それは正夢になり得るか

夢を夢であると自覚した状態で見る夢を「明晰夢」というらしい。さほど特殊な現象でもなく、脳のある部分が半覚醒状態にある際に起こり得るのだという。
そんな現国の先生が語っていた明晰夢の話をなぜ今思い出しているのかと言うと、まさに今「夢だと自覚できる夢」を見ているからに他ならない。

恐らくはどこかの家の寝室であろう部屋。控えめなトーンの寝具や家具で整えられたそこは私の部屋ではなかった。
私の部屋はもっと散らかっているし、観葉植物もない。それに、落ち着いたトーンは好きだけど、ここまで落ち着いているのは選ばない。寝具の優しいペールカラーは確かに好みだけど。
そんな優しい色合いの大きなベッドにはヒト1人分のふくらみがある。誰かが寝ているのは明白だ。好奇心に駆られてそおっとベッドに近づく。髪の長さから見て女性のようだった。
横を向いて眠っている姿に、奇遇だね私も横を向いて寝る派なんだ、と心の中で語りかける。夢とはいえ、当然眠る相手からの返事はなかった。
眠る女性の顔を見て、驚きに目を見開いた。この顔は知っている。
毎日鏡越しに見ている顔。

「…私?」

自分の寝顔なんて見たことはないけれど、それでも自分だと分かった。だけど、どこか違う。思春期真っ盛りと言わんばかりにパンッと張っている頬は今より控えめなラインを描き、余分な脂肪が落ちた印象を受けた。
もう少し痩せたいという願望をこうして夢で見ているんだろうか。なにより、髪の長さが違う。私の髪はこんなに長くない。変なの、と思いながら自分の毛先を指で触っていると、寝室の扉がガチャ、と開いた。
ぎょっとして咄嗟にしゃがみ込む。

現れたのは男性だった。勝手知ったるという感じでベッドに近づくと「おい」と口を開く。私に向けて言ったのかと身を縮こまらせるが、視線はベッドの上を見ていた。どうやら私のことは見えていないらしい。さすが夢。

「名前。起きろ」

見えていないことに安心したからか、その声に聞き覚えがあることに気が付いた。男性の顔をじっと見つめ、再びぎょっとする。

「さ、佐久早ぁ!?」

突然現れたクラスメイトに素っ頓狂な声をあげてしまった。なんで佐久早が私の夢に登場するの。一体全体どういうことかと、水底からぽこぽこ上がってくる気泡のように疑問が浮かんだ。
ふと、現国の先生の「明晰夢は自分の意志で内容を決められる。つまり願望が反映される」という話が頭を過る。まさか、私が望んで佐久早を登場させているとでもいうのか。
佐久早の声に反応して、ベッドの中の私が伸びをし起き上がる。佐久早に向かって何かを言うが声は聞こえない。
大方おはようとでも言ったのだろう。佐久早はいつもの仏頂面のまま「うん」と返した。

佐久早って表情筋の代わりにバレーに使う筋肉を手に入れたんじゃないだろうか。表情筋も鍛えた方がいいと思うんだけど。
そんなことを考えていると、2人が部屋を出て行こうとしたので慌てて私もその背中を追った。

隣の部屋はリビングで、座り心地が良さそうなソファに佐久早は腰掛ける。私はキッチンに入り何やらガチャガチャとしていた。お茶でも入れてるんだろうか。
ソファに座る佐久早を改めてじっと見つめる。なんというか、私の知る佐久早と少し違う気がする。いつも校則違反にならない短さに整えられているだけの癖毛は綺麗にセットされて、どこか都会的なスタイリッシュさを感じさせる。それに、体付きだって違う。知る姿と変わらず大きいけど何だか厚みがあるような、逞しさがでたようなそんな印象だ。うーむ、と佐久早を観察しているとマグカップを持った私がボスン!と勢いよく佐久早の隣に座った。

「もっと静かに座れ」

嫌そうな顔の佐久早にそう言われた私は、笑いながらごめんというジェスチャーをしてお茶を飲む。
私の知る佐久早が僅かながら輪郭に残していた少年の柔らかさを削ぎ落とした彼はまるで大人のようだ。いや、大人だった。これは大人の佐久早。じゃあ隣に座る私は大人の私?でもどうして2人が一緒にいるの?夢だから?これが私の願望なの?
でも私、佐久早の事なんて好きじゃない。どちらかと言えば飯綱先輩派だ。佐久早はなんていうか、観賞用って感じがする。それに佐久早ってちょっと説教くさいところがあるし。やれ、どたばた走るな、居眠りするな、くしゃみする時は手を当てろ、あいつと話すな、見んじゃねぇetc.
あれこれ言われるので嫌われてるのかとも思ったけど、性格的に嫌いなら関わらない気がする。マジで私の行動が目に余るだけのようだ。それはそれでどうなのかとも思うけど。

徐に、私がマグカップをテーブルに置いた。そして、手を佐久早に伸ばす。きっと見慣れたあの嫌そうな顔で拒否すると思ったけど、予想に反して佐久早は大人しくその手を受け入れた。私の手は特徴的な額の黒子に触れ、そのまま愛おしむように佐久早の輪郭を撫で下ろす。まるで恋人にするような甘い戯れ。そんなことをする自分も信じられないし、それを受け入れる佐久早も信じられない。それに、佐久早に触れる私の左手薬指に光る指輪も。

されるがままの佐久早の瞳は雄弁で、優しげな光を灯して私を見つめている。それは、大事に想う人間を見る瞳だって、直観のようにわかった。見たことないくらいに甘い瞳。なんでこんなにドキドキしてるんだろう。佐久早相手に。理解できない感情が心臓の周りを渦巻く。
佐久早が、顔から離れようとした私の左手を掴み、グイッと引き寄せた。見つめ合う2人。
2人の顔が近づいて、微笑んだ私が目を閉じて、そして。



「わーっ?!」

ガバッと起き上がると、そこは見慣れた自分の部屋だった。ドクドクとなる心臓は早鐘のようで、見たモノの衝撃の大きさを感じさせる。
夢、アレは夢だ。未来の私たちなんかじゃない。私の脳が作り出した夢。だけど深層心理とか願望とかじゃない。
そう言い聞かせても頭はすっかり冴えていて、当然眠れるはずなんてなかった。



「…おはよ」
「顔酷いな」

そういう時に限って寝不足の原因に朝イチで会うものだ。どうやら朝練がミーティングだけで終わったらしかった。
昇降口で鉢合わせた佐久早はいつもの無愛想さで私の顔を見るなり先制パンチをかましてくる。愛想の代わりにその長身を手に入れでもしたのだろうか。おはようくらい言ったらどうなの。
あ、夢の佐久早もおはようなんて言ってなかったな…いやいやアレは夢だって!と、脳内は騒がしい。
そんな私なんて知らない佐久早はスタスタと教室へ向かう。その姿はよく知る佐久早でどこか安心感を覚えた。

「佐久早」
「何」
「佐久早ってさぁ、好きな子とか見る時どんな顔するの」
「ハァ?」

意味がわからないと言いたげに佐久早の眉間にシワが刻まれる。その深いシワを佐久早山脈と心の中で呼んでいた。バレたら多分汚物を見る目で見られるだろう。
夢で見た佐久早と違う部分をもっと見つけたかった。そして、これだけ相違してるのだからやっぱりアレは夢なんだと自分を安心させたかった。それだけ明晰夢とは言え変にリアリティのある夢だったのだ。

「ごめん、何となく」

古森とかに聞くことにする、とお茶を濁して教室に向かおうとすれば、「おい」と言われる。
真剣に捉えなくて良いんだってば、と言い出しっぺであることを棚に上げて振り返ると、佐久早がじっと私を見下ろしていた。

「意味がわからねぇ」
「……え」
「おい、なに見てんだ」

ヤメロ、と言葉が相変わらず無愛想な佐久早の瞳を見て思わず固まる。見るなって言うけど、信じられない気持ちで目が離せない。
だって、その瞳。それを私は知っている。何でその目で私を見てるの佐久早。
ザワリ、心臓の周りをまた、理解できない感情が渦巻き始める。
その感情の答えは果たして見つかるんだろうか。


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