それは正夢になり得るかA

あの明晰夢を見てからずっと心臓がおかしい。佐久早を見かける度に変な音を立てて、ギュッて苦しくなってその場から逃げ出したい衝動に駆られる。というか、実際逃げている。

佐久早を見ると、あの夢を思い出す。
まるで恋人同士のようだった私たち。夢だってわかっててもあんなシーンを見て、あんな佐久早の目を見て、それで意識するなって無理な話だ。
幸い佐久早は目立つのであの長身が視界に入ったら即回れ右して回避していた。よく一緒にいる古森も大きいので彼も良い目印だ。DNAすごい。


そうやって意識しまくっていたせいだろうか。私はまた明晰夢の中にいた。
あ、コレって夢だってすぐにわかった。だって気がついたら訪れた覚えの無いホテルみたいな建物の中に居たのだから。とりあえず声のする方へ歩いてみる。窓の外はいい天気で大きな窓から燦々と太陽光が差し込んでいた。
ロビーのような開けたスペースに出ると話し声の主だろうか何人かソファーに座っているようだった。
その中に見知った顔を見つけた。

「古森!」

あの特徴的な眉、間違えるはずがない。
名前を呼んで駆け寄るけど古森には私が見えていないようだった。前回と同じだ。
近寄ってみて初めて古森が髪を後ろに流すようにセットして、ネイビーのスーツを着ていることに気がついた。私の知る古森より精悍さが増した顔、これってきっと大人の古森だ。また大人になった知り合いを夢に登場させるなんて我ながら想像力が豊かすぎる。
古森は横に座る金髪で関西弁のカッコいい人と楽しそうに話していた。知らない顔だ。

「いや、まっさか臣くんが先に結婚するとは思わんかったわ」
「俺も。聖臣思い切ったなーって思ったけど、まぁ高校の時からだからさ」
「長っ」
「侑はいつも短そうだよな」
「俺やって長く付き合ったりしますぅー!」

会話から察するに、コレは佐久早の結婚式らしい。どうりでホテルとか式場みたいな建物なわけだと納得した。あのお小言星人と結婚しようと思う女の人って居るのかな。いや、小言言われないくらい立派な人なのかも。
ロビーから見える中庭は沢山の花で彩られていて可愛らしい。好みだなぁ。
何故かそこで前に見た夢に出てきた大人の私が左手の薬指に指輪をしていたことを思い出した。

「いやいや!」

あれも夢だし、と首を左右に振る。夢が繋がってるはずない。

周りを見るといつのまにか人が増えていた。その中に飯綱先輩がいて、少しテンションが上がる。大人の飯綱先輩も素敵だ。

「お、来た来た」

古森が誰かを見つけて立ち上がる。割と普段から表情が朗らかな方だけど心なしか嬉しそうに見えた。

「聖臣!」

心臓がピョンッと跳ねた。錆びついたブリキのおもちゃみたいにギギギ、と首を動かす。

「うるせぇ」
「んだよ、機嫌悪いなー。まぁとにかく、おめでとう」
「…あぁ」

タキシードを着た佐久早が古森から祝福を受ける。
黒のタキシードに身を包んだ佐久早は、古森と同じく髪を後ろに流していた。癖っ毛だからか同じスタイルでも印象が違う。そのせいで秀でた額が露わになっていて、服装と相俟って違う人みたいだ。光沢の美しいタキシードに合う雰囲気。佐久早って、黒がよく似合う。

「臣くんキマっとるやん」
「何しに来たんだお前」
「招待したん自分やで?!勝手に来たみたいに言うんやめてもらえますぅ?ホンマ相変わらずやなぁ臣くん。今日はおめでとさん」

ワイワイと皆口々に佐久早を祝福する。佐久早って愛想は無いけれど周りには意外と人がいる。きっと彼の努力に裏打ちされた実力をみんな知っているからなんだろう。

「もう花嫁さんに会うて来たん?」
「…いや」

金髪関西弁の人の問いに佐久早は短く答える。

「早く行ってこいよ」

古森がバシッと佐久早の背中を叩く。佐久早の眉間に皺がグッと寄った。佐久早山脈は大人になっても健在なのか。

「行こうとしてたらお前が寄って来たんだろ」
「ごめんって」

祝福の輪を抜け出した佐久早の背中に着いていく。無愛想日本代表の佐久早と結婚しようなんて奇特な人の顔を拝んでやろうと思ったからだ。

しばらく歩いた所で目的の場所に着いたらしい佐久早がノックをして扉に手をかける。一緒にするりと中に潜り込めば白いドレスを着た女性がこちらに背を向けて座っていた。傍には友達らしき人物が2人。

「あれ…」

じゃあ後でね、とその場を佐久早に譲って部屋を出る2人は仲良しのみっちゃんとまゆみんによく似ていた。もしかして結婚相手は井闥山の人なんだろうか。
花嫁さんがゆっくり振り返る。

「なっ、んで」

よく知っている顔がこちらを見た。

「名前」

ふわり、笑顔になった私が佐久早に何かを言う。

「そっちも。似合ってる」
「−−−−」
「もう言わねぇ」
「−−−−」
「あぁ」

何かしら言葉を交わす間、佐久早の声は終始穏やかだった。立ち上がった私がウェディングドレスの裾を楽しげに揺らしながら佐久早に近づく。
どうしてこんな夢を見るんだろう。こうなることを私が望んでるの?
佐久早を好きになる要素がよくわからないのに、私、ドキドキしてる。

綺麗にセットされた私の髪に飾られている白いカラーとかすみ草の髪飾りに佐久早が触れる。彼のタキシードの胸に飾られたブートニアも同じ花だった。私の、好きな花。

「… 名前」

セットを崩さないように気遣ってか、後頭部を優しく引き寄せながら佐久早が私を呼ぶ。その声が孕む優しさが耳慣れなくて戸惑った。愛おしさが伝わる声。
そのまま2人の距離が近づいて、私が目を閉じて、そして、



「だーーーーっ!!!」

ガバリとベッドから起きあがると、心臓が全力ダッシュしたみたいにバクバクしていた。
明日から、どんな顔して学校に行けばいいんだろう。素知らぬ顔をしてれば周りにはわからないって理解しているけれど、そんなの上手く出来ないのは自分がよくわかっている。
ますます佐久早の顔を直視できないなぁと頭を抱えながら、もう一度ベッドに倒れ込んだ。

翌日、戦々恐々としながら登校すると、警戒しまくっていたことが幸いしてか朝から佐久早に会うなんてことはなかった。あからさまにホッとしてしまう。何か言いたげな雰囲気の佐久早と目が合う事はあったけど、気が付かないフリをし続けた。あの時の目をみたら、また気持ちが乱れてしまう。それが怖い。
このまま、また元通りに話せるようになるまで距離を取ろうと決意した。

だけど、現実はそうも簡単ではなくて。

「じゃ、頼んだぞ」
「…はい」

部活動に使った教室の鍵を返却しに職員室へ行ったせいで、担任に捕まってしまった。
なんでも、佐久早にプリントを渡して欲しいらしい。何のプリントなのかはよくわからないけれど、部活関連らしいそれは折り目がつかないようにキチンとクリアファイルに納められていた。大事な内容みたいだ。
渋々と言った体を隠さない私に苦笑いの担任は「バレー部はまだ部活してるから体育館に行ってみてくれ」と私を送り出した。
さすが強豪と呼ばれるだけあってバレー部の練習時間は長い。ちゃんと体を休めるための休養日もあるらしいけどそれでも忙しいことに変わりはないはずだった。
練習場所の体育館に着いたは良いけれど、誰に声をかけたら良いかわからない。遠くに見える佐久早に念を送って見るけど、当然気がつくはずもなかった。佐久早のバカ!鈍感!と心の中で毒吐く。面と向かっては絶対に言えない。

「あれ、君確か佐久早の…」
「わっ、す、すみません。佐久早にプリント預かってて…」

背後から突然声が聞こえてビクッとしてしまった。振り返ると飯綱先輩が相変わらず人の良さそうな表情で立っていた。今日も爽やかだ。後輩に慕われるタイプなんだろうなぁ。私の中の後輩魂もくすぐられる。
これ幸いと飯綱先輩にプリントを渡してもらえないかと考えた。そうすれば佐久早に会わずに済む。

「佐久早に?待ってて呼んでくる」
「あっ、いや渡して、せんぱ、」

私の返事を待たずに飯綱先輩は体育館の中へ入っていく。やめてー!と思う私の想いも虚しく佐久早に声をかけた。佐久早はやっと私に気がついてゆったりとした足取りでこちらへやってくる。部活中だからかマスクはしていない。こちらへ歩いて来る間視線は絡み合ったままで、心なしかバチバチと音が鳴ってる気がした。佐久早、何か怒ってる?

「なに」
「えっと、先生からコレ、頼まれて」

クリアファイルを差し出すと受け取って中身を確認した佐久早は「あぁ」と納得したようだった。任務を完了した私は「じゃあ、私はコレで」とその場を立ち去ろうとした。

「待て」

ガシッと音が聞こえそうなくらいガッシリと佐久早が私の手首を掴んだ。しまった逃げ損ねた。

「スカート折るな。短え」
「そ、んなの私の勝手じゃん!」

出た!お小言星人め、ムッとして言い返すと佐久早は眉間に皺を寄せる。眉間に山脈が出来た。
大体スカート丈を元に戻しちゃうと、校則に準じた膝下になる。普段紺のハイソックスを履いてるからスカートと繋がった様になって途端にダサくなるのだ。
それに今だったら部活着の佐久早の方が足が出ている。露出度という点だけで言えば佐久早の方が素肌が出てる面積は多いのに、何で怒られなきゃいけないの。

「そんな丈の癖に廊下ドタバタ走りやがって落ち着きがねぇのか」
「そんなに気に触るなら視界に入れなきゃいいでしょ」
「入ってくるな」
「はぁ?」

佐久早にムカつきながらも、あれ?案外普通に話せてるな、と気が付く。良かった、やっぱり夢は夢なんだ。

「…お前、最近俺見ると逃げてんだろ」
「…えぇ?」
「誤魔化すな。あからさま過ぎるんだよ」

ホッとしたのも束の間。油断したところに佐久早からの不意打ちを喰らってしまった。怒ってる様に見えたのはこれを言うためだったのか。理由とか話せるわけない。夢にあなたが出て来て意識してましたなんて恥ずかしすぎる。

「別に避けてなんかないし。ていうか、お前お前って言わないでよ。私の名前忘れちゃったわけ?」

話を誤魔化そうと特に気にもなっていない事で佐久早に突っかかる。
佐久早は何言ってんだと言いたそうな表情で私を見ていた。視線があまりにも冷たい。優しさの代わりにその綺麗な顔を与えられたんだろうか。

「… 名前」
「え?」
「名前」

これで満足か?と聞こえてきそうな顔の佐久早が私の名前を呼ぶ。普段名字で読んでるくせになんで急に名前で呼ぶの。
心臓が猛ダッシュした後みたいにバクバクと動き出す。佐久早の顔を直視できない。だって、名前を呼んだ優しい声を、私は知っている。その声が愛しい人間を呼ぶのを聞いたから。

「っ、おい!」

急に駆け出した私の背中を佐久早の声が追いかける。
とてもその場にいられなかった。だって、あのまま佐久早といたら、佐久早のこと、好きになってしまう。顔が熱い。心臓がうるさい。呼吸がままならない。
未知の気持ちから逃げ出す様にただただ夕日に染まる道を駆けた。もう手遅れだって気がつかない様に。


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