ミルクティー色の関係



ちくちく、針で刺すような視線。

そう言うとちょっと大げさに聞こえちゃうけど"ちくちく"のバリエーションが乏しいので表現が難しい。バラのとげを触ったようなちくちく?ウニのとげのちくちく?肌に合わない素材の服を着た時のちくちく?うーん。どれもぴったりじゃない気がする。話が脱線してしまったけど、とにかくとげのある視線が最近の私を襲っていた。

正体は分かっている。佐久早聖臣。1学年下の背の高い男の子。接点は無い。そんな佐久早くんがなんで私にとげとげちくちくした視線を送るのか。

理由はきっと掌くんだ。
私が掌くんといる所に佐久早くんが通りかかると、必ずあの視線が飛んでくる。とげとげ、ちくちく、気になる視線。

掌くんと話しながらちらっとみると、佐久早くんがあの黒々とした瞳で私を見ている。その底の深い黒に竦み上がってしまう。もしかして、もしかしたらなんだけど、佐久早くんって掌くんが好きなんじゃないだろうか。好きって言っても恋愛のあれやそれじゃなくって、懐いている先輩とかそういう意味での好き。だから、そんな好きな先輩である掌くんの周りを得体のしれない私がちょろちょろしているのが気に食わなんじゃないかな。

でもね、佐久早くん。残念ながら私、掌くんの特別では無いのです。
お家がご近所というわけでもない(徒歩30〜40分は離れている)、親同士が仲良しなわけでもない。ただ偶然にも小中高が一緒という存在。子供のころからの癖で「掌くん」と呼んでいるけれど、ただ「飯綱くん」に変えるタイミングを上手く掴めなかっただけ。掌くんはいつの間にか「名前」から「苗字」に呼び方を変えた。そんな距離感。私たちってなんだろう。別に常にべったりしているわけじゃない。廊下ですれ違う時、食堂や購買、帰り道で会った時、ちょこっとお話してるだけ。そんなとき居合わせた佐久早くんは、私たちをじっと見ている。(よく隣にいる優しげな顔の子が何か言って連れってたりするけど)正直居心地は悪い。
掌くんはJOCで賞をもらったりするようなすごい人だ。私だってちゃんと弁えている。弁えているから、それをちゃんと態度に示さないと。そうすればきっと佐久早くんだってとげとげの視線をやめてくれるんじゃないかな。
そう思った私は、掌くんとあんまり話さないように心掛け始めた。やんわり避けたり距離を取ったり。そしたらほら、佐久早くんからの視線は格段に減った。

「苗字」
「はいッ」

そうは言ってもこうして目の前に立たれたら流石に避けられないわけで。私はついに掌くんによって尋問にかけられていた。

「あの、さ、俺なんかした?」

掌くんは形の良い眉を下げて、叱られたみたいな顔で私を見降ろす。すっかり大きくなったけれど、こういう顔は昔から変わらない。大きめを買ったと言っていたシャツはもう体にピッタリで男の子の成長ってすごいなと感心してしまう。捲り上げた袖から覗く腕は大人のモノと遜色無くて、なんだか置いて行かれたような気分になった。

「ううん。飯綱くん何もしてないよ」

そう答えると掌くんはもっと悲しそうな顔をした。

「ほら、最近話してくんないし。そうやって飯綱くんって呼ぶし…」

大きな体が心なしか小さく見える。絵に描いたみたいなしょんぼり。

「飯綱くんはすごい人だから弁えないとなって思ったの」
「別にすごくないよ。…誰かになんか言われたんじゃなくて?」
「うん」
「佐久早が見てたせいか?」
「えっ」

ぎっくうと肩が動いてしまった。掌くん変なところ鋭い。

「あれは、その、あー…、気にしなくって大丈夫だからさ」
「気になるよ。多分佐久早くんって飯綱くんが好きでしょ?だから私が気に入らないんじゃないかなって」

あ、言葉足らずだった。そう思った時にはもう、掌くんは驚愕の表情を浮かべていた。人柄と同じ優しい色の瞳が零れ落ちそう。

「いやいやいや、違うから!それは無いから!」
「わ、わかってる!先輩としてってことだよ!」

お互いあわあわと両手を体の前で振る。周りから見たら面白い光景だろう。

「俺は、さ、苗字に掌くんって呼ばれるのも、たまに話すのも結構好きなんだ」
「そっ、か」

正直意外だった。付き合いが長いよしみで気に掛けてくれてるって思ってたから。

「だから、その、今まで通りに接してくれると嬉しい」

掌くんが望んでくれる間はこのあったかいミルクティーみたいな優しくて少し切ない関係に甘んじてもいいんだろうか。

「うん。わかった」

頷くと掌くんは嬉しそうに笑う。私はその顔を見るのがとても好きだった。
ちくちく、後頭部に視線。どうやら佐久早くんが近くにいるらしい。

「あ、」

掌くんがタッと走って私の後ろ、少し離れたところにいた佐久早くんに駆け寄る。
そして何かしら話をすると、掌くんが急に「あっそう!!」と中々の音量で言った。かと思うと、熟れたトマトみたいな赤い顔をして彼がこちらに戻ってきた。佐久早くんはそんな掌くんを見送ったかと思うとさっさとどこかへ消えていく。移動教室の途中だったみたい。

「掌くん?」
「何でもない。マジで何でもないから」

そういってトマトの掌くんは前髪をくしゃりを掴む。その様子にぷっと吹き出してしまった。
こうして、私はまた彼を「掌くん」と呼ぶ日々を過ごし始めたのだった。

だけど、しばらくしない内に佐久早くんから「あの、見ててじれったいんスけど」と言われ(これがファーストコンタクトだった)、掌くんが「コラ!佐久早!!」と飛んで来ることになるのだが、そんなこと、この時の私は想像もしていなかった。


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