復活のおまじない


「俺も!」

そう言ってニカっと笑う顔が好きだった。
2人だけの秘密のおまじない。
絵本に載ってたものを真似しただけの、元気が出るおまじない。

だけど私にとっては、ほんとにほんとに特別な儀式だった。体が大きくなるにつれて段々とおまじないをかける回数が減って、今となってはそんなことしてたなんて嘘みたいに関わり自体が無くなってしまった。
ずっと同じ校舎で過ごしてたって、性別が違えばそんなものなんだろう。
子供の頃から太陽みたいな彼をみるのが好きだった。
それは今も変わらない。遠目に見れるだけで満足だった。

穏やかに高校生活を終えて、それで私たちの道は完全に違えるのだと思っていた。そして彼の記憶の中に、私という存在がゆっくり溶けていくのだと。


そんな私の予想が打ち砕かれたのは、いつも通りのはずの昼休みのことだった。

「あれ、木兎くんだ」

友達の声にパッと顔をあげれば、背の高い男がキョロキョロと教室に視線を巡らせている。
学校の有名人の登場に、男女問わず好奇の眼差しが彼に注がれていた。

「木葉に用なんじゃない?」

何も気にしてない風に答えたが、心臓はバクバクと正直な反応をしている。
何しにきたんだろう。
お弁当をつつきながら成り行きを見守っていると、木兎に気付いた木葉が彼に近づいて何やらひとことふたこと交わしたかと思うと、キョロキョロと教室を見渡し始めた。
誰か探してるのかな?と友達が呟いたと同時に、パチっと目があった木葉が私を指差した。
そして、指差された方を追った木兎の視線も私を捉える。

「名前!」

ニパッと人好きのする笑顔で私の名前を呼んだ木兎は、ズンズンと近づいて来たや否や「名前!おまじないしてくれ!」とよく通る声で言い放った。

「え?」と聞き返す私の横では友達が「え?知り合い?」と戸惑いの声を上げる。
木兎の後ろに立つ木葉も、同じように戸惑いを顔に貼り付けていた。
そんな私たちの戸惑いを他所に、木兎は私の机に顎を乗せて「きーてくれよ!」と話し始める。

「俺さぁ、なーんか最近チョーシでねーの。んで、名前におまじないしてもらったらいつもチョーシ良かったなって思い出したんだよね」

と、人好きのする笑顔で木兎は言った。

「子供の頃の話でしょ。しない」

つれなく言えば、「えー、いいじゃん。ちっせー時はしょっちゅうしてくれてたし」と口を尖らせる。

「小さかったからだよ」
「でも中学ん時も一回してくれたじゃん」
「あっ、れは!光ちゃんが元気なかったから!」

私の言葉に、友達と木葉が「光ちゃん!?」と驚きの声を上げる。
しまった。勢いでポロっとででしまった。
悪いけどそこをあんまり掘り下げないで欲しい。

中学の時少し部活で浮いていたのを知っていた。だから心配で、1人でいるその背中に「おまじないする?」と聞いてしまったのだ。あんな寂しそうな背中を、放ってなんかおけなかった。

「今も元気ねーからしてくれよ」

しょんぼりとしつつ食い下がる光ちゃんにグラリとするが、高校に入ってから私のことなんて忘れたみたいだったくせに、何を今更と拗ねた気持ちが釜首をもたげる。

「私じゃなくても、頼めばしてくれる子が沢山いるでしょ」

知ってるんだぞ。
1年の時女バレの子といい感じだったのも、最近2年の可愛い子に告られたのも、同じクラスのマミちゃんかわいーっていってたのも。
全部知ってるんだからね。だって、ずっと見てたから。
そう思った途端鼻の奥がツンとした。

「なぁ名前頼むって」
「嫌なものは嫌!もう教室戻って」

私の拒絶を聞いた光ちゃんは「わかった…」と肩を落として去っていった。
あっさり引いてくれたことにホッとしていると木葉が何か言いたげにこちらを見ていることに気がついた。

「なに木葉」
「いや、そのさ。木兎のやつまじで最近調子上がんなくてさ。苗字の、そのオマジナイ?ってやつで調子取り戻してくれるんならマジ助かるんだわ」

アカアシがなにいってもダメって困ってんだよ、と木葉は私の顔色を伺うように言う。

「アカアシ?」
「木兎のめんどー見てる後輩」
「ふぅん」

後輩に面倒みられてるのか。

「まぁ、考えといてくれよ」

そう言い残して木葉は男子の輪に戻っていった。詳しいことを聞きたがる友達をのらりくらりかわしながら、考えといてって言われても、この話でこれで終わりでしょ?と木葉の言葉をさして気にも止めていなかった。

しかし、そうは問屋が卸さないと翌朝知る羽目になる。

「なぁ苗字。マジで頼むよ」

朝練終わりの木葉が弱った様子で私の席へやってきて両手を顔の前で合わせる。

「何、どうしたの?」

驚く私に「木兎だよ!」と木葉は分かってんだろ?と言う顔で言った。

「マジであいつの調子戻んねぇんだよ」
「その内なんとかなるでしょ」
「なんねぇから言ってんじゃねえか。というか、こうなったのはお前のせいでもあるんだぞ」

木葉はそう言ってジロリと私を睨め付ける。

「なんで私のせいなわけ?」

意味わかんない、と返せば、こないだコンビニにタカハシと2人でいたろ。と言われる。
確かに、先日の帰宅途中寄ったコンビニでバッタリあったクラスメイトのタカハシくんとその場で世間話をした記憶がある。

「いたね」
「そん時俺ら道路の向かいからお前ら見かけたわけ。んで、付き合ってんのかな、とか言ってたら、いっつもうるせー木兎がなんか静かでさ。あれ?と思って見たら怖い顔でお前らのことみてたんだよな。そんでそのあともやけに静かでさ、怖かったぜ。それからだよ、アイツの調子が悪くなったの」

そして、木葉は続ける。
だからさ、寝た子を起こしたのはお前ってわけ!と。

待ってよ、それじゃまるで、私が男子といたことがショックだったみたいに聞こえる。
理解が追いつかない私は「木葉にしては難しい言葉知ってるじゃん」と返すので精一杯だった。
正直たいして深刻に考えてなかった私だが、梟谷バレー部のみなさんが本当に困ってるんだと感じ始めたのは同じ日の昼休みだった。
お昼を済ませた頃に私の前に現れたのは、昨年同じクラスだった猿杙をはじめ3年のバレー部主力たち。

「頼むよ苗字。木兎のお願い聞いてくれってー」
「いや」
「そんなこと言うなって。な?」
「私じゃなくて別の子にしてもらって」

意地をはる私は、懇願する猿杙たちにそう言って女子トイレへ逃げた。
卑怯と言うなかれ。

だけど、それだけでは終わらなかった。
放課後私のもとにやってきたのは、バレー部マネージャーの2人。
少し時間いい?と遠慮がちに廊下へ誘われ、説得を試みられる。

「別の人でなんとかなるならってオマジナイの内容聞いても、木兎のやつ教えてくれないの」
「そうそう。名前、名前、ってうわ言みたいにいってるよー」

雀田さんと白福さんは、だから私の力を貸して欲しい。と言う。彼女たちの言葉に少しだけ気持ちがぐらつき始めてしまった。

「私…その、ごめん…ちょっと考えさせて」

根負けしそうになった私は、考えさせて欲しいと2人に頭を下げる。
2人は即断できない私に優しく、無理しないでと言ってくれた。いい子達だ。そんないい子達を困らせる私はなんなんだろう。
自己嫌悪に陥りはじめた私を、噂の赤葦くんが訪ねてきたのはそのまた翌日のことだった。

「苗字さんですか」
「はい…」
「2年の赤葦です」

ひとつしか変わらないけど、ハキハキとした話し方にしっかりした子だなと思う。
細かいことは言いません。と、赤葦くんは前置きして深々と頭を下げた。

「お願いします。今日一緒に部活に来てください」

その姿を見て、いよいよ意地を張ってるのがバカみたいに思えてしまった。
同時に高校で彼はいい仲間に恵まれたんだな、と嬉しくなってしまう。親か。
「うん。いいよ」と答えると、赤葦くんは、本当ですか?約束ですよ?と詰め寄るように確認してくる。その勢いに苦笑して「大丈夫、逃げないよ」と返せば、「放課後迎えにきます」と真面目な顔で言われた。
コイツ疑ってるな。


やる、とは決めたものの、複雑な気持ちは拭い切れていないようで、体育館を前にして、私はすっかり怖気付いてしまっていた。
下を向いて歩みを止めた私をみた赤葦くんは、この期に及んでなにを、というオーラを隠しもせず「行きますよ」と右手をつかんだ。
子供のように手を引かれて体育館に入れば、当然ながら異分子である私に視線が集まる。
もちろん、光ちゃんだって私に気がつくわけで。

「なんで赤葦と名前、手ぇ繋いでんの?」

射抜くような視線に心臓がヒュンっと縮こまったような錯覚に襲われる。

「木兎さん。苗字さんが木兎さんのためにひと肌脱いでくださるそうです」
「えっ!」

赤葦くんの言葉に光ちゃんの目がキラッと輝いた。さっきの視線が嘘みたいだ。
なんだなんだと他のバレー部の主力や、マネージャーたちも集まり、私はすっかり逃げられなくなっていた。

もうこうなったらヤケだ!女は度胸!と鞄を床に下ろし「光ちゃん」と名前を呼ぶ。
光ちゃんは、それだけで私が求めることが分かったようで「ん、」と膝に手をついて屈んでくれた。
期待に満ちた顔が小さい頃を思い起こさせる。

私は両手を光ちゃんの頬に添えて、顔を近づける。
右の頬に唇を触れさせた瞬間、ギャラリーから「えっ?!」という声が上がった。
私は恥ずかしくて逃げ出したい気持ちを押さえつけて、唇を左の頬、額、そして鼻の頭へとチュッ、と音を立てながら滑らせる。
仕上げに首にギュッと抱きつくと、光ちゃんも昔のように私の腰に腕を回した。

「光ちゃん!大好き!」

小さい頃からそうしてるように、大好きの気持ちを込めて彼に抱きつく。
すると「俺も!」と昔と変わらない返事。

それを聞いて光ちゃんから離れると、何故かガクッと下を向いてしまった。
嘘、効果なし?と不安がよぎったが次の瞬間には「ヘイヘイヘーイ!あかーし!トスあげて!」と両手を天に突き上げた。その姿に、もう心配ないだろうとホッと胸を撫で下ろす。
嬉しそうな赤葦くんは「着替えてきます!」と体育館を飛び出していった。
私もそれに続けとばかりに鞄をとって、出口へと向かう。光ちゃんは既にコートへと駆け出していた。

「苗字さん」

帰ろうとする私をマネージャーの2人がなんともいえない顔で呼び止めた。

「あの…私らオマジナイがアレだって知らなくて…」

少し気まずそうな2人に、私もさっきのことを思い出して急に恥ずかしくなる。

「ごめん、私たちの前で恥ずかしかったよね」
「…恥ずかしかったけど、なんとか元気出たみたいでよかった」

嫌がっててごめんね、と言うと、いやアレは嫌がっても仕方ないよ、と返してくれた。

「なんか、木兎が苗字さんじゃないとダメっていってたのわかった気がするー」

今度試合見にきてやってー、と白福さんが言ってくれる。
私は「機会があれば」と返して2人に別れを告げた。

なんだか憑物が落ちたような気分だった。
私の役目を終えたようなそんな感じ。もう光ちゃんと関わることはないかもしれないけど、初恋にさよならして前に進めそうだ。

しかし翌日、木葉に「いやまじ助かったわ。嘘みたいに元通り。というか調子良いくらいだぜ。あと、念のため言っとくけど、昨日のアレで、木兎のやつお前と両思いって思ってるから一応言っとくな」と言われて朝っぱらから度肝を抜かれることになったのだった。
その後紆余曲折あって交際することになるのは、また別のお話。


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