「私、恋しちゃったかも」 「へー…何のアニメだ?」 「違うよー」 「漫画か、ラノベか」 「違うってば」 「じゃあゲームだな」 「もう!だから違うってー」 「三次元だよ!」 「ほーそうか…… ──え?」 まさか君が恋だなんて 「誰か聞かないの?」 「…なんでだよ」 ショックじゃなかったと言ったら嘘になる。 でも仕方ないとも思っていた。 狩沢は狩沢でちゃんとした大人で、彼女の恋を止める権利なんて俺にはまったくない。 そんな気もない。 俺たちは言葉にすれば、「仲間」でしかないのだ。 何年も一緒にいるが、お互いの恋愛の話などしたことがない。 「いい奴なんだろうな?」 それだけは確認せずにいられなくて、つい聞いてしまった。 ……これだから保護者とか言われるのかもしれない。 だが、やはり少し心配で。 だから、 「うんっ!」 狩沢の満面の笑みに、安堵以外の感情が起こったなんて、きっと嘘だ。 狩沢は最近携帯ばかりいじっている。 遊馬崎は「なんか最近狩沢さん付き合い悪いんすよー」と残念がっていた。 きっと相手の男を優先しているのだろう。 かといってワゴンに乗って過ごす時間が減ったかと言えば、むしろなぜか若干増えたような気がするほどなのだが。 それはともかく、恋の相手は渡草でも遊馬崎でもないらしい。 ほっとしたような気もする。 あいつらはいい奴だが恋人には向かない。 アイドルオタクと二次元の女の子にしか興味のないオタク。 ………。 俺は狩沢には幸せになって欲しい。 ……つまり俺は狩沢を妹のように思っているのだろうか。 わずかに寂しいと感じるのは、妹を手放すような気持ちゆえだろうか。 仕事の作業時間が早朝から昼すぎまでだったため、俺はお昼どきで人の多い池袋の町を歩いていた。 どこかで買い物をして帰ろう。 足りない物がいくつかあった気がする。 財布の中身を確かめると、アニメショップのレシートが目に止まった。 そういえば明日は文庫の新巻の発売日だ。 ワゴンで買いに行く約束をしていたのだった。 ぼーっとそんなことを考えながら人ごみをよけていると。 「── ん?」 今、なんか…。 見覚えのあるものがあったような。 気になって、再びゆっくり視線を動かす。 「……?」 確かに、何かが目に引っかかるのだが、いまいちよくわからない。 人も看板の文字も店名も、特に変わったものは見当たらない。 おかしいな。 そう考えてもう一度だけ視線をすべらせてみた。 そのとき。 「…え…」 一人の女性が目に止まった。 時計を気にしているから、誰かとの待ち合わせだろうか。 いや問題はそんなことではなく。 「…狩沢…?」 いつもまとめている黒い髪をおろして、いつも着ている黒い服ではなくフェミニンなチュニックにレギンスといったいかにも普通のファッション。 彼女たちの言葉で言えばリア充?のような。 まるで俺が知っている狩沢ではなかった。 「……っ…」 ふいに胸の奥がじりじりと焦げつくような感覚に襲われる。 「狩沢…っ」 つぶやくような押し殺したその声が聞こえたのだろうか。 狩沢がふと顔をあげた。 いや、聞こえるはずがない。 こんな人ごみの中で… 「ドタチン?」 目が合った。 ぱあっと顔を輝かせて人を避けながら走り寄ってくる彼女の表情は、確かに俺の知る狩沢絵理華だった。 何がいいのか俺にずっとついてきてくれる仲間で、まっすぐな瞳が俺を慕ってくれていて、俺はそれがあたり前だといつのまにか思っていた。 けれど。 「ドタチン!偶然!仕事帰り?」 「…ああ」 俺の知らない彼女。 それは自分ではない誰かのためにいる彼女。 「そっか、お疲れ様!」 にこっと笑った彼女が、狩沢じゃないように見えて、俺はさらに胸が締めつけられた。 狩沢はいつもBLだのなんだのうるさくて、妄想ばっかして、遊馬崎と一緒にふざけたり、渡草をからかったり、 いつもいつも── 俺のそばで、 ああ、そうか。 俺は、 彼女の全部を見たくて、 ずっとそばにいてほしくて、 つまり 「はっ…参ったな…」 まさか俺が恋だなんて。 「? ドタチン?」 不思議そうな顔をしている彼女に、まずは、 「なあ、狩沢。やっぱりな、」 「うん?」 「聞いてもいいか。おまえの好きな奴」 え、と狩沢が目を丸くした。 俺は自分自身に苦笑する。 まったくこんな簡単な答えを見つけられずにいたなんて、俺もたいがい馬鹿だ。 狩沢が好きな相手が誰でも、俺は狩沢が好きだから。 彼女に幸せになってほしいのは変わらないが、それはできれば俺のそばであってほしいと気づいてしまったから。 何十年先でも、可能性があるならきっと振り向かせよう。 「なんで今さら?」 「……気が変わった」 「なにそれ」 彼女が笑った。 それがあまりにも純粋で、嬉しそうで、 ──綺麗だったから、 俺はその笑顔から目を離すことができなかった。 (まさか俺がこいつに) (まさか私があなたに) (恋だなんて) |