S×S【1】 | ナノ
Shooting Star

「あ」

またたく間の出来事に、とっさに言葉が出なくて。
かわりに、サンジの服の袖をきゅっと掴んだ。

瞳を見つめ、満天の星空を指差すと、サンジの眼差しが優しく細まる。

「どうした?翡翠ちゃん」
「見なかった?流れ星」

その眼差しで、私の指先を追ってから、

「見逃したな。残念」

サンジは白い煙を、空に向けて吐き上げた。

店の灯りが、また一つ消える。

夕食後のほんの僅かな隙に、明日の朝食用の食材がルフィの胃袋へと消えたため。
急ぎ足で買い出しに出かけるコックさんに、私は無理を言ってついてきた。

『明日は朝イチで出航だってのに、手をかけさせんじゃねェ!』
『だってよー、そこにハムがあったら、パンに挟んで食うじゃねェか、ふつう』
『普通じゃねェッ!』

ルフィの理屈は、よくわからないけど。
今、サンジと2人でいられる事は、素直に嬉しい。

閉まる間際の店に飛び込んで買った、薄切りの食パンとハム。
ロビンがハムサンドを食べたいと言ったから、明日の朝食メニューから外せなかった。

だから少し、駄々をこねた。

『私、生クリームとフルーツのサンドイッチ、食べたいな』
『朝から作ると、チョッパーがそれしか食わねェからな。おやつじゃだめかい?』
『…うん。いいよ』

ものわかりのいい振りをしたけど、つまらないヤキモチで心が揺れた。

私、サンジを一番大事にする。
だからサンジもそうして。

我が儘な欲望ばかりが、胸に渦巻く。
私のことは、全部知ってて。
口にしてないことさえも、凡て。

ついてくる口実にした、ドロップの缶を開け、

「さっき、願い事するの忘れたから、もっかい見たいな」

取り出したドロップをひと粒、口にする。
広がる甘さと、フルーツの香り。

「願い事?翡翠ちゃん、かーわいいなァ」

ハートの形の煙を吐いたサンジの口元から、押し殺したような笑い声がもれてきた。
多分、都合のいい妄想をしているんだと思う。

それで構わない。

缶をバッグに押し込んで、ゆるく両手を組み合わせた。

「じゃあ、次に見えたら」

その妄想がどんなものでも、私の望みとのズレはきっと、ほんの僅かしかないから。

「──えて」
「ん?翡翠ちゃん、聞こえねェ」

笑顔を作ったまま、少し傾けた顔。
その耳に唇を寄せ、小声で、だけどハッキリと、

「願い事、サンジが叶えて」

囁きの中に、ドロップが歯に当たる小さな音が混ざった。

サンジの、息をのむ気配が伝わってきて。
私は急に怖くなる。

サンジも私を──そう思ってた。
だって、眼差しも、口調も、態度も、2人の時の空気も特別で。

でも、それが都合のいい勘違いだったら。

もしかしたら、私の気持ちも伝わってないのかもしれない。
だって、言葉にしたことがない。

言葉にされたこともない。

鼓動が早くなるにつれ、怖さも増してくる。
その時、微かな笑い声が沈黙を破った。

「フルーツのサンドイッチ?」

煙混じりにそう言って、サンジがタバコを、備えつけの灰皿で押し潰す。

微笑みを称えた横顔に、ほっとしながら。
胸を締めけるような切なさを隠しつつ、答えた。

「うん、そう。やっぱりおやつじゃなくて、朝がいいなーって」
「翡翠ちゃんは」

新しいタバコをくわえ、すったマッチの炎が。
サンジの瞳を煌めかせた。

「嘘も可愛いな」

ゆっくりと煙を吐き出す唇が、私の視線と心を奪い。
目に見えない何かが膚を駆け抜け、ほの甘い痺れをのこす。

微笑んだまま、空を見上げたサンジに、

「早く、流れねェかな」
「うん」

今、触れたくて触れたくてたまらない。
それなのに。

右の袖口へそっと手を伸ばしながら、あと少しのところで躊躇ってしまう。

もったいないような、不思議な感覚。

私は、サンジの視線を追うように空を見あげ。
口の中のドロップを噛んだ。

「あっ」

光の筋が夜空を横切った瞬間、欲望も、躊躇いも忘れた。

嬉しさにまかせて、サンジの方に視線を向けると、すぐ間近に金の髪を見つけて胸が高鳴る。

耳元で小さく囁かれた言葉は、砕けたドロップよりも甘く、躯中を駆け巡った。

「叶った?」

私が答える前に、サンジは笑って顔を遠ざけ。
唇に、タバコを戻した。

その炎と私の頬は今、どちらの方が赤いだろう。

どうしよう。
嬉しすぎて、新たな欲が心に芽生える。

今の私より、もっと。
もっと、サンジを幸せな気持ちにしたい。

「サンジ。次の流れ星で」

サンジが吐いた煙が、夜空に白く浮かび上がる。

「うん」
「私が」

伝えたい事を、うまく言葉に出来ず、私は口をつぐんだ。

喜ばせたい。
でも、同じことで喜んでくれるのか、わからない。

サンジを全部知りたい。
口に出さないことも。

何もかも、凡て。

「そうだな」

煙を吐ききると、サンジは私を見つめた。
吐いた煙が薄くぼやけるまでの、わずかな沈黙が過ぎて、

「今度は翡翠ちゃんが、おれの」
「うん。うん」

全部言われてしまう前に、あわてて言葉を遮る。

サンジが笑いながら再び空を仰ぎ、つられるように私も顔を上向けた。

「早く──」

声が重なる。

少しの間をおいて、私たちはお互いの手を探し当てた。
微かに汗ばんだ掌を合わせ、絡ませる指の感触。

呼吸のタイミングや、鼓動のリズムを探るたび。
散漫になる意識を、慌てて引き締めながら、空を見つめ続けた。

ゆっくりと、サンジがタバコを吸い終え。
次に、全ての店の灯りが消え。

とうとう、灰皿とベンチだけの休憩所の灯りが、フツリと落ちる時刻になった頃。

サンジは静かに、ベンチに置いた荷物に手を伸ばし、

「遅くなったな。帰ろうか、翡翠ちゃん」

紙袋を左手に抱え、瞳を伏せた。

「残念」

呟きをひとつ残して、歩き出そうとしたサンジを、繋いだ手を引いて止めた。

「サンジ、もうちょっと」
「おれもそうしてェけど、みんなが心配するから」
「あと10分だけ」
「翡翠ちゃん」
「もう少し!」

私も、サンジを喜ばせたい。
今の願いはそれだけ。

次の流れ星にそう祈って、すぐにそれを叶えるから。
それまで──

「翡翠ちゃん、やっぱり」
「ダメ!だって…」

思いが次々に込み上げてくる。
なのに、言葉は喉につまって出てこない。

サンジの手を両手で包み込んだまま、瞳を見つめ続けていると、

「だって?」

そう尋ねたサンジの手に、僅かに力がこもった。
もどかしさを掌にこめ、ギュッと握り返しながら、

「こうしてたいから」

私は、ようやく言葉を絞りだした。

一瞬間をおいたあと、サンジの唇がイーッと横に広がり。
思わず動揺した私を、じっと覗き込んだあと、空を見上げて、

「見逃してたか?」

そう言って再び視線を戻すと、眉を下げるようにして笑った。
照れた表情が私の心を満たし、唇から笑みが溢れ落ちる。

もっと、もっと喜ばせたい。

「ううん、大丈夫。だから、一緒に見よう?」

私を見つめるサンジの笑顔が、眩しいほど輝く。

「楽しみだな」
「うん」

もっと笑ってくれるのが、本当に待ち遠しい。

額をくっつけるようにして笑いあい、同時に空を見上げた。
絡めなおした手を、強く握る。

「早く早く」

そう呟いた瞬間。
星が煌めきながら空を流れ、私たちは同時に声をあげた。

「あっ」

《Fin》

Shooting Star
2008.07.21
Written by Moco
(宮叉 乃子)

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