足下で、ロープが軋んだ。
冬の空気でかじかむ指に息を吹き掛けてから、頭上のロープに手をかける。
こっそり部屋を抜け出して。
目指すのは、夜の展望室。
月のない夜に見下ろす海は、ひそやかに暗く。
サニー号が、冬の高い波を切り裂くたびに、ザザザッという鈍い音が辺りに響き渡る。
梯子までたどり着いたら、残りはあと一息。
夜の中でぽっかり明るい、暖かい部屋へ、私は急ぐ。
あと5段、3段──
展望室の床に両手をかけ、引き上げるようにして腰まで乗り上げた。
「お前…」
「へへっ」
こちらに向けられた呆れ顔に、へらりと笑顔を返し、床に座って足を引き上げた。
「ズルいよ。仲間外れは」
「お前、この前の事に懲りてねェのか」
「え?かたい事言わないでよ」
膝立ちで酒瓶の側へとにじりよりながら、可愛く首を傾げると。
ゾロとチョッパーが、眉をぎゅっと寄せながら、
「言うに決まってんだろ!」
そう、声を揃えた。
フランキーが、マイペースにグラスをあおる隣で、私は頬を膨らませる。
Sour ball-Delight
グラスを傾けると、唇に氷が触れた。
この前のことがあるので、飲みすぎないよう工夫してみたのだ。
薄まったお酒の味は、今一つ物足りないものがあるけれど。
暖かい部屋で飲む、冷たいお酒の舌触りは、その物足りなさを充分埋めてくれる。
秘蔵の一本と、ビニール袋に入ったわたあめを貢ぎ物にして。
ようやく、ゾロとフランキーの酒宴に混ぜてもらった。
見張りのチョッパーは、外を見ながらわたあめをかじっている。
「ったく、どこで嗅ぎ付けやがった」
「酒宴の匂いがぷんぷんしてたよ。わかりやすいね、2人とも」
呆れるゾロに、へらっと笑いながら答えると、
「それ、どんな匂いだ?おれ、わかんなかったぞ。翡翠、スゲーな」
口のまわりをベタベタにしたチョッパーが、瞳を輝かせた。
答えに詰まった私の隣で、フランキーが、手ずから酒瓶を傾けている。
「…私、鼻が効くのよ」
「酒に関しては獣並みだな、お前は」
「そういや、翡翠」
縁ギリギリまで満たしたグラスを、口から迎えにいきながら、
「お前ら、今、どうなってんだ?」
フランキーが片方の眉を上げた。
ゾロはつまらなさそうな表情で、乾きものを摘まんでいる。
「どうなってる?」
「アホのコックとだろ」
「らしい素振りが見えねェからな。気になんのよ」
見せないようにしてるから。
みんなといる時と、二人でいる時の振舞いは、ちゃんと使いわけるよう心がけている。
お酒で喉を湿して、
「…別に普通」
視線でチョッパーを指したあと、二人に目配せした。
説明に手間がかかりそうだから、チョッパーたちには内緒にしておきたい。
「翡翠とサンジが、どうかしたのか?」
なのに、目配せが逆に仇となって、チョッパーの興味を引いてしまった。
グラスの中身をちびちびと舐めながら、
「別に」
「あ、そういえば。この前の島で、サンジと翡翠が一緒にいるとこ見たぞ」
「んんっ!?」
キョロキョロと視線が泳いだ。
思わず揺らしたグラスから、こぼれたお酒が、点々と床に水玉模様を描く。
「お、何してたのよ」
その辺りにあった布で床を拭きながら、フランキーがニヤニヤと笑う。
「あのな」
「ちょっ」
「手ェ繋いで、楽しそうに歩いてた」
チョッパーの言葉に、安堵の息が洩れた。
「なーんだぁ、もう」
「…何してやがったんだ」
嫌そうな顔のゾロの問いは、答えを求めていない、心底呆れた響き。
「な・に・も!」
「べつに聞きたかねェ」
「肴になりそうなネタくらい、用意しときゃあいいものを」
「を!」
「面白がらないでよ!フランキー」
三人で、乾きものをゴソゴソと探り、あたりめやジャーキーを奪い合いながら。
ひとしきりギャーギャーと騒いだところで、私はハタと気づいた。
「さっき、変な声しなかった?」
「したか?」
「んァ?」
3人で目をあわせて、一斉に首を傾げた。
話してたんだから、私たちのはずないもんね。
そういえば、チョッパー。
妙に大人しいけど──
「おい、どうした?チョッパー」
ゾロの声に、ベンチを見る。
「チョッパー!?」
顎をカパッと落として、白目になっているチョッパーに、あわてて近寄った。
「て、ててて。手が、にににに、にゅーって」
震えながら示す先に、視線を向けた。
梯子の脇に、白い布がかかった何かが置いてある。
いつの間にかその傍らにいたゾロが、ひょいっと布を持ち上げた。
「食いもんじゃねェか」
言いながら、口に食べ物を放り込んだゾロに近づき、床に置かれたものを見下ろした。
鶏の炭火焼き、鮭かま焼き、ふぐ皮の湯びきと塩辛、おにぎりと香のもの。
「…これ、酒肴だよね」
「なんだ?あれ、サンジだったのか?」
タタタッと駆け寄ってきたチョッパーが、食べ物を覗きこんだ後、私を見上げた。
「だったら、声かければいいのにな。にゅーっと手だけ出てきたから、おれ、オバケかと思ったぞ」
「おい、翡翠」
最初の場所に腰を落ち着けたまま、一人グラスを傾けていたフランキーが。
頭をポリポリと掻きつつ、私を指差す。
「お前、おれたちと飲むって言ってきてんのか?」
「は?…あ、サンジに?言ってないよ」
「おい」
ふぐ皮の湯びきに、薬味とポン酢をかけていた私の頭を、ゾロがペチりとはたいた。
「何するの、急に」
「アホか、お前は」
「下、行ってこい、翡翠」
急に影がさした頭上から、声が降ってくる。
「これは食っといてやるから」
フランキーが、私の頭をわしわしと撫でてから、ふぐ皮の器を取り上げた。
「どうしたんだ?翡翠、なんかしたのか?」
おにぎりを頬ばりながら、チョッパーが可愛く首を傾げる。
私は、きゅっと眉を寄せた。