとイラストから判断すると、軽めの恋愛小説みたい。
「『なんか読むもんねェか?』って聞いたら、ロビンが貸してくれたんだ」
「ロビンが?」
ロビンの趣味とは思えない。
「古本屋で、欲しい本とまとめ売りだったって言ってた」
「すごいまとめ売りだね」
呆れながらサンドイッチをかじると、口の中に広がるチーズの香り。
美味しい。
ふた口ですべて頬張り、次へ手を伸ばした時、
「じゃあ、真鶸は今なら、サンドイッチの味がすんのか?」
中のものを吹き出しそうになり、慌てて口を覆った。
「試したいとかだったら、お断りなんだけど」
なんとか食べ物を喉に通し、ジュースで流しこんでから、やっとの思いでそう言うと。
チョッパーは、無邪気な表情で首を横に振った。
「真鶸は好みじゃねェから、それはいい」
「はぁっ!?」
「ぶはっ」
吹き出したゾロをきつく睨みながら、チョッパーの頬をつねる。
「いへー。真鶸」
「うるさい、子狸!」
横に引くようにしながら指を外し、笑い続けるゾロの脛を蹴ろうと、テーブルの下を覗き込んだ。
蹄で、頬を痛そうにさするチョッパーが、
「タヌキじゃねェぞ、おれ」
「タヌキなんて言ってません。コ・ダ・ヌ・キです」
「子供でもねェ」
蹴りだした足を避けられ、ムキになりながらテーブルの下へ躰を潜り込ませる私の隣で。
怒った顔でこちらを見つめている、チョッパーの真っ直ぐな瞳。
椅子に掛けなおしながら、青い鼻に指を突き付ける。
「いちいち『なんで?』って聞いてくるのは、コドモって事なの!」
「なんでだ?」
「あ、また聞いた。やっぱコードモー。オトナは自分で考えるんですー」
妙なリズムでそう言いながら、鼻を指で押すと、ぷにぷにと濡れた感触。
チョッパーは悔しそうに鼻を蹄で隠すと、問い掛けるようにゾロを見つめた。
「いや、どっちも子供…。痛ェだろ、真鶸」
つまんだサンドイッチを口に入れてから、叩かれた手をヒラヒラ振るゾロに、舌を出し。
こちらも痛む指先に、息を吹き掛けた。
「ただいまー」
「あら、起きたのね。真鶸」
勢いよく開いたドアから、ナミとロビンが入ってくると、急にキッチンが華やいだ。
二人の後ろには、大荷物を抱えた、デレデレのサンジ。
「真鶸も、一緒に来たらよかったわね。セールやってたの、タイムセール。服も化粧品も50%オフ」
「真鶸の分も買って来てあげたかったけど、好みもあるし」
「サンプルたくさん貰ってきたから、わけたげるわ」
チャリーンという音がしそうな瞳で、ナミがウインクすると、隣のロビンが申し訳なさそうに小首を傾げた。
私は『50%オフ』に衝撃を受けながら、ドアの方へ一歩踏み出す。
「えー、セールに行くなら誘ってよ!欲しいの、いっぱいあったのに」
「アンタ、ぐっすり寝てたじゃない」
「私たちも、行ってから知ったのよ。ごめんなさいね」
「えー、ナミたちばっかり、なんでー?ズルいよ」
軽く膨れてみせた私の後ろで、ごそごそと動く気配に、チラリと振り向くと。
テーブルの上に身を乗り出すようにしたチョッパーが、両の蹄を口許に当て、ゾロに囁いているところだった。
「『なんで?』って言ってたぞ。真鶸もやっぱりまだ、コドモなんだな」
08.04.15
Written by Moco
(宮叉 乃子)