回転寿司と回る恋
「苗字さん何食べる?俺はやっぱマグロかなー」
ピッピッと手際良くタッチパネルを操作する彼は、笑顔でマグロの写真を選ぶ。はしゃぐ子供の声、お店オリジナルのBGM、回る寿司ネタ。みんな大好き回転寿司。
いや回転寿司って!とやっとそこで我にかえった。
初めての2人きりの食事でまさか回転寿司に連れてこられると思ってなかった私は、これは脈無しのやつじゃん、と内心凹んでいた。
「今帰り?メシ行かない?」と誘われた時に、キタ!!とめちゃくちゃ期待しただけに落胆も大きい。
だって、気のある相手を回転寿司に連れてきたりしないって女性向けの雑誌にも書いてあったもん。
「私は…サーモンがいいな」
「サーモンっと…他は?」
「鯵と蛸とほたて」
「いいね、ポテトは?」
「食べる!」
もうこうなったらヤケだ!と食べたいものを上げ連ねていく。もたつくことなく注文を終えた古森さんは、ふぅ、と一息ついて私が準備しておいたお茶をひと口飲んだ。
「あ、もしかして粉綺麗に溶かしてくれた?」
ちゃんと混ざってる、と彼は嬉しそうに笑う。
こういう、こっちがわざわざ言及しないところにも気がついてくれるところがいいなぁって思っていた。
古森さんと私は、説明するならば会社の同僚という奴で、もっと詳しく言うと、古森さんは私の好きな人だった。
弊社は年齢の上下に関わらず“さん”付けで呼ぶ社風だから、一つ下の後輩である彼を私は古森さんと呼んでいる。社会人になれば2,3歳の年の差なんて誤差みたいなもので、ほぼ同世代として仲良くさせてもらっていた。
「おっ、来た来た」
古森さんは嬉しそうに流れてきたマグロを取って「いただきます」と食べ始める。律儀に手を合わせて食事を始める姿が好印象だ。もともと好きというバイアスがかかっているから、よっぽどのことが無い限り、些細なことが好印象に映ってしまう。そんな恋のやっかいな現象に私は悩み続けていた。
「ん、苗字さんのも来たんじゃね?」
「ほんとだ」
流れてきたお寿司をレーンから取る。
「あれ、鯵2皿ある」
「俺の。苗字さんの頼むときに旨そうだなって思って俺も頼んじゃった」
そう言って悪戯っぽく笑う顔に、頬が熱くなる。そうやって、同じもの頼んだりするのはズルいと思った。それに、その笑顔も。
ドキドキしていることがバレないように仕事の話なんかをしながら私もお寿司を口にする。
「あ、蛸美味しい」
もっかい食べたいかも、と思わず呟くと「わかる。旨かったやつってリピートしちゃうよなぁ」と古森さんも頷く。わさびはいる派か、ガリは食べる派か、肉系のネタをどう思うかなんて話をしながらわいわい食べ進めていく。落ち込んでいたっていうのに、何だかんだ楽しんでしまっていた。
「ポテト遅いね」
「今ジャガイモ収穫してんじゃね?」
「ふっ、何それ」
じゃあしょうがないね、なんて笑っているとちょうどポテトがやってくる。
「噂したら来た」
「ほんとだ」
ふふっと顔を見合わせて笑う。
何気ないことだけど、きっと向こう一週間、この瞬間のことを思い返す気がした。
「うぅ、お腹いっぱい…」
「え、もう!?」
「お寿司ってシャリがぎゅってしてる分、意外とすぐお腹いっぱいにならない?」
「あ〜…わかるけど俺はあんま影響ないな」
「えぇ…」
古森さんの言う通り、彼の近くに積み上げられたお皿は既に私の倍くらいの枚数だった。彼は実業団の選手だし、まだまだ成長期ばりの量を食べられるのかもしれない。
茶碗蒸しを食べていると、古森さんがタッチパネルを触りながら「デザート何にする?」と聞いてきた。私はタッチパネルを眺めながらう〜んと頭を悩ませる。
「…カタラーナとわらびもちで悩んでる」
「両方食えば?」
「それはちょっと乙女心が…」
「乙女心ぉ?」
食いしん坊だと思われたくない乙女心が、どっちかだけにしなさいよ、と私に囁く。
古森さんは不思議そうな顔をした後「カタラーナにしなよ」と私の返事を待たずにカタラーナを注文してしまう。私はその強引さに少しびっくりして、早く決めろよって呆れられちゃったんだろうな、と俯きがちにお茶を飲んだ。
「お、デザート来た」
表情を明るくした古森さんが、レーンからデザートを取る。そして、自分の前にわらびもちを、私の前にカタラーナを置いた。同時にようじを一本取ってわらびもちに刺す。そのわらびもちは、古森さんの皿を離れて私のカタラーナの皿に無言で着地した。
「え?」
「あれ、両方食べてみたかったんじゃない?」
わらびもち一個ならカロリーオーバーにもなんないっしょ、と古森さんは笑った。
ぐわっと身体の奥底から熱いものがせり上がってくる。そうだ、私、古森さんのこういうところが好きなんだ。
印刷機の用紙が切れたタイミングで替えを持ってきてくれたり、急遽対応しなきゃいけない案件が飛び込んできたときに「こっちは俺がしとくから行っといで」って送り出してくれたり、ちょっと疲れたなってタイミングでお菓子を分けてくれたり、そういう押しつけがましくない親切に私は何度も助けられた。
古森さん、妹がいるっていってたから面倒見がいいだけかもしれない。それでも、重ねられていく優しさに私はすっかり心を掴まれていた。
「ありがとう」
「うん」
顔が赤くなってないと良いなぁと思いながら口にしたわらびもちはいつもよりもっと甘い気がした。
「そろそろ行こっか」
「うん」
会計のボタンを押せば、店員さんがお皿を数えにやってくる。
「レジでお会計お願いします」
「はーい」
伝票を受け取った古森さんが立ち上がった。
「あ、いくらだった?」
そう訊ねながらお財布を出すと、古森さんが苦笑いで「いいって」と私を制す。
「いやでも、」
私の方が先輩だし、と言おうとした私に、古森さんが照れ臭そうに口を開いた。
「好きな人の前くらい、カッコつけさせてよ」
「え、」
その言葉に私が固まってしまった隙に、古森さんはお会計をすませてしまう。
「おまたせ」
「いや、あの、ごちそうさまです」
「うん」
「えっと、」
混乱状態で言葉が出てこないでいる私に、古森さんはにっこり笑った。
「次はさぁ、駅前のイタリアン行こっか」
「イ、イタリアン?」
「今日は俺が緊張しないように慣れた店選んじゃったからさ、お洒落なとこじゃなくてごめんな」
なはは、と笑う古森さんはいつ空いてる?と私の予定を確認する。
「え、あ、来週の水曜と金曜が空いてます」
「はは、敬語になってる。じゃあ金曜にしようぜ」
「う、うん」
よっしゃ、帰るぞー、と古森さんは歩き出す。
私は、夜の肌寒さすら感じないくらいに身体が火照るのを感じながら、思いの外広いその背中を慌てて追いかけたのだった。