白百合の葬送



命は終わりがあるから美しいのだという。
死は別れではないのだという。
次の、新しい生命への始まりだと。

今世や来世という考えを持たないわけではない。
でも来世の君は、君なんだろうか。君と呼んでも良いのだろうか。
誰も責めることはできない死だった。
ままあるのだという突然死。君のおじいさんだかひいおばあさんだかも同じように急な心臓の問題でなくなったのだという。そんなことを説明されても正直右から左で、俺は全く納得することなんてできずにただ「そうですか」とだけ答えた。
君の棺に入れ損なった白百合を握ったまま、火葬場で立ち尽くす。喪失感をうまく飲み下せない。

「あの…大丈夫ですか?座ったほうが…」

その声を聞いて勢いよく顔を上げてしまった。今焼かれているはずの君の声がしたから。そこにいたのは当然ながら別人で、固まってしまった俺に君の親戚だと説明した。声は親兄弟で似るという。遺伝的要因が強いのだろう。親戚だという女性と君の声が似ていても特段不思議はないね。

「恋人だって聞きました。その、お辛いでしょうし、座ってください」

座るように促す彼女はとても心配そうで、あぁ、自分はそんなにひどい顔をしているのかと思った。
ただ、恋人だった、ではなく恋人だ、と言ってくれたことに少し嬉しくなる。俺と君は終わってなどいない。

「…貴女も辛いんじゃないですか」
「えっ、私はその、親戚なんですけど、彼女にはあまり会ったことが無くって…近しい親戚ではないので…」

言い辛そうに告げる彼女は、少し所在なさげで、親戚とはいえほぼ他人に等しいのだと悟る。一族が皆同じ地域に住んでいないことも多い昨今、珍しい事でもないだろう。
ただ、その声が、ふとした瞬間、例えば伏目がちになった時の面差しが、どことなく君の面影を宿しているような気がして、目が離せない。
遺伝子の仕業と頭ではわかっているけれど、まるで君を失った縁のように思えてしまう。

肉体を失い骨組みだけになった君を俺はただぼんやりと見ていた。彼女に促されて骨壺に君を入れる。軽かった。君を抱き上げた時の重みを忘れてしまいそうなほどに。
周りの動きに合わせて火葬場を後にする。着慣れない喪服で肩が凝っていた。外はぽつりぽつりと雨が降り始めていて、俺の代わりに空が泣いてるのかななんてポエムめいたことを思った。

「あの、傘どうぞ」
「…ありがとうございます」

彼女はまだ心配そうに俺の顔を覗き込んでいて、その仕草がいつか君が「京治!傘入れて!」と無邪気に言った時を思い出させる。

「あの…名前は…」

気がつけば俺はそんなことを口走っていた。名前と答えた彼女に惹かれてしまう俺を君は笑うだろうか。それとも浮気だって怒るだろうか。
徐々に徐々に、彼女と俺は近しくなっていく。友達とは言えないほどに、名前は俺の生活に溶け込んでしまった。

俺の世界は君を失ってから少しだけ霞がかっていて、でもその霞が名前に合う時は晴れていくような気がした。彼女の温もりが少しずつ俺の心を温めて行く。仕事終わりの待ち合わせで俺を待つ名前を見つけるとホッとした。笑った顔を見ると俺も少しだけ頬が緩んでしまう。名前の行きたかった場所に連れていくと俺の想像通りの喜び方をした。
俺の世界には名前がいる。きっと彼女となら生きていける、そう思った。

俺の家に初めて名前が遊びに来た。
俺は少しだけ浮かれて、コーヒカップをテーブルに置いた彼女の肩を掴んで口付けをした。きっとにっこりと笑うとそう思った。

「あ…」

俺の予想に反し彼女は驚きと照れの混じった表情をしていて、俺はそこで初めて違和感に気がついた。
名前の顔はこんなに君に似ていただろうか。
まじまじと見ると服装も髪型も君によく似ている。それを認識した途端霧が晴れるように全てが明瞭になった。

「名前…その…いつから服の系統変えたの」

彼女は困った顔で「貴方が私をーーって呼んだ日から」と答える。
それを聞いて全てを察した。理解力高いよね、と言ったのは君だったろうか、それとも名前だったろうか。

彼女は俺のために君になろうとしていた。メイクを、髪型を、服装を似せて、振る舞いを似せて。
近しく無い親戚とは言っていたが人伝に聞いた人となりと写真で君のように振る舞っていたらしい。

君の面影を追い求める俺のせいで、俺は彼女という個人を殺していた。
姿を見るとホッとしたのは君がこの世から消えていないと思えたから、笑った顔も君が笑ったように思えたから、想像通りの喜び方も、君のように振る舞っていたから、ただキスという行為に思わず彼女自身が出てしまったのだ。
なんてことだ。呆然と名前を見ると、彼女は少しだけ悲しそうに笑う。

「目が覚めたみたいだね」

私がいなくても、もう大丈夫。初めて会った時京治くん今にも死にそうなくらい顔色悪くてすごく心配だったの。なんかやたらと世話焼いちゃった。初めて会った他人なのにね。血が繋がってるから好みが似るのかな。

冗談めかしてそう言った名前は「京治くんはもう1人で立って歩けるよ」と言う。
そして、バイバイとあっさりと去ってしまった。
追いかけられなかった。
ただ、ぽっかりと胸に空いた穴だけが残っている。君を失ってできた穴じゃ無い。君は怒るかもしれないけれど、それはもうすっかり埋まってしまった。
名前を失って出来た穴。
これが、俺の2度目の喪失だった。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -