「あ。ルフィ、いた」
船内を捜し回って、ようやく見つけたルフィは、アクアリウムで水槽を眺めていた。
「ん?翡翠か」
「うわ。なにしてんの」
こちらを向いたルフィは、摘んだ頬を左右に伸ばし、まるでにらめっこをしているみたい。
「おぅ。コイツと勝負してんだ」
顔から外した指で水槽を指差し、笑う。
ガラスの向こうには、正面を向いたマンボウ。
「勝った?」
「んー。わかんねェ」
「そう」
私がルフィの隣に並ぶと、マンボウが気をきかせたように泳ぎ去って行く。
気付かれないように深呼吸をしてから、伝えたかった言葉を口にした。
「ルフィ、お誕生日おめでとう」
「お?ああ、ありがとな」
「欲しいもの、ある?」
「肉」
予想通りの答えに吹き出した私の視界を、鰯の小さな群が横切る。
「みんなから、沢山貰うでしょ?」
「そういえば、サンジが肉のフルコース作ってくれんだ」
目の前を走り抜けた蟹を目で追いながら、ルフィはすごく嬉しそうにそう言った。
胸にちりっと痛みが走る。
「…サンジめ」
「なんか言ったか?翡翠」
「ううん。…フルコースって、スゴいね」
顔をくしゃくしゃにして笑うところが見れたから、サンジのことを妬むのは止めておこう。
ルフィが生まれた素敵な日に、そんな感情は似合わない。
「だろ。『肉のスープ』と『肉のサラダ』と『肉の魚料理』と『肉の肉料理』と『肉のケーキ』らしいぞ!」
「肉の魚料理?」
それは見たい、是非食べたい。
どんな料理か想像出来ず、苦笑いを浮かべた私の横で、ルフィは笑顔のまま、
「ウソップとチョッパーは、次の島で肉三コ買ってくれんだ。早くつかねェかな」
みんなが肉をあげるなら、私は違うものをあげたい。
だけど、
「ルフィは、他に欲しいものはないの?」
「なんだ?」
「肉の他に、欲しいもの」
僅かに首を傾げる様子に、胸がざわつく。
無意識に可愛いことをされると、微妙な気持ちになる。
意識して、やって。
私の前だけで、そうして。
そう言える関係だったら。
「肉はよー、いくらあってもすぐ無くなるから、貰ってもいいけどな。他の欲しいもんは、貰う必要がねェしなー」
「…欲がないね」
「ちげーぞ、翡翠。欲しいもんは手に入れんだ、海賊だからな」
ガラスに映る表情は、深い自信に満ちて。
私の瞳と心を、釘付けにした。
仲間としての私は、ルフィの手におちている。
それ以上の存在としての私を、手に入れたいと思わせるには、どうすればいいだろう。
今の表情で『欲しい』と言って貰えるなら。
もう、何を無くしてもいい。
「肉の服でも着ようかな」
「なんか言ったか?翡翠」
「言った」
「なんだ?」
鰯の小群が再び私たちの前を過ぎ、マンボウを避けるため二手にわかれた。
マンボウの開いた口から、小さな気泡が幾つか、水面に向かって上っていく。
「『今年は、肉を買ってあげる。五コね』って言った」
「おー!翡翠、スゲーな。カッコいいぞ」
「欲しいんでしょ、肉」
無邪気に喜ぶ姿に、胸を熱くしながら、小さく呟く。
「でも、来年は『翡翠が欲しい』って言わせるから」
来年の今日は、さっきみたいな自信に満ちた熱い眼差しに、胸を焦がす。
『欲しいもんは手に入れんだ、海賊だからな』
私を海賊にしたのは、ルフィなんだから。
覚悟しててね。
《FIN》
2008.05.05
Written by Moco
(宮叉 乃子)