キミはもうカゴの中


「さっきの何?」

昼神は不機嫌さを隠す事無く、ムスッとした声でそう言った。
何で私昼神に詰め寄られなきゃいけないんだろう。それも、昼休み真っ只中の階段の踊り場で。行き交う生徒達は何だ何だと興味深そうに私たちをチラチラ伺いながら通り過ぎていく。そりゃね?壁に背をつけた女子が、背のたかぁーい男子に顔の横に両手つかれて所謂"壁ドン"されてたら興味津々に見るよね!わたしもソッチ側だったら見るもん。でも生憎コッチ側の私は悲しいかな、完全に見世物になってしまっている。
何でこんなことになったんだっけと、現実逃避に思わず遠い目をしてしまう。

ことの発端は、私の姉だった。
シスコンの気がある姉は未だにおそろいが大好きで、事あるごとに、おそろいにしよ!と嬉しそうに服やら小物やらを買ってくる。先日、すっごく可愛かったのー!と嬉しそうに色違いの下着を買ってきたときは流石にビックリしたけど、繊細なレースが大人っぽいそれに、ついつい同じDNAを持つ私はキュンとときめいてしまった。カワイイカワイイ!と一緒にはしゃいでいたが、ふとその下着がレースバックであることに気がついた。こんなの着れないよ!と言う私を、姉は「こんなデザイン今どき珍しくもないよぉ」となだめたのだが、単純な私はそんなもんかとその主張をあっさり受け入れて姉と2人でキャッキャとはしゃいだのだった。

そんなこんなで姉プロデュースのかわゆい下着を着てきた本日、うっかりパンチラ防止の短パンを履き忘れてしまった。ちょっと焦ったけど、まぁ大人しくしとけば問題ないかな、と楽観的に捉えて過ごしていたのだった。

お弁当を食べ終わって、ジュース飲みたいなと昼神と連れ立って自販機の前まで来たはいいがお財布を忘れたことに気が付いた。貸す、という昼神にすぐ取ってくるから!と側の階段を駆け上がったのが痛恨のミスだった。自販機の前までお財布を持ってないことに気がつかなかったのがちょっと恥ずかしくて焦ってしまったのだ。

駆け上がった勢いで、ブワッとスカートが翻る感覚。踊り場で足を止めてチラッと階下を見ると、驚いた顔の昼神がこちらを見上げていた。しかし、目があった途端スッと真顔になったかと思うと、階段を一段飛ばしで上がってきて、あっという間に壁に押しつけられたワケだ。
逃げられたら良かったのだけど、190の男が勢いよく近づいてくるのってすごく怖くて動けないんだってこんな形で知ることになろうとは。

「聞いてんの?」
「んっ?」

遠い目をしていた私に、昼神が相変わらずの声色で問うた。間の抜けた声を出した私を昼神はジトリと睨めつけ、「さっきの何って聞いてるんだけど?」と再度問い詰める。

「いやぁ…お見苦しいものをお見せしまして……」

精一杯申し訳なさそうな顔を作るが、昼神からはそうじゃないというオーラがビンビンに出ている。どういう回答を期待してるんだ?「レースバックのパンツだよ」とか言えばいいの?

「何であんなの履いてんの。誰に見せんの」
「誰って誰にも見せないよ!」

なんでそうなるの、と唇を尖らせれば、「姉ちゃんが、そういうのは見せたい相手がいるから着るっていってた」と言うではないか。

「そりゃそう言う人もいるだろうけど、それが世界の常識ってわけでもないじゃん?そもそもお姉ちゃんがおそろいって買ってきただけだし」

と我が姉に責任転嫁を試みたところ、昼神は「お姉ちゃん?」と片眉を上げる。

「そう、お姉ちゃんが買ってきたの!私が選んだんじゃない!」

私の必死の訴えが功を奏したのか、昼神は深いため息をついたかと思うと、壁についていた手を離した。ついに開放された、とホッと胸を撫で下ろす。何が悲しくてこんな往来で下着について問い詰められなきゃならんのか。
さっさと立ち去ろうと背を向けた私の肩を昼神が掴む。待ってまだ終わらないの?

「薄々思ってはいたんだけど… 苗字さ、こないだの事無かった事にしようとしてない?」

その問いかけにビクッと肩が跳ねた。やばい、今ので完全に図星だとバレた。
こないだの事とは、先週の金曜日に昇降口で部活前の昼神に「俺苗字のこと好きだから付き合ってくれない?」と、明日映画観に行かない?のテンションで言われた件だ。

ここ最近周りから「昼神と付き合ってるの?」と聞かれることが増えていた。確かに仲は良いけど、昼神は私のこと女友達としか思ってないだろうしなぁ、と考えていた私は予想外の展開にパニクってしまい「考える時間ください!」と言い放ちその場から走って帰ったのだった。

昼神のことは好きか嫌いかと聞かれれば好きなんだけど、友達を超えた関係というものが未知すぎて踏み出す勇気がない。だから、翌週何も無かったように振る舞ってしまったし、昼神だって何も無かったようにいつも通りだったじゃないか。
背を向けたまま黙る私に痺れを切らしたのか、昼神は「しばらく様子みるつもりだったけどやめる」と、私の体を昼神のほうに回転させた。
昼神はやけに真剣な顔で私を見ている。見慣れない顔になんだかドキっとした。

「俺ら付き合ってるの?ってよく聞かれてたけど、俺は本当にそうなれたら良いと思ってた。苗字は違うの?」
「それは…その…」

言い淀む私の頬を昼神の大きな手が包み込む。

「なに?」
「いや、その…人が見てるしやめようよ」

なにを話してるかまでは聞こえてないとは思うけど、流石に人目は気になる。
私の周りを気にするような素振りが気に食わなかったのか、昼神の眉間に少ししわがよった。
なんか今日険しい顔ばっかされてる気がする。

「しょうがないなぁ」

ため息まじりにそういったかと思うと、グッと高いとこにあった昼神の顔が目の前に来た。そして、ちゅっと唇の横に柔いものが触れる。
キャア!と、横を通り過ぎる女の子達から黄色い声が上がった。まって、これ完全に頬に添えられた手のせいでキスしたように見えたのでは?
案の定女の子達は興奮冷めやらぬ様子でどこかへ駆けていく。
どうしたらよいのかわからない私を、昼神はなんだか楽しそうな顔で見下ろしていた。

「…なに、いまの」
「ん?苗字の退路を絶ったんだよ」

噂、あっという間に広がるだろうね?とにっこり笑う。

「これで苗字には、高校の間彼氏はできないだろうね。俺以外」
「ば、バカじゃないの…」
「バカで良いよ。苗字があんなパンツ見せてくるからなんかもう捕まえとかなきゃってなったんだよね」

だから、俺のになってよ。と昼神は私の手を取る。

「それ以外、選択肢ないじゃん」
「願ったり叶ったりだね」

可愛くない返事を返す私に、昼神は嬉しそうにギュッと手を握る。光来くんに報告しよう。とニコニコ笑う昼神にキュンとしてしまったけど、教室への道すがら耳元で「ね、さっきのエロいパンツあとでしっかり見せて」と囁かれた私はその広い背中をおもいっきり叩いてやったのだった。


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