子ライオンの狩り


「りよんそー?」

耳に馴染みのない言葉を、私は聞こえた音の通りにオウム返しした。その音は自分の舌で転がしてもなお不思議な響きに思える。

「LIONCEAUダヨ」

私のひらがな発音とは違う綺麗な発音に、彼がすっかりパリの街に馴染んだことを知った。画面の中の彼は何年たっても変わらず食えない奴という印象を与える。ただ、顔つきはより精悍になったし、髪だって昔より短い。なにより、その手にはもうテーピングがなかった。私の知っている天童と言えば、髪はつんと立っていて指にテーピングが巻かれている男の子だ。
すっかり有名人になっちゃってまぁ、なんて親戚のおばさんみたいなことを考える。

「まさか自分のお店持っちゃうなんて」

すごいね、と素直な称賛の気持ちを告げると、彼はにかっと笑って「ミラクルボーイさとりだからネ」とよくわからない答えを寄越した。

「ボーイって年でもないでしょ」
「良いじゃんそこは」

テンポよくやりとりしている私たちだが、実に数年ぶりの会話である。ほんの数分前、急にメッセージアプリに「ヤッホー元気?電話していい?」というメッセージが来たかと思ったら、次の瞬間には着信を告げる画面に切り替わっていた。慌てて応答すると、パッと画面に懐かしい顔が現れる。テレビ通話だった。電話って言ってたくせに。
お風呂上がりの油断した姿だった私は、慌ててカメラをオフにする。すると間髪入れずに「チョット、久々の再会なのに顔隠すのはナシでしょ〜」と言われてしまった。スマホ越しの対面を再会と呼んでいいものか悩んだけれど、しぶしぶカメラをオンにする。

「お、すっぴんの名前チャンだ!」
「うるさいよ天童」

こんなやり取りも懐かしく感じる。そして、お互いの近況を話す中で天童が自分の店を持ったという話になったのだ。
まだ学生の時、私たちは確かに想いあっていたように思う。お互いハッキリ気持ちを伝えることもなく、もどかしい距離をどうにもできないまま卒業してしまったけれど。でも、そんなほろ苦くて優しい記憶は今となっては宝物だった。だからこそ、こうして天童からの急な連絡に応じてしまったんだと思う。

「いいなぁパリ。行ってみたいけど一人じゃなかなかね」

友達と長期で休み合わせるなんて難しいし、と半ばボヤキのような私の言葉を天童はさらりと拾う。

「一人で来たらいいジャン」
「一人ぃ…?」
「いつなら休み取れんの?来月?再来月?」

答えを急かすように質問された私は、慌ててスケジュールを確認する。仕事の締め切りやなんやを考えると、再来月なら休めてしまいそうだ。

「再来、月、なら…1週間休めるかも」
「じゃあ決まりダネ。ホテルはうち泊まればいいから飛行機だけ予約しよっか」
「う、うん」

流されるままに飛行機の目星がつき次第、予約する前に一度天童に連絡することになった。

「名前チャンがパリを気に入ってくれると良いな」
「うん、楽しみ」

海外旅行だと思うと急にワクワクしてきた。フランスのガイドブック買わなきゃ。

「ねぇ、天童ルーブル美術館連れてってくれる?」
「もっちろん!若利クンにも会いに行こうヨ」
「ワカトシクン?」
「牛島若利」
「あーっ!牛島くん」

そっちにいるんだ?と聞けばポーランドにいるという。フランスとポーランドって近いのかよくわかんないけど、彼がそう言うということは気軽に会える距離なんだろう。

「ね、天童のお店にも行きたい」
「ご招待しますとも〜」
「やった」

無邪気に喜んでいる私は、電話を切った後急に気がつくのだ。そう言えば、天童が彼の家に泊まればいいとか言ってたことを。

そして、「絶対ホテル取る!!!」という訴えをのらりくらりと躱された結果、彼のアパルトマンに泊まることになってしまい(私の部屋なんかよりお洒落で綺麗だった)、天童のお店に行けばスタッフになにやら現地の言葉で紹介され、実はそれが「未来のマダム天童」だと紹介されていたのだと後に知り、牛島くんには「なんだ、天童と交際しているのか」なんて言われることになり、極め付けに「パリ気に入ったなら住んじゃいなヨ!」と天童にめちゃくちゃ口説かれることになる(「外堀埋めようとし過ぎ!!」と叫んだけど「そりゃそうするデショ」と躱された)のだが、そのお話はまた、別の機会にでも。  


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