S×S【1】 | ナノ
海賊の心得

「あ。ルフィ、いた」

船内を捜し回って、ようやく見つけたルフィは、アクアリウムで水槽を眺めていた。

「ん?翡翠か」
「うわ。なにしてんの」

こちらを向いたルフィは、摘んだ頬を左右に伸ばし、まるでにらめっこをしているみたい。

「おぅ。コイツと勝負してんだ」

顔から外した指で水槽を指差し、笑う。
ガラスの向こうには、正面を向いたマンボウ。

「勝った?」
「んー。わかんねェ」
「そう」

私がルフィの隣に並ぶと、マンボウが気をきかせたように泳ぎ去って行く。

気付かれないように深呼吸をしてから、伝えたかった言葉を口にした。

「ルフィ、お誕生日おめでとう」
「お?ああ、ありがとな」
「欲しいもの、ある?」
「肉」

予想通りの答えに吹き出した私の視界を、鰯の小さな群が横切る。

「みんなから、沢山貰うでしょ?」
「そういえば、サンジが肉のフルコース作ってくれんだ」

目の前を走り抜けた蟹を目で追いながら、ルフィはすごく嬉しそうにそう言った。
胸にちりっと痛みが走る。

「…サンジめ」
「なんか言ったか?翡翠」
「ううん。…フルコースって、スゴいね」

顔をくしゃくしゃにして笑うところが見れたから、サンジのことを妬むのは止めておこう。

ルフィが生まれた素敵な日に、そんな感情は似合わない。

「だろ。『肉のスープ』と『肉のサラダ』と『肉の魚料理』と『肉の肉料理』と『肉のケーキ』らしいぞ!」
「肉の魚料理?」

それは見たい、是非食べたい。

どんな料理か想像出来ず、苦笑いを浮かべた私の横で、ルフィは笑顔のまま、

「ウソップとチョッパーは、次の島で肉三コ買ってくれんだ。早くつかねェかな」

みんなが肉をあげるなら、私は違うものをあげたい。
だけど、

「ルフィは、他に欲しいものはないの?」
「なんだ?」
「肉の他に、欲しいもの」

僅かに首を傾げる様子に、胸がざわつく。
無意識に可愛いことをされると、微妙な気持ちになる。

意識して、やって。
私の前だけで、そうして。

そう言える関係だったら。

「肉はよー、いくらあってもすぐ無くなるから、貰ってもいいけどな。他の欲しいもんは、貰う必要がねェしなー」
「…欲がないね」
「ちげーぞ、翡翠。欲しいもんは手に入れんだ、海賊だからな」

ガラスに映る表情は、深い自信に満ちて。
私の瞳と心を、釘付けにした。

仲間としての私は、ルフィの手におちている。
それ以上の存在としての私を、手に入れたいと思わせるには、どうすればいいだろう。

今の表情で『欲しい』と言って貰えるなら。
もう、何を無くしてもいい。

「肉の服でも着ようかな」
「なんか言ったか?翡翠」
「言った」
「なんだ?」

鰯の小群が再び私たちの前を過ぎ、マンボウを避けるため二手にわかれた。

マンボウの開いた口から、小さな気泡が幾つか、水面に向かって上っていく。

「『今年は、肉を買ってあげる。五コね』って言った」
「おー!翡翠、スゲーな。カッコいいぞ」
「欲しいんでしょ、肉」

無邪気に喜ぶ姿に、胸を熱くしながら、小さく呟く。

「でも、来年は『翡翠が欲しい』って言わせるから」

来年の今日は、さっきみたいな自信に満ちた熱い眼差しに、胸を焦がす。

『欲しいもんは手に入れんだ、海賊だからな』

私を海賊にしたのは、ルフィなんだから。
覚悟しててね。

《FIN》

2008.05.05
Written by Moco
(宮叉 乃子)

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