祝福への旅

ざわざわと静かな場所などないのではないかと思うくらいに賑やかな土産物売り場。お土産を選ぶ人々の声と、店員の熱心な売り込みの声が交差し、活気に満ちている。
関西各県の名産品やお菓子が並ぶ様子は、いっそ壮観でもあった。

ふと目に入った『新大阪駅お土産ランキング!』のポップに、佐久早聖臣は少しだけ眉間に皺を寄せる。堂々の1位!との謳い文句で紹介されていた餡子とお餅の和菓子の写真に、思わず三重県の土産じゃねえか、と内心でヤジを飛ばしてしまった。
眉間に皺が寄ったのは、なにもそのゴキゲンなポップのせいだけではない。

熱心な様子でそのポップを見る女。
佐久早を待たせ続けるその普段より綺麗にセットされた後頭部に、穏やかでない気持ちになったことも一因だった。

「…おい。行くぞ」
「待って。やっぱりコレも買って行った方がいいんじゃないかな?」

いやでも、なんとかおじさんのチーズケーキも有名だし、京都のお漬物も美味しいからなぁ…と続いた女の言葉に、佐久早の眉間の皺は深くなる。
さっきからこの調子で、あれも、これも、と土産物に目移りし続ける名前は、もはや決断というものを出来そうには思えなかった。

「新幹線の中で匂いしちゃうかもしれないけど、551買おうかな…」
「今から並ぶつもりなのかよ」
「え、もうそんな時間?」
「あと10分で発車する」

タイムリミットを少しだけ短く見積もったのは、彼女を急かすためだった。

「うそ!!」

悲鳴のような声を上げた彼女はよそ行きのワンピースの裾を揺らして佐久早を見上げた。

驚きに見開かれた目が、佐久早が彼女に「好きだ」と告げた時の顔と重なる。
あの時も名前は狼狽した様子で、うまく言葉を紡げないでいるリップクリームのみが塗られた唇を佐久早は有無を言わさず塞いだのだった。

「そもそも手土産はもう買ってるだろ」

増やしてどうすんだよ、と名前から預かっていた紙袋を少し持ち上げて見せた。

「だって…少しでも良く思って欲しいじゃん」
「手土産増やせば関係が良好になるのかよ」
「それは…わかんないけど」

いじけたように、彼女は唇をへの字にする。そこは、あの時とは違いローズピンクとかいう色に彩られていた。コンサバに全振りした服装の効果もあって、心なしか名前を上品に見せている。

「いいから行くぞ」

くるりと踵を返して東京行きの新幹線が待つホームへ歩き出した佐久早を、リズミカルなヒールの音が追いかけてくる。どうやらやっと、諦めたようだった。
2人は無言のままホームへと上がり、指定席の車両へと乗り込む。その長身ゆえ仕方ないとはいえ、乗り込む瞬間どうしても頭を下げてくぐるようにしなければならないのが、佐久早はいつも億劫だった。

2人分の荷物を荷物置き場に上げ、佐久早も席に座る。前の座席とのスペースが限られているせいで足がつかえるが東京までの約2時間半の辛抱だ。

窓側に座る名前に視線を向けると、座席も倒さず小さくなって座っている。

「…緊張してるのか?」

こくりと頷いた顔は確かに強張っているように思えた。先程までの彼女の行動は、相手に渡す手土産を増やして、少しでも好意を抱いてもらう材料を増やしたかったのだと、佐久早はやっと理解した。安心材料を増やしたかったのだろう。

後ろの席に誰もいないことを確認してリクライニングを少し倒しながら、佐久早は「心配しなくていい」と名前に声をかける。

「…聖臣もこんな気分だった?」

不安そうに佐久早を見る名前に、佐久早は無意識に彼女の手に自分の片手を重ねた。

「…緊張は、した」

佐久早の番は、先月に終わっていた。緊張はしていたが、彼女を想う気持ちの方が勝っていたような気がする。

「ほら、緊張するものでしょ」
「俺が選んだことに反対する人たちじゃないし、お前を気にいるに決まってる」

だから、安心しろ。と穏やかな顔で言った佐久早に、名前はその表情をシャッターに収めるかのようにゆっくり瞬きした。

「ありがとう聖臣」
「リクライニング倒せば」
「うん」

片手で佐久早の手を握り返しながら、名前はリクライニングを少し倒す。その顔はだいぶ緊張感が和らいでいた。

車内アナウンスが京都駅への到着を告げた。
京都駅を出た後は名古屋駅に停まるという案内が続く。そして終点は東京。佐久早聖臣の故郷。

今回はただの里帰りではない。隣に座る名前を妻にすると、佐久早の家族に紹介する為の旅だった。

「なんかお腹すいちゃった」

リラックスした表情になった名前に、佐久早も安心を覚える。

「向こうで食うんだから我慢しろ」
「やっぱり551自分用に買えばよかったなあ」
「…肉まんくさい女だって思われなくてよかったな」
「あ、ひどい。いいもん。グミ聖臣にはあげないから」
「いらねえ」

新幹線は静かに名古屋へ向かって動き出す。
のんきにグミを食べた始めた名前を見て、やっといつもの調子になったなと、佐久早は彼女に気づかれないよう、小さく息を吐いたのだった。


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