そしてきっと愛になる


「なんか結婚するって噂聞いたんやけど結婚するん?」
「え??」

思いがけない言葉に携帯を落としそうになった。画面が割れたらどうしてくれる。

「あら、やっぱガセなんや」
「初耳ですぅ。何なんその噂」
「なんか宮治が結婚するって聞いてん」
「へぇ〜、誰かと結婚するんちゃう?知らんけど」

動揺を隠すように強がってはみたけれど、いったいどこから流れている噂なのか気になった。だって寝耳に水だ。何が悲しくて恋人の結婚を第三者から知らされなくてはならないのか。
噂には昔っから困らせられてきたから、大人になっても振り回されるなんてこりごりだ。通話を終えてすぐ彼の連絡先を開く。通話ボタンを押そうとした指を止めて、画面を閉じた。一言聞けばいい話なんだけど、なぜか出来なかった。

噂に翻弄された治くんとの関係は、今も続いている。絶対好きにならない、別れると豪語していた私だったが今もこうして治くんの彼女でいる。
そう、治くんのことを好きになってしまった。

そばにいて好きだと囁かれて大切にされていたら、好きになるのは自然な流れだと思う。(大切にされているというか、独占欲というか、私に何かあったら治くんがめちゃめちゃに不機嫌になるので「治の逆鱗」という嬉しくないあだ名がついた。)

あこがれの大耳先輩とはその後何のロマンスもなく卒業を見送り、けじめはついている。想像よりもあっさり卒業を見送れたことで、あこがれは結局どこまでいこうとあこがれなのだと知った。その後大耳先輩は税関職員になったらしい。さすが!とはしゃぐ私を治くんはジトッとした目で見ていたっけ。卒業以来一度も会ってないのに何を心配する必要があるんだろうか。ずっと一緒にいるのは治くんなのに。

自分のお店を構えた治くんは朝に夕に仕事に邁進していて、いつも忙しそうだった。最近あんまり会えていない。
結婚。そっか、結婚かぁ。
最近、何か言いたげにこちらを見る治くんが、何も言わずに視線を逸らすことが何度かあった。もしかしたら、さっき聞いた噂関係のことを話したかったのかもしれない。
ほら「結婚したい人がいるから別れてくれ」とか。
結局私のことは、興味本位でしかなかったのかな。だってなんで私のこと好きって言ってるのか理由がわからないまんまだもん。そう思うとちょっとだけ背筋が冷えた。治くんは知らないかもしれないけど、これでいて私は結構治くんのことが好きなのだ。だからこそ、今この時点ではいさようならとなるのはキツイ。っていうか今すでに他の相手がいるとしたらシンプルに二股だ。うーん、どうしたもんか。一人頭を悩ませても、特に何のアイディアも浮かばなかった。

「結婚するらしいじゃん」

そんなメッセージが届いたのは同じ週のことだった。前触れの無い角名くんからのメッセージ。それにより微粒子レベルで存在していた“結婚するのは実は宮侑”という線はだいぶ薄くなった。

「そうなん?」
「本人知らないとか怖w」

wが鼻についた。SNS炎上しろ。
角名くんは何かと宮兄弟のゴシップが好きなようで、私が治くんと付き合い始めた時も「苗字さんってもしかして破滅願望とかあるの」と聞きに来たことがある。宮兄弟と付き合うことは破滅とセットなのかと戦慄した。
「ごめん余計なこと言ったかも忘れて」とメッセージを締めくくられたが、そう簡単に忘れられるとでも思ってるんだろうか。私3歩で忘れるシステム搭載してないんだけど。

ぽつり、携帯のディスプレイに雨粒が落ちる。次々に落ちてくる雨粒が徐々に体を濡らして、不安と一緒にはねのけるように少し乱暴に傘をさした。

おにぎり宮に忘れ物をしていることに気がついたのは、治くんに会う予定の無い週末のことだった。なんてことは無いポーチだけど、本当になんとなく、取りに行ってみようという気になった。連絡をしなかったのは、近くに来たからついでに寄ったというテイを保つためだ。
おにぎり宮の前までくると、中はなんだか賑やかな様子で、繁盛してるなぁと遠慮がちに扉を開ける。

「ごめんください」
「いらっしゃ、およ、名前やん」
「治くん。ごめん急に」

驚いた顔の治くんに声をかけて一歩店に入る。ここは治くんの聖域だから、いつも少しだけ遠慮してしまう。

「もしかして、苗字さんか」
「え、」

聞こえた声に小上がりの方を見ると見知った顔がいくつかあった。

「大耳先輩!」

大人になった大耳先輩や北先輩との思わぬ再会に一瞬言葉を失う。
当たり前なんだけど、大耳先輩はすっかり大人になっていてキラキラして見えた。北先輩も日に焼けていてより健康的な外見になっている。

「べっぴんになったなぁ」

親戚の女の子を愛でるようなトーンだったけど、お世辞に本気で照れてしまった。そんな私を治くんが後ろから小突く。

「なんか用事あったんとちゃうか」
「あ、そうそう。ポーチ取りに来てん」
「ポーチ?あー…なんかあったな」

取ってきていいと言われたので、ありがたく従業員のスペースに入る。ほとんど治くんの第2の家みたいになっている場所にポーチが転がっているのを見つけた。
そもそもなんで忘れたんだっけ。慌てていたのは覚えているんだけどな、と畳の上からポーチを拾い上げる。その時、頭の中に急に記憶がフラッシュバックした。
畳の上に倒される体、手から転がるポーチ。
そうだ、あの日、店仕舞いを済ませた治くんに「疲れたから癒してや」と迫られて、ここで致してしまったんだった。そのせいで予定より遅くなってしまって慌てて帰宅した憶えがある。
その時のことを思い出して顔が熱くなったので、ぱたぱたと手で顔を扇ぐようにしながら店内に戻った。
店内はお客さんが増えていて、治くんはきれいなお姉さんに「店長さんイケメンですね〜」と言われてにこにこ対応していた。接客業だし仕方のないことだけど、それでもなんだかムッとしてしまう。治くんってば、でれでれしちゃって。

「苗字さんまたな」

帰り際、大耳先輩がそう声をかけてくれたから、私もついにこにこしてしまう。人のこと言えないけど、これは、その、反射みたいなものだからどうか見逃していただきたい。去り際チラッと治くんを見ると、まだきれいなお姉さんとお話していた。ムッとしたまま店を出る。
私こんなにやきもち焼きだったっけ。
治くんが突然家までやってきたのはその日の夜のことだった。

「治やけど。今家の前におんねん」と言われ、慌てて家から出る。なんか怪談みたいだ。家の前にすでにいるタイプのメリーさん。
治くんの元に行くと、おにぎり宮のバンに乗せられて誘拐された。行先も告げず車内でも口を閉ざしたままの治くんは、どこか思い詰めているようにも見えてぎゅっとシートベルトを握ってしまう。不安が胸によぎった。

夜景のきれいなベイエリアで車を停めた治くんに、降りるように促された。べたついた海風が髪を揺らす。治くんは口を開きかけてはつぐむことを繰り返していた。なにか踏ん切りがつかない様子の治くんに「風が涼しいね」と水を向ける。
治くんは、はーっと深く息を吐いて口を開いた。

「名前、まだ大耳さんのこと好きなん」
「え?好きちゃうけど」
「え?」

まっすぐ前を見ていた治くんがバッと横を向く。お手本みたいなビックリ顔だ。

「だってお前、今日も大耳さんにポーッとしっとったやん」
「してへんし」
「帰る時顔赤かったし」
「それは、治くんのせいやん。この前あそこで、あんなことするから…」

ハッキリとは明言しなかったけど治くんにはそれで充分伝わったらしい。

「え…俺とシたこと思い出して顔赤くしてたん?」
「そう!」

やけくそ気味に返事をする。

「じゃあ、俺のことは?」

どう思ってんの、と自信なさげに治くんが聞く。

「…好き」

大体好きでもない人とそういう事するわけないじゃん。

「治くんが大好き」
「っ、」

治くんは目を見開いたあと「おし!」と気合を入れるように言ったかと思うとポケットから何かを出した。

「なんそれ」

手にはプラスチック製のおにぎり。それをパカッと開くと中にはいくらの、指輪?

「俺と、本物の指輪買いに行きませんか」
「え、」
「苗字名前さん。結婚してください」
「え、治くんが結婚するって噂、相手私やったん?」
「は?」

なんやそれ、と治くんがきょとんとする。

「いや、最近友達とか角名くんから連絡きたんよ。結婚するらしいねって。でも私そんなん知らんし、浮気されとるんかなって思てた」
「してへん!してへんて!!」
「うん。今のでわかった」

嬉しい。結婚したいです。と返答すると、治くんは「よっしゃ!」とガッツポーズした。

「でもなんでそんな噂が立ったんやろ」
「さぁ…、あ!」
「心当たりあんの?」
「ツムにプロポーズするって言うたわ」
「絶対侑くんやん!」

なかなか言い出せなかった治くんと早合点の侑くんにより、話がややこしくなっていたらしい。
(そのせいでこの後数年ぶりにつかみ合いの喧嘩をしたのだという)

結果として私は無事に宮名前になることができたので、今回は良しとしておくこととする。



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