S×S【1】 | ナノ
Beloved

「最初は、やっぱりルフィだろ」

タバスコの蓋を開けながら、ウソップはそう言うと、自分を納得させるように頷いた。

さっきから、会話は堂々巡りだ。

昼下がりのウソップ工場支部。
その隅に腰かけた私は、陽光に輝く海に目を向け、腕を組んだ。
そのまましばらく考えたあと、ウソップへと向き直り、

「でもでも!ルフィが一番遠くにいたらどうするの?やっぱり近くからなのが効率良くない?」
「翡翠。近くにいるのが、おれやナミだったらどうすんだよ。どう考えても効率悪ィだろ」

自信ありげなウソップの口調と、その言葉の中身は全然釣り合ってない。
私は腕組みしたまま、頬をぷーっと膨らませた。

「そんなの堂々と言わないでよ」
「いや、おれはそこには自信がある」
「もー!」

ウソップのネガティブには、付き合いきれない。
気分を変えようと、私はアイスティーをひと息に飲み干した。

ガチャリと、ドアの開く音。

「あ、ロビンだ。ロビーン」

頭上で大きく手を振った。

微笑むロビンが、測量室のドアを後ろ手に閉め、こっちへ近づいてくる。
私は、支部の床を手で払い、

「ロビン、座って座って!汚いとこだけど」
「翡翠、お前な…」

ウソップが、不服そうに顔をしかめた。
ロビンがクスクス笑いながら、私の隣に腰を下ろす。

ふわりと漂う花の香り。

私はグラスを置き、膝の上で頬杖をついた。そして、じっとロビンを見つめる。

「ねぇねぇ、ロビンならどうする!?」
「何を?翡翠」

首を傾げるロビン。
私は、ウソップと自分の顔を交互に指差し、状況の説明を試みる。

「今、ウソップと話してたの。えっとー、えっとねぇ」
「自分以外のクルーが、全員川に流されてんだ。手元に浮き輪は1つしかねェ」

タバスコを入れた器に、粉を入れて練りまぜながら、ウソップが助け船を出してくれる。

「全員効率よく助けるためには、どうすりゃいいかってな」

ウソップと私を順に見て、ロビンは困ったように手を頬に添えた。
問題の答え欲しさに、私はロビンにずいと迫る。

「もし、もしだよ。そんな風になったら、ロビンはどうする?」

《Beloved》

「そうね」

ロビンは僅かに首を傾げ、目を細めた。
手のひらを示し、そこに腕を1本咲かせると、

「流されてしまわないよう、まず全員つかまえるわ」
「あっ!」

ウソップと私は、同時に間の抜けた声をあげた。

「そっか、そーだった」
「その状態なら、ルフィとゾロとサンジは、自力で上がってきそうだしな」
「そしたら全員大丈夫だもんね」

サンジはすぐ、ナミと私を助けてくれるだろう。
そしてルフィとゾロなら、その間に男クルーを引き上げてしまえるはず。

「でもでも、それって大変じゃない?」

ナミと私、人獣型のチョッパーと骨だけのブルックくらいなら、ロビン1人でもそんなに辛くないかもしれない。
でも、筋肉質なゾロとサイボーグのフランキーは、ものすごく重たそうな感じがする。

ルフィやウソップやサンジだって、細身だけど女の子より軽くはないはず。

私は膝に頬をつけるようにして、ロビンの顔を覗きこんだ。

「9人もつかまえてたら、腕痛くなるよ?」
「そうね。でも離さない」

さらりと言い切り、ロビンは穏やかな微笑みを浮かべた。
そのきっぱりとした雰囲気に、私はちょっと呑まれてしまう。

ウソップが、容器にまた何かを混ぜ入れた。
タバスコの成分が空気に混ざったのか、少しだけ目が痛い。
手の甲で目をこすっていると、

「大丈夫?翡翠」
「ありがと、大丈夫。…そういえば、ロビン」

渡されたハンカチからも、素敵な花の香りがする。
心配そうな表情で私を見ていたロビンが、途切れた言葉の続きを促すように頷いた。

「ロビンは9人つかまえたら、結構大変なんだよね?」
「そうね。ぎりぎりかしら」

ハンカチを下まぶたに当て、ロビンの目を見つめた。
さっきはあっさり答えられてしまったから、少し意地悪な質問をぶつけてみよう。

私とウソップが、30分以上悩んでた問題なんだから。

「じゃあ。その状態の時に、違う人が流れてきたらどうする?」
「何もしないわ」

迷いのない答えに、思わず言葉を失った。

助けを求めるように視線を向けた先で、ウソップが手を止め、頭をかいた。
けれど何も言わないまま、再び容器を重たそうにかき混ぜ始める。

私は視線を戻し、なんとかしてロビンが迷うことを考え出そうと、懸命に頭を働かせた。

「でもでも!えっと…それが、ちーっちゃい子供だったら?」
「そうね。余力があればつかまえるけど」

さらっと返ってくる言葉に、私はさらに焦ってしまう。

「じゃあ!じゃあ、余力がなかったら?」
「何もしないわ」

ロビンの言葉には、相変わらず迷いがない。ただ、眼差しだけが一瞬、ふっと遠くなった。

何かを思い出しているかのような表情が、わずかな憂いを帯びる。

急に、ウソップが床に容器を置くと、立ち上がって大きな伸びをした。
そして、空気を変えるように明るい口調で、

「ま、最終的に全員無事なら、それでいいだろ。よく考えりゃ、浮き輪一つしかなくたって、自力で這い上がってくるヤツばっかりだよな」

確かにそうかも。能力者を抱えて、次々陸に上がってくる姿が目に浮かぶ。
全員陸に上がったら、その後は巨人族が流れてきたって、助けようと思えばいくらでも助けられる。

ウソップは首をポキポキと鳴らして、笑みを浮かべた。

「考えるだけアホらしかったな。翡翠」

そのまま、スタスタと下へ続く梯子へ向かってゆくと、

「うぉーい、サンジ。何か冷てェもん作ってくれ。ロビンと翡翠のもな」

そう言いながら、キッチンへおりて行ってしまった。

2人になったウソップ工場支部。
午後の日射しは、さっきと同じように海面を煌めかせている。
キッチンから、ウソップとサンジの話し声が、微かに響いてきた。

「ロビン」

こっちを向いたロビンの表情は、とても柔らかく落ち着いている。
なのに、どうしてか胸が苦しくなった。

「あのね」

懸命に言葉を探すたび、伝えたいことからは遠ざかってゆく気がする。

「あのね、ロビン」
「何?翡翠」
「私、ちゃんと泳げるから。ロビンが辛くなったら、私の手、離してもいいよ」

私が口にした言葉は、ロビンの表情を再び曇らせてしまった。
本の上に添えられた綺麗な手が、ぎゅっと拳を握る。

私は、ただ黙り込んだ。
だって、重みに耐えるロビンの姿を見るのは、私たちだって辛いから。

やがてロビンは、小さく首を横に振り、

「誰の手も離さない。絶対に」

海を見つめながら、きっぱりと言った。

美しい横顔を見ても、私の気持ちが伝わったのかどうか、さっぱり判らない。
前のめりになりながら、私はロビンに顔を近づけ、

「私…私たちだって、ロビンが大好きってことを言ってるんだからね!」

ひと息でそう告げた。

私を見たロビンが、驚いたように何度かまばたきをする。
その顔に、穏やかな笑みが浮かんでゆくのを、私はじっと見つめていた。

「ええ。知ってるわ」

ロビンはきっぱりとそう言って、静かに瞳を閉じた。
波の音が、昼下がりに響く。

それを打ち破るように、サンジの声がキッチンから聞こえてきた。

「ロビンちゃーん、翡翠ちゃーん。冷たいもの用意したよー」

《FIN》

2009.09.23
Written by Moco
(宮叉 乃子)

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