夏祭り


そわそわとどこか落ち着かない気持ちで待ち人の姿を探す。
切れ目なくやってくる人々が私を素通りしては、そばにそびえる大きな鳥居をくぐって消えていく。さっき見たばかりなのに、巾着からまた手鏡を出して前髪を撫でつけた。そんなことしたって特に変わり映えしやしないのに。

「名前!」

突如聞こえた自分の名前に、慌てて手鏡をしまう。別に待ってませんけど?という顔を作って彼に向き合った。聞いていた通り、部活帰りらしい。ジャージ姿のままだ。

「おぉ、浴衣や」
「…お祭りやもん」

物珍しさと嬉しさの混じった顔をするものだからちょっと照れくさい。

「せやな。あーっと、おれジャージやねんけど」
「知ってる」

何を気にしているのか、治くんはなんだかそわそわしている。どうかしたんだろうか。

「あー…、行こか」

歩き出した彼に続いて私もようやく鳥居をくぐった。

夏祭りに行こうと誘われたのは2週間ほど前のことだった。面倒がる私をごねにごねて頷かせた治くんは、とても嬉しそうで悪い気はしなかった。悪い気どころか、私もそれなりに楽しみに思ってしまったものだから、浴衣を引っ張り出してこうして着てみたわけだ。でも、治くん褒めてくれなかった。あんまり似合ってないのかな、と横目で治くんを見る。
手が届きそうな、遠いようなもどかしい距離感。あのキスから、微妙な距離感が拭えない。

「お、イカ焼き」

そんな私の気持ちなど露知らず、治くんはきらきらと目を輝かせて出店を見ている。ほんっと、食べること好きなんだなぁ。イカ焼きをぺろっと胃に収めた治くんは、私にたこ焼きをねだる。

「一個ちょーだい」
「その手に持っとる焼きそば食べたらええやん」
「たこ焼きと焼きそばは別もんやろ」
「強欲」

もう!と言いつつも楊枝にさして一つ口元へ差し出した。

「はふい」
「なんて?」

熱くてうまく話せない様子にクスクス笑ってしまう。その後治くんの焼きそばを半分こして、チョコバナナも食べた。そしてもはや〆のようにかき氷に手を出す。鮮やかな青は夏の蒸し暑さの中やけに涼しげに見える。

「一口ちょーだい」
「はいはい」

もうその頃には、治くんに一口分けることに抵抗もなくなっていた。

「名前ベロ見せて」

言われるままにベッと舌を出す。

「おぉ、青くなっとる」
「治くんもやろ」

そう言うと、治くんもベッと舌を出した。見事に青い。

「ふふ、青や」
「一緒やな」
「おぉ、治やないか」

笑い合っていたところに割って入った声に二人とも誘われるようにそちらを見る。

「大耳さんに北さん」
「苗字さんも一緒か」
「こんばんは」

思いがけない大耳先輩の登場に、ついまた前髪を整えてしまう。大耳先輩も北先輩と一緒にお祭りに来ていたようだ。

「デートか」

北先輩の言葉に治くんが頷く。

「そうなんすわ」
「苗字さん浴衣可愛ええな」
「っ、アリガトウゴザイマス」

大耳さんに褒められて、ブワッと頬が赤くなる。ついつい片言みたいになってしまう。あこがれの人に褒められて嬉しくない人がいるんだろうか。そんな私を治くんが面白くなさそうに見ているのに気がついた。あ、なんかヤな予感。私の方に伸びて来た手が私の手を取る。そして指を絡めて恋人つなぎをした。あのキスの日、同じように手を握られたことを思い出してしまう。

「可愛えでしょ」
「ちょっと、治くん」
「仲ええな」

先輩たちは私たちの様子を微笑ましそうに見守る。手を繋ぐだけじゃ飽き足らず、治くんは腕を組むようにする。ぴったりと距離が縮まって浴衣越しに彼の体温が伝わってきた。近すぎて、心臓のドキドキがばれてないか心配になる。

「ほな遅くならんうちに帰るんやで」

そんな保護者めいたことを北先輩に言われたのを機に先輩たちとは別れた。少し歩いたところでバッと治くんから離れる。

「…帰る」
「は?なんで」

プイッとそっぽを向いてスタスタ歩き出す私に、仕方なく治くんもついてくる。別に一人でもいいのに。先輩の前であんな、バカップルみたいなことするなんて。ドキドキしすぎてどうにかなりそうだった。治くんのことなんて好きじゃないはずなのに。

「名前、ちょお待てって」

神社を出て少ししたところで腕を掴まれた。

「悪かった。その…やきもち焼いてん」
「やきもち?」

ばつが悪そうな治くんは、コクリと頷く。

「やって、浴衣めっちゃ可愛ええから。大耳さんに会うとぽーっとするんもほんま腹立ったけど、それよりも俺の彼女可愛えやろ?って自慢したかった」
「…あほちゃう」

そこでぐう〜っと治くんのお腹が鳴る。間抜けな音にすっかり毒気を抜かれてしまった。

「まだ食べるん?」
「腹減った」
「戻る?コンビニ行く?」
「コンビニでええわ」

そう言うものだから近くのコンビニに入る。治くんはおにぎりやホットスナックをいくつか買っていた。本当よく食べる。
お祭り会場からほど近い公園でベンチに座っておにぎりを食べる治くんを見守る。幸せそうに食べる姿は見ていて意外と楽しい。

「せっかくお祭り来たのに、飛び出しちゃってごめんね」

楽しい時間を損ねてしまったことを謝ると、治くんは「ええよ」とおにぎりの包みをクシャッとビニール袋に入れる。

「それも思い出やん?」

来年もこの祭り来て、去年こんなことあったな、って話しできる、と治くんは何でもないように言う。でも、それって来年も私と一緒にいるってことで。熱くもないのに、頬が熱を持つ。

「名前、浴衣ほんまに可愛えな」
「…ありがと」
「な、大耳さんより俺のこと好き言うて」
「…好きちゃうもん」
「強情やな〜」

はぁ〜っと治くんがため息をつく。そして、「嘘つきにはこうや」と顔を近づけた。ふにっと唇同士がくっつく。そしてすぐに離れた。

「好きちゃうのにキスはするんやな」
「…うるさい」

ふっふっふ、と悪役みたいに笑う治くんはチラッと視線を動かしたかと思うとまたキスをした。胸が満たされていくような、そんな気分になった…気がする。
そして週明けには私たちがお祭り会場近くの公園でキスしていたという噂が広がっていて、あぁあの視線はうちの生徒の姿を見つけていたのかと納得すると同時に、これでまた治くんと別れるチャンスが遠のいたと、卒倒しそうになるのだった。
絶対好きになんてならないんだから!



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