「えぇ、そうよ。――だからなんなのよ」
凛とした、どこまでも澄んでいる声だった。
志狼が乱した空気が一瞬にして浄化されていくような、そんな感覚だった。
「親の期待に応えてなんだっていうの、名門校に通ったからなんだっていうの、大人の顔色をうかがってなんだっていうのよ。――……そんなことをしてまで生きてるアナタの価値は一体なんだっていうの」
ゆったりとした口調で流れる言葉の刺があまりにもリアルだった、あまりにも残酷だった。
震えていた志狼の肩が、嘘のように止まっている。
「ねぇ志狼、アナタは一体なんのために優等生でいたのかしら? 将来、食うに困らない職にでも就きたかった? 一人でも生きていける余裕が欲しかった? それとも……誰かに認めてもらいたかった?」
「……っ」
「両親に、認めてもらいたかったのね?」
「…………」
志狼が拳を握る。梶原さんには見えていなくとも、それは肯定を意味していた。
静まりかえった病室に反して、窓から見える空は青い。雲間から覗く太陽の光が、梶原さんの背から志狼に向けてただまっすぐと降り注いでいる。
「……私はね、こんなんでも一応アナタのお父さんの親だから、色々話を聞かされたわ。それはもう、色々とね」
今まで以上にゆったりとした声が、そっと志狼の心に触れていく様が見えた。
眩しさで細めた目が、降り注ぐ光を両手と見間違えるほどに彼女は温かだった。
「聞いてて思ったわぁ……。自分とそっくりな我が子の扱い方も満足にできないくらい、この子はやっぱりまだ子供なんだなぁって」
「……」
「知らないでしょうけどね、アナタ。お父さんの若い頃とそっくり」
「……」
「大人になって、いざ昔の自分と対峙しているくせに、昔の自分がどうだったか忘れてるのね。だから、アナタの気持ちが分からない……変な話だけど、悲しいことよね」
目の見えない彼女がどこか遠くを望む。
広がっている景色を想像して、鳥肌がたった。
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