キミはトモダチ



教室で座って粛々と受ける座学とは違い、調理実習の時間は何だかみんなうきうきしている。

銘々思い思いに三角巾代わりのバンダナとエプロンを身に着けているせいかもしれない。視界がいつもよりずいぶんとカラフルだ。ノートを取るより楽しいのは確かかもしれないなぁと思いながら、次は何をするんだっけと調理工程のプリントに目を通した。
今回の調理班は座席順で組まれたので、普段つるまない顔ぶれだった。そうはいっても、反りが合わない人たちじゃなかったのでほっとしている。そういう人が一人いるだけで集団での作業は俄然やりづらくなるし。

そんなどうでもいいことを考えていた所で、隣の人物に先ほどから動きがないことに気が付いた。そっと様子を伺うと、何か不満げというか不安げというかとにかくむっつりとした表情でまな板の上のキュウリと包丁と見据えている。調理実習でする顔じゃないと思う。

さっき同じ調理班の男子に「キュウリ切るの頼んだ!」と言われたきり動いてないらしかった。確かに承諾の返事をしてはなかったしなぁ。おそらく、万が一手を切った時のことを考えているんだろうなと思い至る。去年も彫刻刀使うときに嫌そうな顔してたし。バレーをしている佐久早にとって手をケガするのは割と大きな問題のようで、1・2年と同じクラスの私は何かと佐久早がバレーに影響が出ないように気を使っているのを知っていた。その徹底っぷりはいっそ気持ちがいいくらいだ。

入学当初、背の高い佐久早に「もしかしてバスケやってる?」と見当違いのことを聞いたことがある。「違う。バレー」と不機嫌な顔で返されたが、話しかければ返事はしてくれるんだと感心した。当時は少し取っ付きにくい人だという印象を持っていたからなんだか意外で、「バレーかぁ!惜しかった」といった私に「全然惜しくない」と言い返す佐久早は、きっと真剣にバレーをやっている人なんだろうなというイメージを私に与えたのだった。

隣に立つ黒いエプロンとキュウリは相変わらず膠着状態のようだったので「佐久早、キュウリ私が切るよ。手を切ったら困るでしょ」と声をかける。するとチラッと私を見た佐久早はコクリと頷きながら「頼む」といつもながらの愛想のなさで返事をした。場所を交替して包丁を手に取ると、佐久早は横から「おい、手を切ること気にしてるってなんでわかった?」と話しかけてきた。それよりもレタス洗ってちぎって欲しいんだけどなぁ。

「だって佐久早前も彫刻刀で手を切るかもって嫌がってたじゃん。それに、佐久早がバレーするために日頃から色々気にかけてるの知ってるし」

そう答えると、佐久早は「フン」とどこか満足そうに返事をして、レタスを洗い始めた。よくわかんないけど納得していただけたらしい。佐久早の身長に対して実習の作業台は低いからか、いつもに増して猫背気味の佐久早はちまちまと大きな手でレタスを洗っている。その姿がなんかちょっと可愛らしく感じてしまった。三角巾もエプロンもあんまり似合ってはないけれど、エプロンの黒はよく似合っているように思う。雰囲気に合っているのかもしれない。

「苗字さん、麻婆豆腐やってもらってもいい?」

丁度キュウリを切り終わったところで、同じ班の子に声をかけられる。彼女は食事に関しては食べる専門だと豪語していた通り、作るほうは苦手らしかった。「わかった」と頷いてサラダの仕上げをお願いする。私も麻婆豆腐の素を使わずに作るのは初めてなので、念のためもう一度調理工程を確認しようとプリントを手に取った。すると、プリントに大きな影が落ちる。視線をずらすと佐久早が何か言いたげな顔で傍に立っていた。

「どうしたの」
「お前…料理できるのか」
「うち共働きだから親の代わりに料理するしそれなりにかな」

美味しいかはわからないけれど、人が食べられるものは作れると思っている。私の答えを聞いた佐久早は「ならいい」とサラダの仕上げに戻っていった。口に入るものだから気になったのかな。サラダの仕上げに2人もいらないのではと思ったけど、ちゃんと参加するだけいいか、と気を取り直してフライパンを火にかける。うまくできるか内心ハラハラしていたけれど、出来上がってみればちゃんと麻婆豆腐になっていたので一安心だ。ちょうどいいタイミングでご飯も炊きあがったし、もう一人の男子が作ってくれた中華スープも無事に出来上がっている。

おそるおそるといった体で麻婆豆腐に口を付けた佐久早は「悪くねぇ」と一言いうと、その後は黙々と箸を動かしていた。うん、誉め言葉として受け取っておこう。元々没交渉だったわけじゃないけれど、その調理実習以来なんだか佐久早と打ち解けたような気がする。あくまで気がする程度だけど。懐きにくい生き物がちょっと触っても許してくれるようになった感じ?そうなるとついつい構いたくなってしまうのが人間だと思う。

「ねぇ、ノート見せて」
「嫌だ」
「えー!この間私も見せてあげたでしょ?!」
「公欠の時の分だろ。お前は居眠りじゃねぇか」

ノートに何やら書き込みながら佐久早は痛いところを突いてくる。古文なんて内容によっては子守歌にしか聞こえないんだもん。チラッとノートをのぞき込めば「見んじゃねぇ」と腕でグイッと制された。少しだけ見えたのは、几帳面な字で認められた和歌の一部。予習で好きな和歌を百人一首から選んでくるように言われてたからきっとそれだと思う。佐久早の選んだ「かくとだに」から始まる和歌を私は全く知らなかった。

「ねぇ、どの和歌選んだの」
「教えない」

聞いてみるもすげなく返される。ちなみに私が選んだのは「きみがため おしからざりし いのちさえ ながくもがなと おもいけるかな」という和歌だ。なんか純粋に、そこまで想える相手がいるっていいなと思った。ノートは結局友達に貸してもらった。持つべきものは優しい友人である。

と、まぁそんな具合に私と佐久早は順調に交流を重ねていった。背中を叩いてもジロリと睨まれはするが文句は言われない程度の仲にはなったと思う。古森くんなんかは私たちのやり取りを見ると大抵いつもウケている。ツボがわからない。傍目に見ても私と佐久早はもう友達って言ってもいいと思う。軽口だって叩けるし。友達が増えるっていくつになっても嬉しいものだ。古森くんとも話す機会増えたし、もう友達って呼んでもいいかな、なんて期待を抱く。

そんなことを考えたりしている内に、いつの間にか窓から西日が射し込んでいた。放課後の図書室は人もまばらで、そろそろ帰ろうかな、と予習していた数学の教科書を閉じた。苦手な教科を勉強するときは図書室とかのほうが進む気がする。自宅だと誘惑が多いからすぐ漫画読んだりしちゃうもん。帰宅するべく貸出カウンターの前を通り過ぎようとしたとき、今月のおすすめの本が目に入った。百人一首を扱ったそれを手に取ったのは、きっと佐久早の選んだあの和歌が気になっていたからだ。一体どんなものを選んだのだろうかと。興味に駆られてパラパラめくっていけば殊の外あっさり目的のページは見つかった。
「かくとだに えやはいぶきの さしもぐさ さしもしらじな もゆるおもいを」あなたは燃えるような私の想いなど知らないのでしょうねという、恋の和歌だった。

恋、佐久早が恋。
単純に気に入ってのことなのか、それともこの和歌に自分の気持ちを重ねたのか。気になるなぁと思いながら本を書架に戻した。司書の先生に会釈して、昇降口へと向かう。佐久早の意外な面を見た気分。なんか、景色のきれいさを詠ったものとか選びそうだと思っていた。そんな思いを巡らせながら校門へ向かっていると、見慣れた姿が部室棟の方から歩いてくるのが見えた。

「佐久早!」
「声がデケェ」
「今帰り?古森くんは?」

一緒じゃないの?と矢継ぎ早に尋ねれば、佐久早はむっつりした表情で「知らない」とだけ短く返した。「アイツがいたほうが良かったのか」という佐久早に「いや、大体一緒にいるからアレ?って思っただけ」と返す。すると、「そんなにベタベタしてない」とねめつけられた。その割に声は不機嫌そうじゃなかったから別に怒ってはないんだろう。
家路を横に並んで歩きながら、今日の出来事なんかを話す。佐久早は相槌を打つばかりで自分が話すことはほとんどなかったけど、不思議と心地良かった。
ふと前方を見ると、私たちと同じ制服を着た男女が手を繋いで楽しそうに歩いているのを見つけた。それを目にして、先ほどの恋の和歌が頭をよぎる。

「佐久早ってさぁ、ああいうの苦手そうだよね」
「なにが」
「あれ」

そういって前方を指し示すと、佐久早もカップルの姿は視認したらしいが発言の意図がわからないという顔で「どういうこと」と再び疑問を呈された。

「彼女できても、手を繋いだりキスしたり、恋人のふれあい的なのできなそう」

だって菌が〜とかいうじゃん?と佐久早を見上げると、眉間にしわを寄せてカップルの姿を見ていた。肯定なのか否定なのか感情がよくわからない。まぁいいやと前を向いたところで、私の手を何か温かいものが掴んだ。続けてするりと指の間に何かが滑り込んでくる。
何かじゃない、これは手だ。じゃあ誰の?ハッとして隣を歩いていた佐久早をみる。佐久早はどうだと言わんばかりの顔で「できる」と私を見下ろしながら言った。どや顔だ。私の手を握る佐久早の手は、女友達とふざけて手を繋いだ時と違い柔らかさなんて感じられなかった。骨感というか毎日バレーで鍛えられた固い感触。「いくぞ」そういって佐久早は私の手を引いて再び家路を歩きだす。
友達って、手を繋いで帰るものだっけ?心臓が変な音を立てている。繋いでいる手なんかは急に汗ばんできた。
いや、なんかこれは、多分違う。友達は、こんなことしない。どうしたらいいのかわからないでいる私に佐久早が話し始める。

「お前、この間俺の選んだ和歌が何かって聞いたよな」
「え、う、うん」

頷くと佐久早はフフンといいそうな顔で口を開く。だめ、やめて、言わないで。それを聞いてしまったら色んなことが変わってしまう気がする。

「かくとだに えやはいぶきの さしもぐさ さしもしらじなもゆるおもいを」

佐久早に良く似合うと常々思っていた色気のある声で和歌を諳んじた佐久早は止まることなく歩みを進める。「意味までは言わねぇ」そういって私の手を引く佐久早にどう返したらいいのかわからない。さっきから頬が熱が出たのかってくらいに熱い。あの、すみませんどなたか、お忙しいところ本当に申し訳ないのですが、お答えいただけると幸いです。もしかして、私と佐久早は「友達」じゃなかったんでしょうか?


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