渡草と遊馬崎がカズターノに会いに行く、という事で席を外して30分。
狩沢は小説、俺は雑誌を取り出し、ワゴンは静寂に包まれていた。
そんな珍しい静けさを破ったのは狩沢だった。

「……ねぇ、ドタチン」
「…なんだ?」
相変わらずのあだ名で呼ぶ狩沢の呼びかけに、顔を上げた。

「1年に6千万人が亡くなって、1億4千万人が産まれてくるんだって」
突拍子も無い話。スケールの大き過ぎる話を、狩沢は更に続けた。

「今、世界の人口は約68億人いるんだって、さ」

今しがた読んでいた小説からの影響なのか受け入りなのか、
狩沢はようやくこの話の要であろう言葉を発する。

「ドタチンは、奇跡、って信じる?」

ほら、偶然とかさ、と付け加えた狩沢のいる後部座席の方を見ると、
口元は笑っているが目は笑っていない狩沢の顔が見えた。

「…お前は、どうなんだ?」
「え、あたし?」
「お前は、奇跡は信じるんだ、信じないんだ?」

「信じないよ」
きっぱりと言い放った狩沢は、もう口元でさえも笑っていなかった。

「私は、皆と、…ドタチンやゆまっちや渡草っちに会えた事を
奇跡なんて一言だけで表したくない……っ」

ぱたんと閉じて膝上に置かれた本の題名は、「奇跡を起こす10の法則」。
なるほどこの本かと納得し、再び狩沢に目をやる。
うつむいたその顔は、今にも泣きそうで。
しばらく黙っていた狩沢が、口を開き、消えそうな声で呟いた。

「だって、もし今ここにいることが奇跡なら、
ドタチンのこと好きになったこともドタチンと付き合えたことも全部、」

全部、奇跡になっちゃうじゃん。
その言葉は声にならず喉奥に呑みこまれた。

「…お前は、奇跡が嫌いなのか?」
「…え?」

「俺は、お前らと会えた事がもし奇跡なら、その奇跡に感謝するけどな」
もし奇跡じゃなくても、偶然でも必然でも神でもどうでもいいんだ。

「一瞬の間に沢山の奴らが死んだり産まれたりしてる中で
こうして4人顔つき合わせてるのって、お前は凄い事だと思わないか?」

「…ドタチンは、」
「あ?」
「今、あたしの事好き?」
「…な、」

いきなり何を聞くんだこいつは、というか今の流れでどうしてそうなる?

「ねー、好き?」
そう首を傾げて聞く狩沢。駄目だ、逃げられない。
「や、……嫌いじゃ、ない…」
「じゃあ、良いかな」
「…は?」

「今、この瞬間ドタチンがあたしの事を好きでいてくれるのなら
あたしはこの一瞬一瞬を大切にするべきでしょ」

そう言った狩沢の顔は、いつもの強気な顔だった。

「だから、あたしは奇跡は信じないけどこの一瞬は嫌いじゃないよ」



今この瞬間好きでいたくて
(貴方を好きでいられる、この瞬間さえもが愛しくて)





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