復活のおまじない2



2人だけの内緒のおまじない。大好きだよのおまじない。いつか消えちゃうおまじない。
私はもうお役御免のはずだった。

「名前!」

人の声に色があるとすれば、彼の声は太陽のオレンジだとか、光の黄色だとかとにかくまぶしい色をしていると思う。
そのまぶしい声の主は、これまでもずっとそうしていたのかのように私のもとへ駆けてくる。そして、迷わず私の手を取った。まるで恋人にそうするみたいに。

「名前!名前は俺のこと好きだよな?!」
「きゅ、急に何!?」

真っ昼間の廊下で突然そう問いかけられたら、誰だって驚くと思う。
光ちゃんは真剣な顔で、「だから、俺のこと好きだよな?」と同じ問いを繰り返す。

「木葉が、あれはただのおまじないで、別に名前が俺のこと好きだって限らねーって言うんだよ。なぁ、俺たちリョウオモイだよな?」

そう言われて、昨日の朝、木葉からの知らせに度肝を抜かれたことを思い出した。光ちゃんが、私と両想いだと思ってるという話だ。私は口から飛び出そうな心臓を抑えつつ、「違う。アレはただのおまじない。そんなんじゃない」と努めて感情の無い平坦な声で告げた。そして、「木兎にちゃんと言っといて」と念を押したのだ。どうやら木葉はちゃんと私の頼みを聞いてくれたらしい。
私はもう、光ちゃんから身を引く決意をして体育館を去ったのだ。これが最後なんだと決めて。
なのに、ここにきて急に光ちゃんからの両想い発言が飛び出した。とても平静でいられない。ここにきてどうして、という気持ちと、今更なにを、という気持ちがせめぎ合う。

「…がう」
「え?」
「違う。両想いじゃない。あれはただのおまじない」
「え〜!?俺もう姉ちゃんたちに名前とリョウオモイって言ちゃった!」
「ちょっと!」

木兎家のお姉さんたちは私も顔見知りで、子供の時は光ちゃん共々可愛がってもらった。ここ数年は光ちゃん同様少し疎遠で、あまり会ってはいない。

「姉ちゃんたちよくやった!って喜んでたのに…」
「そ、れは、その…別に私、光ちゃん好きじゃないし」

そう言われるとなんか悪いことをしているような気分になってしまう。いや、嘘をついているという意味では私は悪いことをしている。嘘つきの私はキュッと下唇をかんだ。何か言いたげな顔の光ちゃんは、じっと私を見たまま動かない。
廊下でこれ以上視線を集めたくなくて、なんとか光ちゃんの手を振り払って教室へ逃げる。その日それ以上光ちゃんが私のもとに来ることはなく、諦めたかなと胸をなでおろした。




翌朝「お前やりやがったな…」と頭を抱えた木葉を見て、何が起きてるのかなんとなく察してしまった。

「たった1日2日でまたしょぼくれさせやがって」
「私のせいなの?」
「名前に好きじゃないって言われたって言ってんだからお前だろうよ!」
「ていうかしょぼくれたって、周りがカバーしてるって聞いたよ?今回も何とかなるでしょ?」
「なるかもしんねぇけど、しょぼくれてないほうが良いに決まってんだろ」

深いため息を吐いた木葉は、私の前の席にドカッと腰をおろす。

「お前さぁ…、木兎のことどう思ってるわけ」
「どうって、幼馴染だよ」
「好きじゃねぇの」
「…違うよ」
「ふぅん。ま、今回はオマジナイじゃどうにもなんないって本人も言ってたし、お前の出る幕はないかもな」

そう言われて、何故かひやりとした。光ちゃんにはもう私はいらないといわれたような気分になる。自分で、もうお役御免って思ってたくせに、ここで傷つくなんて勝手だ。でも、私は確かに、傷ついていた。
両想い。確かに私たちは今、両想いなのだと思う。
だけど、素直にそれを受け入れられない私がいる。突然存在を思い出したかのようにこちらを向かれても、納得いかない私がいる。私が、ずっと光ちゃんに想いを募らせていたように、焦がれていたように、光ちゃんも私を想って、同じだけ胸を焦がせば良いと思ってしまう。
そんな自分が嫌になる。でも、どうやったら自分が素直に光ちゃんの気持ちを受け入れられるのかもわからない。
人間の感情ってどうしてこうも面倒なんだろうか。



どうすることもできないまま迎えた昼休み、私は借りた本を返しに図書室にいた。本の森のようなそこは、別の世界みたいで現実逃避に丁度良い。

「苗字」

場所柄か控えめに声をかけられて振り向けば、タカハシくんが参考書片手に立っていた。

「タカハシくん」
「そっちも赤本借りに来たの?」
「ううん。私は息抜きの読書」
「そっか」
「どこの赤本?」

話の流れで、タカハシくんが持っている赤本を見せてもらう。すると、「あ、」と彼が声を上げた。

「苗字、まつ毛にほこりついてる」

目、閉じて、と言われるままにそうすれば、まつ毛に指が触れる感覚がした。これって、少女漫画とかでよく見る。勘違いされるやつだなぁ、と思った。ちょうど良いタイミングで、誰かに見られて、キスしてたとか抱き合ってたとか勘違いされるやつ。

「苗字さん?」

そうそう、こんな感じで。

「え?」
「木兎さんというものがありながら…」

振り返ると、本を抱えた赤葦くんが「浮気者!」とでも言いたげな顔で立っている。

「あれ?苗字って木兎と付き合ってんだっけ」
「違う違う全然違う」
「そんなに否定しなくても」

見られたのが木兎さんじゃなくて良かったですね、と赤葦くんは宣う。どうやら、私をからかってみただけのようだった。顔が普段と変わらな過ぎて本気か冗談かわかりづら過ぎないか。
2人と別れて図書室を出ると、急に現実に戻ったような感覚に襲われる。ざわめきに溶け込むように階段を下り、お手洗いに入った。
すると、私の後に入ってきた子たちだろうか、その会話の中に私の名前が聞こえた。

「木兎がさぁ、苗字さんにフられたの知ってる?」
「え、そうなの?もったいない。付き合っちゃえばいいのに」
「ていうか、何繋がりか謎じゃない?私まりあちゃんとくっつくと思ってた」
「あぁまりあちゃんの方がかわいいよね」
「フったていうか、流石に釣り合ってないのわかってたんじゃない」

苗字さん、木兎とお似合いじゃないでしょ、と本人が個室の中にいるとも知らずに交わされる会話はグザグサと私の心をえぐった。

「釣り合っていない」という言葉が重く圧し掛かる。そんなのわかってる。誰よりも自覚している。幼馴染という細い糸でしかつながっていない私たちは隣に並べたってアンバランスで、お世辞にもお似合いとは言えない。後まりあちゃんって誰だ。

指名手配犯の様に息をひそめてお手洗いから出る。そのまま、フラフラと上履きのまま校舎の外に出て、人気のない花壇の前にしゃがみ込む。1人になりたい時は、大抵いつもここに来ていた。
自覚があっても、他人に言われると傷つくものだ。体育座りの状態で膝に顔を埋める。このまま5限をさぼってしまおうか。
ふと、誰かの足音がした。勝手だとは思うけど、ひとりになりたい気分だったからどこかにいってくれないかなぁ、と思う。足音はどんどん近づいてきて、「名前」と私を呼んだ。太陽の光みたいに暖かい声だった。

「なんで…」
「たまにここにいるの見てたんだよね」

教室の窓から下覗くと見えるから知ってた、と光ちゃんはにかっと笑う。

「ここで本読んだり昼寝したりしてるの、窓から見てた」

かわいーなって、そう言って光ちゃんは私の隣に腰をおろす。

「さっき赤葦にさ図書館で男子と良い感じなとこ見たから、うかうかしてると別の男に取られますよって言われて、焦って教室行ったらいねーからここかなって思った。正解だったな」
「….見られてたなんて知らなかった」
「気付かねーもんだなって思ってた…なんかあった?」

元気ない気がする、と光ちゃんは顔を覗き込んでくる。心配そうな顔に、胸の奥の方に火が灯るような暖かさを感じた。

「大丈夫。もう少ししたら元気になると思うから」
「ほんと?昨日も俺のこと好きじゃないって言った時、唇噛んでたよな。あれって我慢してる時の癖だろ。なんか我慢してんのか?」
「我慢っていうか、なんて言ったら良いのかな…葛藤?」
「…おまじないしようか?」
「え?」
「俺ずっと、してもらってばっかだったからさ」

たまには俺にさせて、と私の頬に手を添える。 

「名前が元気ない時は、俺が元気にする」

待って、と制止する前に唇が頬に触れた。ちゅっと、可愛らしい音が鳴る。右の頬から左の頬へ、そして額に移った唇は鼻の頭へと滑り降りる。
そして、ぎゅっと大きな体に抱きしめられた。力が強くて少し苦しい。おまじないをされる側になって初めて、相手の大好きがこんなに伝わってくるのだと知った。今まで光ちゃんはこんな気分だったのかと、途端に気恥ずかしくなる。

「名前、大好き!」
「…私も」

至近距離で眩しい笑顔を見て、何故だか頭の中でモヤモヤ考えていたことがどうでも良くなった。1人で拗ねる必要なんて無かった。光ちゃんは、私のことちゃんと見てくれていた。
すんなりと、大好きの返事は口から滑り出た。偽りのないありのままの感情だった。

「ほんとに?俺たちリョウオモイ?」
「ふふ、うん。両想い、かな」
「よっしゃーーー!!」
「光ちゃん!しーっ」

人が来ては堪らない、と声を抑えるように注意する。はっ、と口を押さえた光ちゃんは、それでも嬉しそうに「名前!」と呼んだ。

「なに?」
「大好きだぞ!」
「…私も。光ちゃんが大好き」


私の返事を聞いた光ちゃんは、抱きしめる腕にますます力を込めるものだから、苦しくて仕方なかった。だけど、それが嬉しかった。

2人連れ立って校舎に戻れば、偶然会った木葉にワケ知り顔で「本当、手のかかる奴らだよ」と言われた。
「もうしょぼくれさせんなよ」という木葉に「おまじないがあるから大丈夫だよ」と笑い返す。
「…お前ら爆発しろよまじで」と嫌そうな顔をした木葉を見て、私と光ちゃんは顔を見合わせて笑ってしまったのだった。



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