楽園




「じゃあね名前チャン」

旅立ちの日にを歌ったその日、彼は普段と変わらない様子で別れを告げた。最後のその瞬間まで、意気地なしの私は自分の気持ちを言葉にすることができなかった。
ひょろりと背の高いその後姿が、苦楽を共にした部活の仲間に交じって遠のいていく様が頭にこびりついている。
まだ少女だった頃の、苦い失恋の記憶。
化粧品を買い足したくて訪れた百貨店。その催事のポスターに忘れられない男の顔を見つけた。地元への凱旋だと謳うポスターに写る横顔は、教室で見つめた横顔と寸分狂わず同じで胸がざわめいた。

何かに追い立てられるように催事スペースへ向かい、彼の名前を冠したブースのショーケースに並ぶ宝石のようなチョコレートを見つめた。彼の新しい楽園。
その中に、美しい紫と白が混ざり合うチョコレートを見つけた。“Paradis”、フランス語で楽園と名付けられたそれは、彼が袖を通していたユニフォームの色味にそっくりで、心臓か痛くなる心地に襲われる。

輝く宝石のような、彼の生み出した楽園の中に、私が入る余地など微塵も無かったのだ。
わかりきっていたのに、なにを期待したんだろう。もしかしたら、なにか、少しでも私への想いが詰まったものがあるのでは、と期待した。未練がましい。
目に着いたチョコをいくつか購入し、その場を去る。死にそうな顔でチョコを買う女をスタッフはちょっと引き気味で見ていた。近くのイートインスペースで、乱雑に箱を開けてチョコを取り出す。
そして、例の白鳥沢カラーのチョコを口に放った。
ホワイトのチョコと、ベリーの味が口の中に広がる。トロリと中から溶け出した苦みのあるチョコガナッシュが最初の甘みを飲み込んでいく。
ゴクリ。喉を鳴らしてチョコを呑み込んだ。彼への未練も一緒に。
2度目の、天童覚への失恋だった。


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