社会人1年目 12月


社会人1年目 12月


逸る気持ちを抑えられずに改札を出るなり駆けだした。
すれ違う人が迷惑そうに私を見る。冬の成田国際空港はがやがやと、日本語に交じって違う言語が飛び交い、歩いている人たちも実にグローバルだった。

だんだんと高鳴る心臓と上がっていく息。早く、早く、一秒でも早くあなたに会いたい。私が急いだって飛行機の到着時間は変わらないってわかっているけれどそれでも何かに急かされるように足を動かした。おろしたてのヒールで走ってるせいで、つま先が少し痛む。でもそんなことちっとも気にならなかった。期待が、私を突き動かす。エスカレーターを登り切って到着ロビーを歩く。電光掲示板の上を目を皿のようにして隅から隅へと視線を滑らせた。

「…あった」

聞いていた便名聞いていた到着時間。電光掲示板に表示されたそれを見てやっと、本当に帰ってくるんだと実感が持てた。館内は空調が効いてるから走ったせいで少し汗ばんでいた。到着までまだ余裕があったから、そばのお手洗いに入る。パウダールームで鏡とにらめっこしながら走ったせいで乱れた髪を整えた。
化粧直しをする余裕もなく会社を飛び出したから、少しだけ化粧も手直しする。粉をはたいてマスカラでくたびれた角度のまつ毛を立てなおす。アイラインをしっかり引いて最後に口紅。少しでも綺麗になったって、思ってくれるだろうか。ドキドキしながらお手洗いをでて、到着ゲートの前で彼を待つ。

しばらくすると、電光掲示板の表示が“Arrival”に変わった。その文字を目にした瞬間、ドキン!と心臓が大きく跳ねた。到着したからってすぐに出てこれないのは分かっている。入国審査なんかがあるからもうしばらくはかかるだろう。でも、ゲートから出てくる人の顔を必死に確認してしまう。

今回は試合とかじゃなくて帰省だからチームのスケジュールに縛られることなく過ごすことができるらしい。今日はうちに泊まって、明日一緒に宮城へ帰る予定だ。
もう何人ゲートから出てくる人を見送っただろう。期待に膨らんでいた気持ちが少し萎みかけた頃、ひときわ背の高い人物がゲートから現れた。その人はキョロキョロと出迎えの人だかりに視線を彷徨わせて、私を見つけたとたん安心したように笑った。

「名前!」

電話越しでない生の声が私の名前を呼ぶ。本物の、影山くんが私に歩み寄ってくる。そうだ、しばらく会ってなかったからわかんなくなってたけど、影山くんって見上げるほどに大きかったんだ。心なしか嬉しそうな顔を見上げながら、何カ月ぶりかに本物の影山くんに会えたという事実に感極まった私は、思わず泣き出してしまった。

「え、おい、どうした」

慌てた様子の影山くんが乱暴に目元を拭う。化粧落ちちゃう、と思ったけど、その摩擦の痛みすら彼が目の前にいるんだって思えて嬉しかった。

「大丈夫か」
「うん、ごめん。影山くんに会えたのが嬉しくて」
「そうか」
「まさか泣くとは思わなかった」

恥ずかしいな、と照れ笑いすると、影山くんが真面目腐った顔で「俺も、顔見られて嬉しい」と言った。

「…また泣いちゃうじゃんばかぁ」

折角引っ込んだ涙がまた溢れ出す。

「お、おい」

焦った様子を見せながらも、影山くんは私が泣き止むまで両手を繋いでいてくれた。

「落ち着いたか」
「うん」

まだ鼻をスンスン言わせる私を影山くんが心配そうに伺う。

「バスで都内戻るんだっけ」
「あぁ」
「何時?」

バスの時間は見ておくと言ってくれたから影山くんにお任せしていた。

「あと1時間はあるぞ」
「そっか…待って影山くん」

腕時計を見てまだ余裕があるとバスの時間を告げた影山くんに、違和感を覚えた。

「機内で時計戻した?」
「え?」
「時間!日本時間にした?」
「…してねぇ」
「時差!!!」

そう叫んだ私は大慌てで影山くんを急かす。急いでカートを押す影山くんとダッシュした結果、なんとかバスには間に合った。座席に座ってふぅ、と一息ついていると隣の影山くんが私を見ているのに気がつく。

「どうかした?」

影山くんは私の顔をまじまじと見つめながら「…帰ってきたんだなって名前の顔見たら実感した」と言う。
何とも言えない気持ちがこみ上げて、私はそれに返事もできずにぎゅっと隣の腕にしがみついた。何か言葉を発しようものなら泣き出してしまいそうだったから。
影山くんは、イタリアでの活躍で更に名声を得ていて、バレーと言えば影山、と名前が上がるほどだ。そんな彼が、今この瞬間は私だけのことを考えてくれていることを嬉しく思ってしまう私がいることは、世界中の誰にも言えない私だけの秘密だった。



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