大学4年生 8月
大学4年生 8月
「イタリアに行く」
「イタ、リア…」
行こうと思う、ではなく、行くという表現が引っかかった。だってまるで決定事項みたいだ。
「決定事項なの?」
「あぁ。もう合意した」
ハッキリと答える影山くんの目はわくわくと期待に輝いていて、事後報告されたショックに胸を痛める私には気づいていないようだった。
海外への挑戦の噂はなんとなく聞いていた。でも本人が何も言わないから、あくまでも噂なのだと割り切っていたのに。
ことバレーボールに関して私は常に蚊帳の外だった。
確かに私はバレーしたことないし、ルールも完璧には理解してないし、力になれることなんてない。でも、相談くらいしてくれたっていいと思った。バレーボールと私を天秤にかけたらバレーボールが勝つのは知っていた。でも、いざその事実に直面するとやっぱり悲しい。永遠に彼の一番にはなれないのだと思い知らされる。
「…イタリアでも元気でね。今までありがとう」
「おう?」
「うちにある着替えとかも、持っていくでしょ?」
「なんでだ?」
「え?」
これでお別れなのだと、しんみりしている私とは違い影山くんは心底不思議そうな顔をしている。
「だって、イタリア行くんでしょ」
「行く」
「これで別れるってことだよね?」
「は?」
「え?」
「別れねぇけど」
むっと唇を尖らせるしぐさ、高校の時から変わらない。
「…住む世界が文字通り変わるんだよ」
「同じ地球の上だろ」
「話のスケール…!!」
遠距離の大変さ分かってないでしょ。と責めるように影山くんに問いかける。彼はムッとした顔のまま「名前は遠距離したことあるのかよ」と質問で返してきた。
「ない…」
「じゃあ大変かどうかやってみないと分からねぇじゃん」
「たし、かに?」
なんてことだろう、影山くんに論破されてしまった。
「どこにいたって俺の中での名前の存在は変わらねぇ」
そう言い切った影山くんの顔には不適な笑みが浮かんでいて、いつか同じ表情を見た気がするなぁと思った。
「じいさんになるまでバレーする」と言っていた時だろうか、強敵相手に連続でサービスエースを決めた時だろうか、思えば心当たりがいくつもあるくらい一緒にいるんだなと気がついてしまう。今更影山くんなしの生活なんて、できる気もしなかった。
ジッと影山くんの顔を見ていると、何を思ったのか顔を近づけてきた。違うそうじゃない!と思ったけれど、まぁいいかと目を閉じる。
影山くんとキスをするのは好きだった。
影山くんはイタリアにも行っちゃうようなすごい選手で、試合終わりにはファンがこぞってサインを求めに来るようになった。そんな彼がまだ公にはできないイタリア行きを、実はいの一番に私に伝えてくれていたのだと知るのはもう少しだけ先のことだった。