S×S【1】 | ナノ
Strawberry Phrase

「おやつ、ミルフィーユ?」

キッチンに足を踏み入れた瞬間目に入った、大口を開けているルフィたちの姿に。
私はおずおずと、サンジを伺い見た。

「翡翠ちゃん、好きだろ?苺のミルフィーユ。大きめなやつがこっちに」
「いい!今、すっごーく忙しいし!後で食べるから」

焦りのあまり、つい荒くなってしまった語気が、みんなの視線を集めてしまう。

「…ごめん。あー、忙しいなぁ。早く戻らないと」

精一杯の笑いを浮かべ、下手くそな言い訳をしてから、私はキッチンの外へ出た。

閉じたドアにもたれて額の汗を拭い、大きく息をついて。
視界の端に捉えてしまった、呆気に取られたゾロの表情を思い出し、顔をしかめた。

ミルフィーユは大好きだし、サンジが作ったのなら、絶対美味しいハズなんだけど。
食べるのにはちょっと、困るお菓子だと思う。

少なくとも、微妙な関係の相手がいる、女子にとっては。

Strawberry Phrase
Ver.ゾロ


キッチンの裏手。
船縁から身を乗り出すようにしながら、皿からミルフィーユを取り上げた。

満腹のみんながまったりしている頃を狙って、こんなところでおやつを口にするのも、侘しいものがあるけど。

「いただきまーす」

そもそもナミとロビンがミルフィーユを、ナイフとフォークで綺麗に食べたりするからいけないのよ。

責任転嫁なのは百も承知だけど、私がそうやって食べたら、皿の上が絶対無惨な事になる。

一人だけそうなっている姿なんか、とてもゾロには見せられない。

大体、綺麗に食べられる方が特殊なのよ。
どうやっても散らばるように出来てるじゃない、ミルフィーユって。

美味しいけど。

「翡翠」
「ぐっ」

口を大きく開いて、パイとカスタードクリームが織り成す美味を、味わおうとした瞬間。

背後からかけられた声に、手にしているものを全て、海に落としそうになった。

危ない。

「なによ、ゾロ」

こっそりとミルフィーユを皿に戻しながら、顔だけを後ろに向ける。

「そりゃ、こっちのセリフだ」

眉間に縦皺を寄せ、呆れたような目付きのゾロは、顎で私をさし示しながら、

「こんなとこでおやつか?翡翠」
「別にいいでしょ」
「そりゃ、構わねェが」

隣に来たゾロとの間の、微妙な距離。

これほどの剣士が、間合いを計り間違えたりはしないと思うんだけど。

こう、あと一歩。
自惚れていいのかどうか、微妙なところなんだよね。

「あ?」
「別に」

眺めていた横顔に浮かぶ、怪訝そうな色。
見つめ返す瞳を避けるようにして、私は海を見つめた。

船がかき分けた波が、静かな海に模様をつけるように、尾を引いている。

ゾロは何をしに、ここに来たんだろう。

それを口にしてくれたら、少し距離が縮まる気がするのに。

もう一度横顔を探ろうとした途端ぶつかった視線に、私は胸を高鳴らせながら、僅かに首を傾げた。

「翡翠」

何かを食べるジェスチャーをした後、ゾロはミルフィーユを指差し。

「食わねェのか?」

鼓動が、ずんと沈んだ。

そのことを気取られないよう気を付けながら、私は小さく息をつく。

「食べるけど」

しぶしぶフォークを持ち上げ、一番上のパイの層に押し当てた。
もう、向こうに行ってくれないかな、ゾロ。

こんな気持ちのままじゃ、みっともないところを見られてしまいそう。

「さっきみてェにやりゃいいだろ」

薄く剥がれ砕けるパイ皮を、何とかクリームで絡め取ろうと苦戦する私を、呆れたように見ながら。

ゾロはもう一度、口の中に物を放り込むジェスチャーをしてみせる。

「いや、あのさ」
「あ?食わせろとは言ってねェぞ」
「…そうだね」

バカ、鈍感野郎。

心の中でそう呟いて、ミルフィーユを掴んだ。

パイの欠片が積もる皿と、大口を開けてる様のどちらの方が、より可愛く見えるか。
そんなことを考えるのも、もう面倒くさい。

半ばやけくそになりながら、倒した形で手にしたミルフィーユに、歯を立てた。
縦のラインのパイが、ばりっと音を立てた瞬間、

「あ」

噛みきれた半分が口の中に、勢いで崩れた残りが海に向かって、落ちた。
素早い動きで、ゾロの手がその欠片を掴み、

「勿体ねェだろ」

そのまま、大きく開けた口の中へと、投げ込む。

「…食べた」

思わずそう呟き、ミルフィーユを皿に戻した私は。
空いた手を口許に添え、口の端についているクリームを探った。

「返すか?翡翠」

私のものではない指が、拭うように唇の輪郭をなぞり、

「どうする」

ついたクリームを口に運んで、ゾロが問う。

向かい合った瞳の奥を覗き込み、私は『え?どうしよう』と『ゾロはどうしたい?』の、どちらの方が有効かを、一瞬考え。

次にはそんなことを考えるのが、面倒くさくなってしまった。

「今すぐ返して」

愛想のない言葉と同時にこぼれた、とびきりの笑顔が私の本心。
近付いてきたゾロの唇も、もちろん笑っていた、はず。

触れた感触で確かめたから。
絶対とは、言えないけどね。

《FIN》

2008.04.08
Written by Moco
(宮叉 乃子)

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