「よっ!」
「ほい」
フランキーとウソップのコンビは、息があってる。
餅をついて返しての繰り返しが、すごくリズミカル。
「早打ちだ!うおー!!」
「ギャー、危ねェ!それじゃ返せねェよ、ルフィ!!」
「てめ…!餅がくっついただろーが!!」
だけどこっちの3人は、てんでグダグダだ。
つき手が2人なのが難しいのか、人選ミスなのか。
ルフィの杵の先には、臼から続く長く伸びた餅。
「どうすんだ、これ」
「うわー!振り回したら、くっつくからダメだぞ!」
「お前はあっちで休んでろ!ルフィ!!」
人型のチョッパーと、杵を手にしたゾロも交えて、ギャアギャアと騒がしいばかり。
「ねぇ、ナミ。ルフィには、やらせない方が良かったんじゃない?」
「しょうがないでしょ。言い出したら聞かないんだから」
粉をひいた餅箱の前で、ナミとロビンと私は、暇を持て余している。
芝生の甲板にシートを引いただけだから、じっとしていると足が痛い。
「待っているだけだと、少し寒いわね」
「ついてる人は、暖かそうだけどね。お餅が熱いし」
ゾロとチョッパーは、杵についた餅を外そうと、悪戦苦闘している。
「でも、大変そうですよ。見てるだけで筋肉痛になりそうです」
きな粉や砂糖醤油の入ったボウルの横で。
大根おろしを作っている、かっぽう着姿のブルックが、しみじみとそう言った。
「私、筋肉ないんですけど!」
「おい、つけたぞ!そっちは準備出来てんのか!?」
「もちろん」
フランキーの声に、ナミが餅箱の中の片栗粉をひと撫でする。
大根を置いて、ナミをまじまじと見つめたブルックが、
「ナミさん、お餅を丸める前に、パンツ見せて頂いても…」
「見せるかァッ!!」
封を切ってない片栗粉が、ブルックの顔面にぶつかった。
シルクハットが、澄んだ青空に舞う。
《Great Pleasure》
「じゃあ、いくぞ、チョッパー」
「おぅ!いいぞ、ゾロ」
ぺたん。
ゾロとチョッパー組が、平和に餅つきを再開した。
フランキーが運んできたお餅を、女クルーでどんどん丸め。
ブルックが慌ただしく、それに味をつけると、
「きな粉のヤツうめーな、ブルック」
「ヨホホ、そうですか」
片っ端から、ルフィがぱくぱくと平らげていく。
「アホかッ!てめェは!!」
「ブホッ」
「キャー!」
サンジに背中を蹴られたルフィが、私に向かってきな粉を吹き出した。
「やだ、かかったー!ひどいよ、もう!!」
「こっちに向かってはたかないでよ、翡翠」
冷たいことを言いながらも、ナミは濡れたタオルを渡してくれた。
髪に触れたロビンの手が、優しくきな粉を払い落とす。
「なに1人で食ってやがんだ、手ェ空いてんなら手伝え!」
「だってよー。つきたての餅って、美味そうじゃねェか」
「そういう時は、全員で味わうモンだろ」
餅米の入ったせいろを両手で抱えたまま、くわえタバコのサンジが顔をしかめる。
「ちゃんと1コずつ残してんぞ」
「で、お前はいくつ食ったんだ、ルフィ」
「いくつってなー。きな粉が5、いや6コ」
数えながら折ってゆく指が、右手から左手に移ったところで、
「もう、すでにおかしいだろうがッ!」
繰り出されたサンジの蹴りを、ルフィは飛びすさるようにして避けた。
着地の振動で、餅箱やボウルがカタカタと鳴る。
「埃が立つから暴れないで!」
「すみません、ナミすゎん」
サンジが頭を下げる向こう側で、ルフィは持っていたお餅を口に押し込んだ。
ナミがフウッとため息をつくのと同時に、
「そいつも、普通についていいのか?」
杵を肩に担いだフランキーが、サンジに声をかける。
「ん?ああ、これはまだ普通だな。豆餅は、最後の方がいいだろ」
フランキーにせいろを渡し、サンジがタバコを摘んだ。
深々と吐いた煙が、冷たい風に流され、消えていく。
「あと何回だ?」
「全部で8回分だから、これも入れてあと6回だな」
「杵と臼、もう1セット、作りゃ良かったか?」
湯気の立つせいろを、左の小脇に抱えたフランキーが、ブルックとルフィを交互に眺め、呟く。
「いえ。私、お餅を直に触ると、関節に詰まってしまいます」
「だったら、つき手をやりゃあいいじゃねェの」
「エエーッ!そんな重いもの持ったら、骨折してしまいますよ!私、骨しかないので!!」
おろし金を取り落として、慌てるブルックを見て。
右手の杵で肩を叩きながら、フランキーはニヤリと笑うと、
「ま、おれとゾロがいりゃ、8回くらいはあっという間だ。心配すんな」
鼻歌まじりに、臼の方へ戻ってゆく。
なびいた湯気が背中に当たったのか、途中で少し足取りが乱れた。
「ヨホー。頼もしい」
「翡翠ちゃん、こんな感じであってるか?『餅つき』」
私の隣にしゃがみ込んで、サンジが心配そうな顔で問いかけてくる。
『お餅つかないの?年末なのに』という、私の一言で。
初めての餅つき大会が、催されることになったのだ。
「賑やかで楽しいから、大丈夫。あってる」
笑いながら、指でOKマークを作ると、サンジは勿論、回りのみんなも笑顔になった。
「あとは味ね」
「んまかったぞ」
「私たちは食べてないから、わ・か・ら・な・い・の!」
つまみ上げたルフィの耳に、ナミが怒鳴るように言葉を注ぎ込む。
その様子を見て、ロビンがクスッと笑った。
「『餅つき』のこと、調べた甲斐があったかしら」
「うん!やったことあるのと、ほとんど変わんないよ。ありがとう!…でも、私こそ、付き合わせちゃって悪いみたい」
「あら、みんな楽しんでるから大丈夫よ」
そう言ったロビンの横から、サンジがひょっこり顔を覗かせ、
「そう。楽しけりゃ何でもありだぜ」
「うめェもんも何でもありだぞ!サンジがいるしな」
手のひらで耳を押さえながら、ルフィも笑った。
手をはたきながら、ナミも笑顔を向けてくれる。
「おい、出来たぞ。そこに置きゃいいのか?」
顔をあげた目の前に、大きな傷痕。
思わず息をのんだ私を見て、諸肌脱ぎのゾロが首を傾げた。
「出来た餅を入れんのは、この箱か?翡翠」
「あ、えっとね…」
「こっちよ。それは丸めたお餅を入れる分だから」
もたつく私の横で、ナミがちゃきちゃきと、新しい餅箱を用意する。
つきたてのお餅を箱に移すゾロの躰から、微かにあがる湯気。
「暑そう。ゾロ」
「あ?まぁ、少しな」
「翡翠、お餅丸めないと。熱いうちしかダメなんでしょ?」
ナミの言葉に、慌てて手に粉をつけた。
熱いお餅をちぎり、食べやすい大きさに丸めて、並べていく。
手を何本も生やしたロビンがいるから、箱はみるみるうちに埋まってしまう。
「次はどうするんだ?」
「すぐ持ってくるから、ちょっと休んでろ。おい、ルフィ。ちょっと手伝え!」
ルフィを連れて、サンジがキッチンへ戻っていくと、ゾロが丸めたお餅をひとつ、頬張った。
「味しないでしょ?」
「いや、美味ェ」
あっという間に食べ終えて、次のお餅を手にしたゾロに、ブルックが声をかける。
「ゾロさん。お醤油をつけて海苔を巻いて食べると、ほっぺたが落ちそうな美味しさです」
「おっ、そうか」
「私、ほっぺたないんですけどー!」
磯辺巻きを片手にヨホホと笑うブルックを無視して、ゾロが手ずからお餅に醤油をつけた。
「あ、ずりィぞ、ゾロ」
人型のチョッパーが、慌ててこっちに向かってくる。
「おれも食うぞ!」
「そうね。一回、ちゃんと味見しましょ。ウソップとフランキーを呼んで来るわ」
歩いて行くナミを見送って、チョッパーは餅箱を覗き込み。
しばらく迷ったあと、パッと顔をあげた。
「なぁ、ロビン。甘い餅ってねェのか?」
「まだ普通のだけね。餡の用意はしてあったから、あとから出来ると思うわ」
「おい、飲み物持ってきたぞ」
キッチンから戻ってきたサンジが、トレイを芝生に置き、
「野郎は自分で取りにきやがれ」
カップを3つ手にして、こっちに向かってくる。
「レディたちは、温かいお飲み物をどうぞ」
「ありがとう」
私とロビンにカップを渡すと。
サンジはその場にしゃがみこみ、困ったように頭をかいた。
「翡翠ちゃん」
「どうしたの?」
「年が明けたら食うっていう『雑煮』ってヤツ。コンソメベースじゃ駄目か?」
「ん?んーとね。お餅入ってて、美味しかったら、なんでもいいと思う」
私の答えを聞いて、サンジがニッカリと笑う。
コンソメ味のお雑煮って、想像できないけど。
サンジが作ったのなら、きっと美味しいはずだから、楽しみ。
「あっ、ナミすゎん。お飲み物を──」
ウソップと一緒に戻ってきたナミに、サンジがウキウキと寄って行く。
ウソップはお皿を手に取り、餅箱の傍らに腰を落とした。
「おれとフランキーの分、貰ってくぞ」
「あれ、フランキーは来なかったの?」
箸を止めて、後ろを示すと、
「餅米つぶしはじめたから、外せねェだろ。食ってる間だけ、交代しようと思ってな」
「大丈夫?」
「おう。結構面白ェな、餅つき」
ウソップはニヤッと笑って立ち上がると、お餅に味をつけにいく。
「おーい、ナミ」
「なに?ルフィ」
抱えてきた熱々のせいろをゾロに渡し、身軽になったルフィが、
「年越しの宴会やんだろ?」
「そうね。やらなきゃおさまらないんでしょ?」
「おう。そうだぞ」
「宴会やるのかー!?」
ルフィの足元を抜けてきたチョッパーは、人獣型になっていて。
口の周りにきな粉を沢山つけたまま、ウキウキとした笑顔を見せる。
「おれ、鼻割りばしで踊るぞ!翡翠も一緒にどうだ?」
「ええっ!?」
カップのお茶が、たぷんと跳ねた。
ルフィが、麦わら帽子に手を乗せ、しししっと笑う。
「おー、やろう!簡単だぞ!!そういや、ロビンも前、やりてェって」
「クラァ!!何やらせようとしとんじゃ!ロビンちゃんと翡翠ちゃんに!!」
サンジの蹴りを受けたルフィが、船縁近くまで飛んでゆく。
ギャアギャアと騒がしくなった甲板を、少し冷たい風が吹き抜けた。
「おい、行くか。チョッパー」
「次のは、甘い餅になんのかなー?」
せいろを抱えたゾロを、小走りのチョッパーが追いかけていき、
「うっし。餅食ったら、本腰入れるか!」
2つのグラスと、お皿を手にして、ウソップがフランキーの所へ戻ってゆく。
ふっと息を吐くと、ブルックと目があった。
「ヨホホ、賑やかで楽しいですね」
「うん!」
私は、そう頷いたあと。
にっこり笑って、言葉を足した。
「今年1年、楽しかった!」
《FIN》
2008.12.31
Written by Moco
(宮叉 乃子)