パーティーバーレル





「パーティーバーレルが買いたいです」

今やクリスマスのど定番となった食べ物を希望した私に、聖臣は外気温みたいに冷たい視線を向けた。

「…脂質とタンパク質に飢えてんのか」
「言い方!」

クリスマスと言えばフライドチキンでしょ!と胸を張って言うと「それを言うなら ローストチキンだろ」とすげなく返される。聖臣は本当に季節イベントに興味がない。いや、イベント全般興味がない気がする。

「チキンはチキンだもん」
「プロイラーならなんでも良いんだろお前」
「ちよっと情緒!」

ぎゃーぎゃー騒ぐ私を黙殺して、聖臣はなにか資料を読み込んでいる。恐らく仕事に関する事なんだろうけど、今読まないでも良くない?と思ってしまう。私はバレー以下なのは知ってるけど、こうしてハッキリそれを示されると悲しくないわけではないのだ。
あぁ、今年のクリスマスもパーティーバーレル無しか、と私はガックリと肩を落とした。

そんな出来事があったのが、二週間ほど前。そ
して今日は待ちに待ったクリスマスイブの日。

「おい、行くぞ」

唐突にコートを着た聖臣にそんなことを言われ、頭にハテナを浮かべてしまう。

「え、どこに?」
「…お前が言ったんだろ」
「なにを?」

私何か言った? と入れたてのコーヒーに口をつける。クリスマスシーズンは華やかなフレーバーのコーヒーが売り出されるから、無駄にコーヒーを買ってしまう。そんな私に、聖臣が眉を顰めているのは知っているけれど、ちゃんと飲み切るから良しとしてくれているようだった。

カシミヤの黒のハイネックセーターに同じような黒のチェスターコートを羽織った聖臣は、色彩をゴミ箱に捨ててきたように色がない。グレーのパンツも、モノクロっぷりに拍車をかけている。
それでも、不審者ではなくモデルのようにバシッと決まって見えるのは、その恵まれたスタイル故だろうか。羨ましい限りだ。
 
「コート着てこい」
「ええ、コーヒー入れたばっかなんだけど」
「飲み千せ」
「あっつあつのを?!罰ゲーム?!」
「はぁ…」

面倒くさいと言いたげにため息を吐いた聖臣は「冷める前に帰ってこれるから行くぞ」と私に告げる。

「はぁい」

良くわからないけど、ここは従っておこうと、豊かなバニラの香りがするマグカップを置いてコートを取りに行く。防寒重視のダウンに身を包んで聖臣と色違いのスニーカーを履いた。先日聖臣が買ったスニーカーがなかなか良いデザインで、レディースもあると言うので色違いを勝手に買ったのだ。聖臣はなんとも言えない顔をしていたっけ。
どう言う感情だったんだろう。
ふと、横を見ると聖臣も同じスニーカーを履いていた。ちょっとだけ気分が高まる。お揃いって、恥ずかしいけど嬉しいものだ。

「ねぇどこ行くの」
「…フライドチキン買うんだろ」
「えっ予約してないよ?」

聖臣嫌そうだったじゃん! と驚いた声をあげてしまう。あんなにまともに取り合ってくれなかったのに、どうして当日になってそんなことを言うんだろう。
まぁ、予約以外の人用もあるだろうし、買えないわけではないと思うけど。
てっきりちょっとお高いスーパーでオードブルを買う程度だと思っていたから、正直嬉しい。

「.…予約はしてる」
「うっそ」
「本当」
「聖臣がしてくれたの?」
「あぁ」
「わー!聖臣大好き!」
「.…るせぇ」

興奮した私に聖臣は少し煩わしそうにそう言った。でも、少し緩んだ口の端が、私が喜んでいるのが嬉しいと告げている。聖臣って意外と私を喜ばせるのが好きだ。
徒歩圏内にあるカーネル·サンダースのお店に入り、聖臣が店員さんに携帯画面を見せる。
すると、程なくして待ち望んだパーティーバーレルが現れた。会計を電子決済でチャチャっと済ませた聖臣が、小脇にビニール袋に入ったご機嫌な柄の容器を抱えてコチラにやってくる。

「ほら」
「わぁ! 何年振りだろ」

すっごい嬉しいありがとう! と言いながら容器を受け取る。両手で抱えて歩き出すと、スッと横からパーティーバーレルが奪われる。
そして、右手を手袋越しに掴まれた。

右手でパーティーバーレルの袋をぶら下げた聖臣が左手で私の手を握っている。
キラキラとイルミネーションで光る街。チキンの詰まったパーティーバーレルと、パーティーバーレルがあんまり似合わない聖臣。
でもどうしようもなく、ウキウキしてしまう。

「クリスマスだね」
「今気づいたのか」
「ふふ、プレゼント楽しみにしてて」
「そっちこそ」

ふ、と聖臣が小さく笑う気配がした。
家に帰ったら、手を洗ってうがいして、ちょっと冷めたコーヒーを飲み干して、それからシャンパンを開けよう。
二人だけのクリスマスパーティーはもう始まっているのだ。


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