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長い影を連れて

「うぉーい、真鶸。もう、終わったぞー。出てこーい」

遠く聞こえたウソップの声に、私はびくりと顔をあげた。

終わったんだ。
じゃあもう、隠れなくてもいい。

私は小さな洞穴から、這うようにして抜け出た。

「よく入れたな、そんなとこ」

這い出る途中で立てた地面を擦る音が外まで響いたのか、ウソップは洞穴の前で、中を覗き込むようにしてしゃがみこんでいた。

「…みんな、平気?」

声が震える。

「平気に決まってんだろ、そんなもん」

立ち上がり、胸を拳で叩いたウソップが、

「敵に囲まれ絶体絶命!そこを、このウソップさまの活躍で」

いつもの口上を途中で止め、私の表情を見てから笑った。

「戻ろうぜ。みんなまだ、探してんだからな」
「うん。ごめんね」

立ち上がって服や掌についた泥をはたくと、鼻に届く土の匂い。
浮かべたはずの笑顔がなぜか揺らいだ。

《長い影を連れて》

「ウソップは」

私がいた洞穴は、敵に囲まれたところからはずいぶん離れていたはず。
小さな茂みを抜けて、港の方へ向かいながら、

「私があそこにいるって、どうしてわかったの?」

私は小さな声でそう尋ねた。
ウソップは視線を空に向け、頬を指で掻く。

「んー。なんつーかまあ、隠れやすそうなトコを見つけんのは得意だからな」
「ゴメンね。…逃げて」
「普通怖ェよ、戦うのは。…みんなも判ってんだろ、気にすんな」

港の方角には沈みかけの太陽。
夕日でオレンジに縁取られたウソップの横顔には、少しだけ切ない色。

「ずっと海賊してたら、怖くなくなるのかな?」
「全然怖くねェってやつのが、珍しいんじゃねェか?」
「…ウソップも怖い?」

烏が鳴きながら夕焼け空を横切る。

「そりゃ怖ェよ」
「逃げたくならない?」
「逃げた方がいい時はそうしてんだろ。言っとくけど真鶸、逃げるってのも選択肢の1つとしては有効だからな」

視界が揺らいだ。

私には『逃げる』以外の選択肢が、どうしても思い浮かばない。
ウソップと私の違いは何だろう。

「ただな」

言葉を探すようにウソップは口を閉じ、夕陽を見据える。
しばらくそうした後に片手で顎を撫で、跳ねるようにして数歩進んだ。

「逃げるのが怖くなる時が来るからな」

小さな声だったのにはっきりと響いた言葉。
その意味が私にはよくわからない。

「逃げるほうが怖い?」

私の問掛けを、ウソップは顔を向こうに背ける事でかわした。

よく判らないまま、追い掛けるように顔を覗きこもうとする。
だけどウソップは、かたくなに私の視線を避け続けた。

「ウソップ……」

顔を覗きこむのを諦めた私は、立ち止まって地面を見つめながらため息をついた。
どうすればいいかわからず、足下に伸びるウソップの影を無意味に靴先で縁取ってみる。

躊躇いをあらわすように、そわそわとその影が揺れる。
小さな声が、烏の鳴き声の合間を縫うように耳に届いた。

「立ち向かう怖さを、違う怖さが越えんだ。……それには背中を見せられねぇ」

頭のカタチをなぞった所で、私は足を止め、その意味を考えた。
掴めそうで掴めなくて──。
私は足をジグザグに動かして、縁取った影の中を塗り潰した。

ふっと息を洩らし、ウソップは声のトーンを戻す。

「そのうち『このことか』って思う時が来んじゃねぇか?」

こっちを向いたウソップの長い鼻が、縁取った地面の跡からつき出すように伸びた。

「そのうち『さすがウソップ。このことだったのね』ってなるだろ、真鶸も」
「『さすが』ねぇ…」

私は足を素早く動かして、ひと息に鼻の影をなぞった。

「そうなのかなぁ」
「おう」

影だけ見てても笑ってるって判るんだなぁ。
ウソップの言葉の意味ははっきりとは判らないまま、でも少し楽しくなって、私は微笑みながら顔をあげた。

「急ごうぜ、腹減ってきたし。そろそろルフィが暴れてんじゃねぇか?」

ウソップは笑顔だったけれど、なんだかやっぱり少し哀しそうだった。

ゆっくり歩き出したウソップに駆け寄り、肩でぐいぐいと背中を押してみる。

「痛ェよ、真鶸。おれはゴムでもなきゃ、ゾロみてぇに鍛えてるわけでもねぇんだ」
「へへへ」
「サンジじゃねェから、ハート出したりもしねえし、フランキーみたくサイボーグでもねえ」

喋り続けるウソップを無視して、笑いながらぐいぐいと背中を押すと、額のあたりにつっこむように手刀が降ってきた。

「おい」
「いいでしょ。他のみんなには出来ないもん、こんなの」

額の少し手前で止まった手刀を眺めながら、私は答える。

「おれならいいのかよ」
「うん」

不服そうな顔をしたウソップを無視して、言い逃げるように私は数歩前に出た。

振り向くと、私の影もウソップの影も長く長く伸びて、オレンジ色に染まる道を黒く塗り潰している。

私だってルフィたちみたいな強さには絶対なれない。

「……見付けてくれて、ありがとね。ウソップ」
「みんな探してんだって」
「うん。でも、ありがと」

私が重ねるようにそう言うと、ウソップは口をきゅっと結んで、横目で地面を眺めるようにしながら頷いた。
さっきの言葉の意味がわかったらちゃんと伝えることにしよう──『さすがウソップ』って。

そしてその後にはこう続けよう。
『私はウソップみたいになりたいって、あの時に思ったんだよ』

'08.01.19
(改稿:20150510)
Written by Moco
(宮叉 乃子)

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