「ゾロが『鬼徹だったら、手が落ちてた』って怒ってたぞ」
「えへへ」
「笑い事じゃねェぞ、真鶸!」
掌の傷を縫う手を止めた、チョッパーからのお説教。
「なんで、刀触ったりしたんだ?」
「引かなきゃ切れないってホントかなぁ、と思って。好奇心だよ」
刀の手入れを横で見ていて、思い付いた瞬間、触れてしまった。
無意識の行動だったから、さしものゾロも止めようがなかったらしく。
私の掌に出来た、深い傷。
チョッパーが『わけわかんねェ』という表情を浮かべたあと。
再び手元に集中しだす。
麻酔をしていても、針が膚を通る瞬間には痛みが走った。
「引かなくても切れるんだね。勉強になったよ」
「そういう問題じゃねェぞ」
バタン!
「チョッパー。スゲェ虹出てんぞ!一緒に見よう!!」
部屋に飛び込んできたルフィが、両拳を握り締めながら叫んだ。
「おれは行かねェ」
口許をピクピクさせながら、チョッパーが答える。
「いいのか?スーーッゲェでっけェんだぞ?」
「いいんだ」
きっぱり言いきり、針を握りなおしたチョッパーに、私は慌てて、
「チョッパー、見てきたら?私、針持って待ってるから」
無事な方の手を、針を持つチョッパの蹄に近付けた。
ぺちっと、チョッパーがその手をはたく。
「患者がいるのに、虹を見になんかいけねェ。おれは医者なんだからな」
にぶい痛みが走って、また、ヒトハリ。
「うぉー。チョッパー、なんかカッコイイな!」
ルフィが、拳を突き上げ、嬉しそうに叫んだ。
《瓶づめレインボウ》
船の外柵にぶら下がるようにして、彼方の空を見つめる。
そんな、チョッパーの背中を見つけた頃には。
虹は、ほんの足下を残すだけになっていた。
「チョッパー」
「あっ。真鶸」
チョッパーは、すとん、と体を床に落とすと。
タタタッと、こちらに駆け寄ってくる。
「傷口、つれたりしてないか?」
「平気。…チョッパー、虹、あんまり見れなかったね。ごめん」
「半分くらい見たぞ。また出たら、また見るからいいんだ」
汚れない瞳で、素直な言葉で。
そう言われると、胸がちくりと痛んだ。
「あのね。これ」
私は、笑顔を作って。
チョッパーの目の前に、瓶を差し出すと、
「なんだ?飴か?」
チョッパーは、くりくりした瞳をを寄せながら、瓶の中を覗きこんだ。
中身は、直径2cmくらいの、ざらめ糖を纏った飴玉。
「うん」
私は瓶の蓋を開け、一番上の黒い飴を摘んで、チョッパーの口の前に示し。
反射的に開いた口の中に、押し込んだ。
「ムグ」
チョッパーの歯にあたった飴が、カランと音を立て、次に片頬がぷくっと膨れる。
「コーラ味だ。美味っ。甘っ!」
「良かった。これ、さっきの治療代」
チョッパーの大きな瞳が、キラキラと輝いた。
両手で瓶を受け取りながら、
「貰っていいのか?」
「うん」
チョッパーが喋ると、飴が歯に当たって、カランと音がする。
私は微笑み、船縁に寄りかかった。
「治療ありがとね、チョッパー」
「いいんだ。おれは医者だから。でも、真鶸はもう、刀触ったらダメだぞ」
「もうやらないよ。切れるのはよーく判ったから」
そう返事すると、チョッパーが焦った顔になる。
「他の危ないこともダメだぞ」
「うーん、気を付ける」
「クラッ!真鶸!!」
「あ、虹消えちゃった」
話をそらそうと、躰をひねって海を見つめた。
船縁によじ登ったチョッパーが、ため息をつく。
「また、出るといいな」
「そうだね」
「でも、晴れてんのも綺麗だな。海がキラキラして」
穏やかな海面が、陽光を反射して眩しい。
チョッパーが、思い付いたように、瓶を太陽にかざした。
「これもキラキラだ。飴が、ちょっと透けてて綺麗だぞ」
「ホント?良かった」
「この飴、7色あるんだな!真鶸」
「そうだった?」
私も、瓶を覗きこむ。
苺・オレンジ・はちみつレモン。
メロン・ソーダ・ぶどう・ブルーベリー。
「ホントだ、7色だね」
「これ、小さな虹だな」
そう言ったチョッパーの、満面の笑顔。
その表情は、太陽より眩しく輝く。
07.08.01
(08.12.19 後半改稿)
Written by Moco
(宮叉 乃子)