36etude | ナノ
瓶づめレインボウ

「ゾロが『鬼徹だったら、手が落ちてた』って怒ってたぞ」
「えへへ」
「笑い事じゃねェぞ、真鶸!」

掌の傷を縫う手を止めた、チョッパーからのお説教。

「なんで、刀触ったりしたんだ?」
「引かなきゃ切れないってホントかなぁ、と思って。好奇心だよ」

刀の手入れを横で見ていて、思い付いた瞬間、触れてしまった。

無意識の行動だったから、さしものゾロも止めようがなかったらしく。
私の掌に出来た、深い傷。

チョッパーが『わけわかんねェ』という表情を浮かべたあと。
再び手元に集中しだす。

麻酔をしていても、針が膚を通る瞬間には痛みが走った。

「引かなくても切れるんだね。勉強になったよ」
「そういう問題じゃねェぞ」

バタン!

「チョッパー。スゲェ虹出てんぞ!一緒に見よう!!」

部屋に飛び込んできたルフィが、両拳を握り締めながら叫んだ。

「おれは行かねェ」

口許をピクピクさせながら、チョッパーが答える。

「いいのか?スーーッゲェでっけェんだぞ?」
「いいんだ」

きっぱり言いきり、針を握りなおしたチョッパーに、私は慌てて、

「チョッパー、見てきたら?私、針持って待ってるから」

無事な方の手を、針を持つチョッパの蹄に近付けた。

ぺちっと、チョッパーがその手をはたく。

「患者がいるのに、虹を見になんかいけねェ。おれは医者なんだからな」

にぶい痛みが走って、また、ヒトハリ。

「うぉー。チョッパー、なんかカッコイイな!」

ルフィが、拳を突き上げ、嬉しそうに叫んだ。

《瓶づめレインボウ》

船の外柵にぶら下がるようにして、彼方の空を見つめる。
そんな、チョッパーの背中を見つけた頃には。

虹は、ほんの足下を残すだけになっていた。

「チョッパー」
「あっ。真鶸」

チョッパーは、すとん、と体を床に落とすと。
タタタッと、こちらに駆け寄ってくる。

「傷口、つれたりしてないか?」
「平気。…チョッパー、虹、あんまり見れなかったね。ごめん」
「半分くらい見たぞ。また出たら、また見るからいいんだ」

汚れない瞳で、素直な言葉で。
そう言われると、胸がちくりと痛んだ。

「あのね。これ」

私は、笑顔を作って。
チョッパーの目の前に、瓶を差し出すと、

「なんだ?飴か?」

チョッパーは、くりくりした瞳をを寄せながら、瓶の中を覗きこんだ。

中身は、直径2cmくらいの、ざらめ糖を纏った飴玉。

「うん」

私は瓶の蓋を開け、一番上の黒い飴を摘んで、チョッパーの口の前に示し。
反射的に開いた口の中に、押し込んだ。

「ムグ」

チョッパーの歯にあたった飴が、カランと音を立て、次に片頬がぷくっと膨れる。

「コーラ味だ。美味っ。甘っ!」
「良かった。これ、さっきの治療代」

チョッパーの大きな瞳が、キラキラと輝いた。
両手で瓶を受け取りながら、

「貰っていいのか?」
「うん」

チョッパーが喋ると、飴が歯に当たって、カランと音がする。
私は微笑み、船縁に寄りかかった。

「治療ありがとね、チョッパー」
「いいんだ。おれは医者だから。でも、真鶸はもう、刀触ったらダメだぞ」
「もうやらないよ。切れるのはよーく判ったから」

そう返事すると、チョッパーが焦った顔になる。

「他の危ないこともダメだぞ」
「うーん、気を付ける」
「クラッ!真鶸!!」
「あ、虹消えちゃった」

話をそらそうと、躰をひねって海を見つめた。
船縁によじ登ったチョッパーが、ため息をつく。

「また、出るといいな」
「そうだね」
「でも、晴れてんのも綺麗だな。海がキラキラして」

穏やかな海面が、陽光を反射して眩しい。
チョッパーが、思い付いたように、瓶を太陽にかざした。

「これもキラキラだ。飴が、ちょっと透けてて綺麗だぞ」
「ホント?良かった」
「この飴、7色あるんだな!真鶸」
「そうだった?」

私も、瓶を覗きこむ。

苺・オレンジ・はちみつレモン。
メロン・ソーダ・ぶどう・ブルーベリー。

「ホントだ、7色だね」
「これ、小さな虹だな」

そう言ったチョッパーの、満面の笑顔。

その表情は、太陽より眩しく輝く。

07.08.01
(08.12.19 後半改稿)
Written by Moco
(宮叉 乃子)

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