大学1年生 5月


大学1年生 5月


なんでこんなことになったんだろう。わからないけれど今更帰るわけにもいかない。
「レディースアンドジェントルメン!ウェルカムトゥ…」とおなじみのアナウンスが聞こえる場所を通り過ぎ、人の流れに沿って歩いていく。

「…本当に海があるんだ」

開けた視界に飛び込んできた景色に思わず感嘆の声が溢れた。シーと冠しているだけあって海があるのは当然なんだろうけれど、テーマパークにガッツリ海があるのって珍しい気がする。

東京のバレーチームに所属することになった影山くんと同じく、私も東京に進学した。
友人としてたまに連絡を取ることがあって、そこでポロッと折角東京に来たからシーに行ってみたいと話してしまったのだ。てっきり流されると思っていたのに、返ってきたのは「行くか?」という返信。そこからとんとん拍子に日程が決まりこうして当日を迎えてしまった。
影山くんは物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回して「人多いな」と言う。

「はぐれちゃっても影山くん大きいからすぐ見つけられそう」

ふふ、と笑って言えば「そうか」と影山くんも笑う。なんだか楽しく過ごせそうな気がした。

「はー、ドキドキした!」
「あぁ」
「一回転するジェットコースターって初めて」

未だドキドキする胸を押さえつつアトラクションを出る。影山くんも「うおっ」とは言っていたけど私よりは平気そうだった。
所々で写真を撮りながらパーク内を巡る。浮き輪型の可愛いエビまんを持つ影山くんがおかしくてついパシャパシャと無駄に写真を撮ってしまった。
「食いもんの写真撮りてえのか?」ってエビまんを食べる私の写真も無駄に撮られてしまったけどまぁ楽しいから良しとする。
周りの熱に浮かされるようにパーク内を散策していると影山くんが「次あれ乗ろうぜ」と前方を指さした。

「あ、あれ?」
「あぁ。行こう」

楽しげに歩き出す影山くんについてアトラクション内に入る。古いホテル風のフリーフォール。ワクワクした様子の彼に言い出せなかったけど、私はフリーフォールが苦手だった。いざ席に着くとやっぱり怖くてぎゅっと手を握ってしまう。私の様子に気が付いたのか、影山くんが「苗字?」と私の顔を覗き込んだ。
ガタン、とフリーフォールが動き出す。

「今更なんだけど、フリーフォールちょっと苦手で…」
「えっ」

驚いた様子の影山くんが少しワタワタした様子を見せる。

「悪い、俺知らなくて」
「いいの!私も言わなかったし」

大丈夫、と笑ってみせると影山くんが膝の上で握りしめていた私の手に触れた。そしてそのままギュッと手を握る。

「大丈夫だ」
「う、うん。ありがと」

励ましてくれているらしい。そのまま上に上がり切ったフリーフォールは、一瞬美しい眺めを見せて下に落ちる。内臓がフワッとする感覚。
思わずギュッと影山くんの腕にしがみ付いてしまった。

「怖かったぁ……」
「すごい叫んでたな」
「ごめんうるさかったよね」
「いや」

なんか3歳くらい老けたような気分でアトラクションを後にする。まだ心配されているのか、手を握られたままだった。

「影山くん。もう大丈夫だから手放して良いよ」
「?…じゃあこうするか?」

一瞬不思議そうな顔をした彼は、体勢を何故か腕を組むスタイルに変える。

「え、いや…」
「次行こうぜ」

もしかしたらさっき腕にしがみ付いちゃったからこっちの方が安心すると思われたのかもしれない。
影山くんは、だんだんバレー選手として有名になってきていて、そんな彼と「手を繋いだことがあるんだよ」なんて、とても周りに言えやしないと楽しそうな横顔を見ながら思った。


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