ひまわり



蝉の大合唱を全身に浴びながら駅に向かって歩いていると、公園の花壇に咲くひまわりが目に入った。
夏の盛りを過ぎたからだろうか、黄色が褪せてほぼ茶色になった花びらは力なく見えてちょっと寂しい気持ちになる。満開の時の生命力を、今は種を作ることに注いでいるのかもしれない。そんな花びらのしなびたひまわりに、自分の姿が重なるような気がした。

ひまわりは太陽を追いかける花だ。太陽がいる方角を向くから、その花言葉は「あなただけを見つめる」とか「崇拝」とか「憧れ」らしい。
なんともしっくりくる花言葉だ。
風に揺れる茶色く変色した花びらが、太陽を追いかけすぎてその熱に負けてしまったように映る。
太陽みたいな光来の輝きに、私も負けちゃったのかな。
眩い輝きを放つ彼はいつだってエネルギーに満ちていて、そのほとばしる生命力に惹かれずにいられない。彼の輝きは、同時に私のダメさとか、後ろ向きな部分とかをも照らし出してしまうから、そばに居たいけど逃げ出したいという反比例する想いを抱かせるのだ。ぶわり、太陽に温められたコンクリートの熱を孕んだ風が、強く吹き抜ける。
咄嗟に力を入れ損なった手から、日傘がさらわれた。

日傘を追って慌てて振り向くと、風にさらわれるところだった日傘を捕まえる人が見える。ふわり、羽が生えてるみたいに軽やかなジャンプ。しっかりと日傘を捉えた彼の髪が、太陽できらりと輝く。その眩しさに目を細めていると「大丈夫か?」と光来が近づいてきた。そして、私に日傘を差し出す。

「…ありがとう」

お礼を言う私に、彼は「やっぱ追いかけてきて正解だったな!」と胸を張った。そのドヤり方が昔と寸分も変わりなくて、さっきまで思い悩んでいた自分が馬鹿らしくなる。
頭の中のイマジナリー昼神くんが「苗字さんて、光来くんのことになるとホント後ろ向きになるよね〜。お互いに好きなら好きでいいじゃん」と過去に言われたセリフを再度告げた。イマジナリーのくせに的確で腹が立つ。

「お前、俺がいる時に一人で出かけんなよ」
「ちょっとスーパー行くだけだもん」

マヨネーズ切らしちゃったの、と言えば、光来は「何かあったら困るだろ」と私のお腹を指差した。

「そんなことは、」

ないとは言い切れなかった。
まだ膨らみ始めたばかりのお腹には小さな命が宿っていて、私がナーバスになっていた理由のひとつだった。
私は、ちゃんとお母さんになれるんだろうか。その不安が、私をしおしおのひまわりみたいな気分にさせた。

「一緒なら安心だろ」

そう言って日傘を持っていないほうの手を取る光来の目は確信に満ちていて、私は思わずぱちぱちと瞬きをしてしまう。目から、うろこというか、なんか、そんな気分。

「二人なら、大丈夫かな」

そう聞いたのはなにもスーパーに行くことについてではない。私の言わんとすることをくみ取ったのか光来は私の手をギュッと握って「当たり前だろ」と力強く言った。その笑顔の後ろに、夏の太陽が輝いている。

光来を追いかけて、光来のいる方向を向いて、光来に憧れて、ここまで来た。光来の輝きは、私を焼き尽くすものではなく、温かく照らしてくれるものだと、今やっと納得した。いくらなんでも遅すぎる。
頭の中のイマジナリー昼神くんが「光来くんのこと神聖視しすぎじゃない?光来くんがかわいそう」とため息交じりに言う。自分だってちょっと似たとこあるくせに。

「名前」

光来が私の名前を呼ぶ。

「俺の事もっと頼れよ」

そういう光来は少し拗ねたような顔をしていて、その様子を可愛く思ってしまった。

「私、光来の事神様みたいに思いすぎてたかも」
「はぁ?」

イミワカンネと光来は顔を顰める。

「病める時も健やかなる時もーーって誓っただろ」
「え、うん?」
「対等なパートナーだろうが」

そう言われて、私はまたぱちぱちと瞬きしてしまう。

「そっかぁ」
「おう」
「そうだよね」
「あぁ」

咀嚼するように頷く私に光来も頷く。

「早くスーパー行って涼もうぜ」

そういって歩き出した光来に手を引かれて私も歩き出す。風に揺れるヒマワリは相変わらず茶色い花びらをつけていて、でもその真ん中にはぎっしりと種が結実していた。それを見て、なんだか大丈夫な気がした。

ふと、お腹を撫でると、光来が「どうかしたか?」と心配そうに私を見る。
その瞳は秋の木漏れ日みたいにとても優しくて、きっと大丈夫だと、そう思うことができた。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -