とぼとぼと歩く真鶸を呼び止めて。
しばらく静かに、並んで海を眺めた。
「また、うまく喋れなかったの」
真鶸の、その小さな声は。
海からの風に、今にもかき消されてしまいそう。
「いい加減、呆れられちゃったかも」
黒目がちの瞳から溢れた、涙の粒を指で拭って。
真鶸は私の腕に、甘えるように腕を絡めた。
「ロビンと喋るのは、ぜんぜん平気なのに」
《あの子は人見知り》
「闘ってる時の真鶸は、あんなに勇壮なのにね」
可憐で控え目なその姿からは、想像出来ないもの。
『通ったあとには草一本も残らない』と、噂されていたなんて。
「だって敵とは、仲良くなる必要、ないもん」
すねたような口調が、とても似合う可愛らしさ。
どうしてか。
私の前だけでしか、うまく見せられないみたい。
「なんで、こんななんだろ。みんなと仲良くしたいのに」
「みんな、ちゃんとわかってると思うわ。ゆっくりでいいのよ、真鶸」
私の答えは、あまり納得いくものではなかったみたい。
腕に触れる頭が、横に振られる。
「あら、ホントは、気になってるのは、ひとりの事だけなの?」
その名前を口にすると、真鶸は頬を薔薇色に染め、うつ向いた。
「……とは、挨拶もちゃんとできないの…。め、目も、あわせられないし。船に乗って1月経つのに、絶対呆れられてる」
そんな事はないと、私は知っているけれど。
今だって、心配そうな瞳で、こっちを見ているのに。
「考えすぎよ、真鶸」
「…ロビン、優しいね」
きゅうっと、細い指先に力が入り。
見下ろした表情は、また泣き出しそう。
あら、信じてくれないの?
彼が真鶸を見つめる眼差しは。
私たちに向けるものとは、全く違うのよ?
「真鶸はどうして、私のことは平気なのかしらね」
思わず口に出してしまった言葉。
そんな事を尋ねる自分に、驚いてしまう。
真鶸は、小さく鼻をすすって。
まだ、私しか見たことのない、素直な笑顔を浮かべると。
「だって、私がこんな風にグズグズ言ってても、話きいてくれるし。慰めてくれるじゃない。嘘ってわかってても、私、すごく嬉しくなるの」
あら。
今のあなたをいちばん慰める言葉に。
私が嘘を使う必要は、ひとつもないのよ?
「そんな優しい嘘つかせちゃって、いつも『ごめんね』って思うけど。私、ほんとに、ロビンがこの船にいてくれてよかったって。そう思ってるよ」
いてくれてよかった?
そう言ってくれた事が、とても嬉しかったから。
優しい嘘吐きを、暫く演じてあげる。
だから、本当の事を黙っている事も許してね。
「ありがとう。真鶸」
「えへ」
私が口をつぐんでいたって。
その笑顔を、私以外のクルーが知るのは。
きっと、そう遠くない事だから。
でも、そうね。
それって、少し残念かも。
'07.08.08
Written by Moco
(宮叉 乃子)