ミーンミーン、蝉の声。チチチ、チチチ、鳥の声。
風が吹き抜けたかと思うと、葉擦れの音がザァザァと溢れている音の中に加わった。
新幹線に乗って、何度かバスを乗り継いで、やっと降り立ったバス停にいる俺の前には今、広大な緑の山がそびえ立っていた。
どこか優しい森林の香りがずっと遠くにあるはずの山から香ってくる。
延々とつづく田んぼ畑が日の光を受け、キラキラと輝いていた。
「おーい、玲央ぉ」
自然に圧倒された俺の横で、携帯をいじっていた玲央の名が呼ばれる。都会にはない間延びした、優しげな声だった。
待ってましたと言わんばかりに携帯をしまった玲央が、自分の荷物を持つ。
「あれがジジィ」
「え?」
「おふくろの親父」
声の主に身体を向けた玲央のうしろから覗き込む。
この自然の中でも清潔感のある服装で身をまとめた彼は、おじいちゃんというよりもずっと若く見えた。
歩き出した玲央のあとを慌てて追いかけるが、彼はニコニコと微笑みながら俺たちの様子を見守っていた。
その人の前までくると、遠目よりもずっと若々しいオーラで溢れていた。誰に促されたわけでもないが、玲央のうしろから一歩前へ出る。
「あ、えと、はじめまして……小虎です」
「おやおや……はじめまして、小虎くん。遠かっただろう? 家でおばあちゃんがスイカを冷やしているよ」
初対面とは思えないほど気さくで、穏やかな笑みが向けられた。
彼の背から覗き込む太陽がチカッと目に眩しくて、思わず顔を伏せる。
「小虎くん、スイカは好き?」
「……はい、好きです」
「うん良かった。じゃあ行こうか」
ジーワ、ジーワ。虫の声が大きさを増した。足下を列になったアリが進んでいく。
持っていた荷物が玲央に奪われて、それが彼の手に渡る。ドサッと音がして、ハイブリットカーの後部座席に二人の旅行鞄が並んだ。
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