"Only You"
『えー、翡翠。おれたちの事、嫌いなのか?』
そう言ったチョッパーの邪気のない眼差しに、私は返す言葉に詰まった。
『いや…嫌いなんかじゃ…』
『好きならチョコをあげる日なんだろ、今日……』
『や、そうなんだけど。意味が…その…』
でも、あの見上げる瞳に抗うなんて、無理なことだと思うの。
「あの瞳は裏切れないのよ」
「あんたはチョッパーに甘いのよ、翡翠。どうせウソップあたりの差し金でしょ、全部」
事情を語り終えた私を呆れたように見つめ、ナミはストローに口をつけた。
後ろには、箱や袋が高く積み上げられている。
「それで、私たちを探しにきたの?」
シナモンスティックをソーサーの端に置き、ロビンがカップに手をかけた。
「だって、チョッパーたちにはあげるつもりなかったから。もう1000ベリーしか残ってないし…。三人で出しあえば、五個買うにしても、少しはいいのが買えるかなぁって」
一人で船に戻った私は、チョッパーの『純真無垢な瞳攻撃』に負け。
カフェで買い物疲れを癒していた、ナミとロビンを探す羽目になったのだった。
「『五個』ね」
ロビンがカプチーノを一口飲んで、フフッと笑い、財布から1000ベリー出してくれた。
「なるべく大きいのを、選んであげてね」
「ありがとう、ロビン」
「ロビンは翡翠に甘いわ。…はい、これでキリがいいでしょ」
ナミが溜め息混じりに、テーブルの上に500ベリーを滑らせた。
「ありがとう、ナミ!」
「なるべく高く見えるやつにしてね。…三倍返しが相場だから」
最後のワンフレーズを、やけにハッキリ口にしながら、ナミがウインクする。
その右手は、親指と人指し指で丸を作ってて。
あ、あれ?
あげないほうが、チョッパーの為なのかも。
《Valentine Day "Only You"》
「あー…はいはい」
一足先に夕飯を食べ終えたルフィとウソップ、そしてチョッパーが、横で両手を差し出してニッカリ笑い。
私はフォークとナイフを皿の上に置いて、ガサガサと音をたてながら紙袋を探った。
「はい」
『あの三人には質より量』と呟きながら探した、大きなチョコを渡すと、ルフィたちは受取りながら深々と頭を下げた。
「ありがとな、翡翠」
「三人からだからね」
「おう。ありがとな、ナミ、ロビン」
ベリベリと包装を剥がす音をBGMに、私はフォークを再び手にした。
「あ、サンジも今いる?」
食べ物を口に入れようとした瞬間、サンジと目があって。
少し焦ったような表情の新鮮さに、笑いながら私は尋ねた。
「…いや、食い終わってからで」
「ちゃんと皆の分、あるからね」
サンジと笑顔を交してから、私はフォークを口へと運んだ。
「ゾロ、どこいくんだ?」
大きなハート型にくっきり歯形を刻んでから、チョッパーが不思議そうに尋ねた。
「寝る」
一言だけ残して、緑の頭がドアの向こうに消え。
続いて、バタリと扉が閉まる音がキッチンに響いた。
「あら、ご機嫌斜めかしら?」
ロビンがクスクス笑うのを聞きながら、私は立ち上がる。
チョコを一つ取り出し、残りの紙袋をナミに押し付けてから、
「サンジ、ごちそうさま。チョコはナミから貰ってね。フランキーもね」
キッチンのドアから夜の闇の中へ、滑るように飛び出した。
「チョコ、いらない?」
「……」
女部屋の上、船首の傍らで海を眺めるゾロに近付き。
そのポーズを真似るようにして、隣に並んだ。
片手を柵に置き、反対の手でチョコの箱を見せ付けるように振ると、赤のリボンがヒラヒラと揺れる。
見つめる先のゾロの瞳は、真っ直ぐ海に向けられたまま、月の光で濡れたように光った。