バレンタイン
この時期、スーパーの製菓コーナーは品揃えが充実する。だけど普段お菓子なんて作らない私は、この中から何を買ったらいいのかと、逆に頭を悩ませる羽目になってしまった。
私にはアーモンドプードルがなんなのかわからないし、銀色のつぶつぶがアラザンという名前だってことも初めて知った。
とりあえず大型スーパーに行けばなにかしらちょうど良い物があると思ったけれどとんだ思い違いだった。そもそも、バレンタインに何を作るのかも考えていない。まずそこから失敗している気がする。何を作るか決めて出直そう、と空のカゴを持って右を向いた瞬間、見知った顔と目が合った。
「あっ、」
「なんも買わねーの?」
「…古森」
製菓コーナーの隣、お菓子のコーナーを見ていたらしい古森は不思議そうな顔で私を見ている。
「なに作るか決まらなくて」
そもそも何を作ったらいいのかもわからないことは伏せてそう告げる。古森は何を思ったのか「無難にチョコ溶かして固めるだけでも良いんじゃね?」と言いながらこちらに近づいてきた。
「それじゃ、なんか小学生みたいじゃん」
高校生なんだしもう少しお洒落なものが作りたい。お菓子作りなんてしないくせに気持ちだけはいっちょ前だった。
「ふーん。うちの姉ちゃんと妹はチョコトリュフ作るって言ってたなー」
そう言いながら古森はホットケーキミックスを手に取る。
そしてそれを裏返し「お!これいいじゃん」と私にも袋の裏面を見せた。裏面にはホットケーキミックスを使ったアレンジレシピが載っていて、チョコチップの入ったカップケーキが紹介されていた。
「ホットケーキミックスにココアとチョコチップ混ぜるだけだってよ」
「あ、それならできそう」
「な!」
にかっと笑う古森は私が持っていた空のカゴにホットケーキミックスとココアパウダー、そしてチョコチップを入れる。そして「うまくできたら俺にもくれよな!」とニッと笑って見せた。
「別にいいけど…」
仕方なさそうな顔を装って返事をしたけれど、私は偶然にも好きな男の子に堂々とチョコを渡す大義名分を手に入れてしまった。古森も目的のお菓子をいくつか手に取り一緒にレジに向かう。
「古森のおかげで無事にバレンタイン迎えられそう。ありがとうね」
「おう!どういたしまして」
いつもの明るい表情で私のお礼を受け取った古森は、おもむろに買い物袋から何かを取り出した。
「ん!これやるよ」
「え、なに?」
手に握らされたものは、この時期限定の“本命”と書いた小さなチョコレートだった。
「それ俺からのバレンタインな!」
「えっ、」
驚く私に、古森はにこやかに続ける。
「じゃ、お前からのバレンタイン楽しみにしてる」
「っちょ、古森待って、あ…」
駆け出した古森の背中はあっという間に小さくなって、私は冗談か本気かわからない“本命”チョコを、溶けてしまうことも忘れて握りしめてしまったのだった。