内緒の友達

図書室の奥まった一画。沢山の書架に隠れるようなその場所は私のお気に入りスポットだった。
こじんまりとしたテーブルとソファがあるだけのスペース。秘密基地だとか隠れ家だとかそんな場所を思わせる。掃除当番も見えない場所は手を抜いてるのか、少しほこりっぽいけれど日当たりがよくて居心地が良い。
昼休みにそこで本を読んだり手芸に勤しむことが高校に入学して半年ほどたってからの、週に2回の私のルーティンだった。友達と過ごすのも楽しいけれど、1人で趣味に没頭するのも悪くない。幸い高校で仲良くなった子たちは、私が図書室に行くことに対して「ホンマ本好きやな、いってらっしゃーい」くらいの軽いノリでいてくれて助かる。べたべたしすぎない距離感がちょうど良い。



そして私は今日もソファにゆったりと腰掛けて、最近ハマっている編み物に励むのだった。   

「苗字さん」
「あ、どうぞどうぞ」

すっかり聞きなれた声に、私はいそいそと横にずれてソファの空きスペースを広げる。

「ありがと。それだいぶ長くなったね」

彼は静かに空いたスペースに腰掛け、編みかけのマフラーに目を留めた。

「うん。いい感じでしょ」
「色もいいと思う。なんて色?」
「えぇ…あか、ちゃ?」
「赤茶?もっと横文字で答えると思った。ほら、カーマインとか」

くすくす笑われて急に恥ずかしくなる。

「角名くんだって何色か知らないんでしょ」 

思わず唇を尖らせると、ごめんごめん調べる。と角名くんはスマホを取り出した。



私だけの秘密の場所へ角名くんが現れたのは2年生に上がってすぐのことだった。去年同じクラスだった彼はひょっこり現れるなり「あれ、こんなとこあるんだ」と感心したように私に歩み寄って「もしかして苗字さんの隠れ家?」と聞いてきた。

「か、隠れ家というか、たまにここで過ごすのが好きで…」

強豪のバレー部にスカウトで入学したという角名くんは学年でも有名で、周りに人が絶えない。そんな人の登場に私はつい気後れしてしまった。そんな私に角名くんは「ここ静かに過ごせそうでいいね。俺も来て良い?」と言うではないか。
首を横に振りたかったけど、断れるほど仲良くもないし、なにより角名くんが出す謎の圧に負けて、私はコクリと頷いてしまったのだった。

さようなら私の穏やかな時間。と涙を呑んだけど、角名くんはただ静かに音楽を聴いたりスマホを触ったりするだけで私に干渉してくることはほとんどなかった。その内角名くんが横にいることにも慣れて、段々とおしゃべりしたりこっそりお菓子を食べたりするくらいまで打ち解けた。

図書室での角名くんは教室での大人びたような独特の雰囲気とは違って、同い年の男の子らしかった。どこが違うんだと言われても上手く説明できないけれど、普段よりも柔らかくて力を抜いた感じがする。私しか知らない角名くんの姿になんだかちょっと優越感を感じてしまう。

「見て、この色似てない?」 

角名くんのスマホの画面をのぞくと、確かに毛糸とよく似た色が表示されていた。

「何色?」
「テラコッタだって」
「てらこった」
「発音下手すぎ」

完全に平仮名の音じゃん、と角名くんは面白そうに笑う。普段教室ではあまり見せない笑い方だ。教室とかだとニヤリとした感じの笑い方が多かった気がする。まさか別クラスになってからこうして角名くんと仲良くなるなんて思いもしなかったなぁ。

「何センチくらいまで編むの」 
「うーん、首に巻けるのって何センチからなのかな」
「首の太さによるんじゃない」
「確かに」
「試しに俺で測ってみる?」
「いいの?」
「うん」

お言葉に甘えて編みかけのマフラーを角名くんの首にあててみる。
首に巻くにはまだまだ長さが足りそうになかった。

「あと4倍くらい編まなきゃ」
「なっが」
「長い道のりです」
「冬に間に合うといいね」
「がんばるよ」

毛糸買い足さなきゃかなと検討していると「そろそろ戻る?」と角名くんが時計を指差す。
そうだね、と頷いて荷物をまとめて立ち上がった。
図書室を出ると、私たちはただの同級生とバレー部の人気者に戻る。図書室以外で話をすることはほとんど無い。私たちは、昼休みだけの内緒の友達なのだ。別に内緒にしようとか相談したわけではなく、お互い誰かに他言しなかった結果そうなってしまっただけだった。廊下で見かける角名くんはバレー部の宮くんたちやスクールカースト上位って感じの女の子と一緒にいることが多い。
まさにパブリックイメージの角名くんという感じ。角名くんが2人いるような変な気分。



「角名くんって準ミス稲荷崎と付き合ってるって本当?」
「ガセだよ」

誰から聞いたの?と角名くんはスマホから視線を私に移す。うわ、めちゃくちゃ嫌そうな顔してる。

「風の噂」
「どこから吹いてる風?」
「準ミスまわり」
「最近ベタベタしてきて嫌なんだよね」
「モテるのも大変だね」
「… 苗字さんは彼氏とか好きな奴いないの」
「いないいない!私モテないし」

ウケ狙いで明るく笑って言えば「そう?」とあっさりした返事。どうやらすべってしまったようだ。

「そういえばそれ、自分用なの?」
「ん〜、特に考えてないなぁ。自分でも家族でも友達でもいいかなって」

欲しいって言う人がいたらあげるかも、そう答えてマフラーを編む手を止める。ちょっと目が疲れてきた。

「それさ、俺でも良いわけ」
「え、角名くんこれ欲しいの?」

びっくりして少し大きな声が出てしまった。

「その色良いなって」
「てらこった?」
「待ってまだ平仮名発音なの?」

長身に見合った大きな体を震わせて角名くんは笑う。そんなに笑わなくたって良いと思うんだけど。

「素人の作ったものだけど良いの?」
「うん。それが良い」

そう言う角名くんはとても優しい表情をしていた。そっかぁ、角名くんがもらってくれるならもっと気合い入れて編まなきゃだな。

色づいた木々の葉もすっかり落ちた頃、マフラーも後もう一息くらいの長さになっていた。細い糸を選んだせいでやたらと時間がかかってしまったけど、その分目が細かくて肌触りは悪くないと思う。

「角名くん。甘いもの大丈夫?」
「うん」

休憩しようと編み棒を置いて、持ってきた紙袋を漁る。

「カップケーキ作ったの」

よかったら食べて、と渡す。角名くんの手に乗ったカップケーキは何だか小さく見えて、角名くんの手が大きいのか、とちょっとびっくりしてしまった。

「いいの?」
「うん。嫌いじゃなかったら。部活の後とかに食べて」

お腹空くでしょ?と言うと、角名くんはちょっと変な顔をして「いや、それだと治に取られそうだから帰って食べる」と答えた。

「ありがとう」
「いえいえ」

そこへ静かで穏やかな時間に似つかわしくないガヤガヤとした声が少し離れた所から聞こえてきた。

「ホンマに図書室って言うたんか?おらんやん」
「移動したんかもな」
「げ、」

角名くんが低い声でそう言った次の瞬間、こちらを覗き込むそっくりな2つの顔が書架の影から現れた。

「あ、角名おったわ!ん、その子誰や?」
「はぁ…サイアクなのに見つかった…」

角名くんはため息をついて立ち上がる。

「ごめん苗字さん騒がしくて」
「う、ううん!大丈夫」

ぶんぶん首を横に振って問題ないと告げる。内心は問題大ありだった。だって、宮兄弟が現れるなんて思ってもみなかったんだもん。

「サイアクって何やお前!優しい侑くんが練習試合の変更教えに来てやったっちゅーのに!」
「はいはいありがとう」
「角名、ええもんもっとるやん」
「やらねーぞ」

カップケーキに興味を示す宮くんを角名くんがシッシッと手で追い払う。

「自分何組の誰やったっけ」
「えっ」

もう1人の宮くんに急に話しかけられて、ミーアキャットよろしくビクッとしてしまう。そしてもう1人の宮くんも、って、ややこしいな。侑くんに続いて治くんも私を見た。 

「いいから、行くよ。苗字さんごめん、またね」

そんな2人を出口の方へ追い立てるようにして角名くんは去っていく。その後は嵐がさったようにシーンとしていた。
ビックリはしたけどきっとこんなのは一回きりのアクシデントだろう。そう思った私はそれ以上気に留めることなく翌日もいつも通りに過ごしていた。


生物の実験室へ移動するために友達とおしゃべりしながら廊下を歩いていると、前から宮兄弟が歩いてきた。気にすることなくすれ違おうとした時「おっ」と、侑くんが声を上げた。
そして私の前で足を止める。

「なぁ、自分角名の彼女やろ。名前なんて言うん」

まさに爆弾発言だった。

「…え?」

キョトンとする私をよそに、友達は「え?どういうこと?!」と私の肩を揺さぶる。ち、力が強い。
そして侑くんの言葉が聞こえていた周囲もざわざわとし始める。視線が私に集まっているのがわかった。

「い、行こう!」

この場から逃げ出そうと友達の腕を掴んで走り出す。とんでもないことになるような予感がした。悲しいかな予感は的中してしまい私たちの後に実験室に入ってきた子たちは私を見てひそひそと話している。
友達には誤解だと弁解したけど、もう手遅れなくらい噂が広がっているんだと察した。いったい全体どうなってしまうんだろう。それから、廊下を歩くとチクチクとした視線が付き纏うようになった。

例の準ミスの子からは穴が開きそうなくらい熱い視線を頂いた。殺気がすごい。
そして、あれから図書室には行けなくなってしまった。角名くんと、どんな顔して会えば良いんだろう。正直なことを言うと、角名くんに面と向かって否定されるのが怖かった。彼女じゃないって。確かに彼女ではないけれど、眼中にないと宣言されるみたいで怖い。
だって、2人で過ごすようになって、いつの間にか角名くんを好きになってしまったから。年相応の男の子らしく笑う角名くんも、ちょっと意地悪を言ってからかってくる角名くんも、お菓子を分けてくれる優しい角名くんも全部全部好きだった。
恋人じゃなくたって2人で過ごせるだけで満足だった。図書室に行かなくなった私に友達は不思議そうだったけど、「本に飽きることもあるよなぁ」と軽く流してくれた。
きっと、この距離感が私と角名くんの正しい距離感なんだと思う。今までがイレギュラーだっただけで。
編み終わってしまったマフラーは行き場のないまま私のカバンに収まっている。自分で使うしかないかな、と紙袋から取り出した。帰り支度をして、マフラーを巻く。角名くんが使うことを考えて編んだから私には少し長かった。とぼとぼとした足取りで校門へ向かっていると、誰かにマフラーを背後から引っ張られた。

「ぐえっ」
「これ、俺にくれるんじゃないの」
「す、角名くん」

部活ジャージの角名くんが、むすっとした顔でマフラーを掴んでいる。

「…侑がごめん」
「ううん。いいの」
「良くないだろ。明らかに迷惑かかってるし」
「それは、その、」
「嫌だったから、図書室来なくなったの?」

角名くんは真っ直ぐな瞳で私を捉える。

「嫌っていうか、ちょっと行きづらいなって」
「彼女って言われるのが嫌なんじゃないの」
「それは、なんていうか恐れ多いなって気持ち」

マフラー放してくれないかな、とチラチラ角名くんの手を見る。

「…俺はちょっとラッキーって思った。そのまま本当に彼女になってくれないかなって」
「え、」

手を見ていた視線を角名くんに移す。いつもどこか気怠げな目元が真剣に私を見ていた。

「本気だから」
「わっ」

宣言するように言った角名くんはぐるぐると巻かれた私のマフラーを外して小脇に抱えた。

「明日図書室で待ってる」

じゃあね、と角名くんは体育館の方は歩いて行く。その背中を呆けた顔で見送ってしまった。あ、マフラー強奪されちゃった。

その夜浴槽でたっぷりのお湯につかりながら角名くんの言葉の意味を考えた。期待しても良いんだろうか。私と角名くんって釣り合うのかな。
角名くんの隣に並ぶ自分がしっくりこなくってブクブク言わせながら浴槽に鼻まで沈んでしまった。
明日、図書室にいったら、私たちはどうなってしまうんだろう。

どんなに悩もうと朝は来てしまう。けたたましく鳴る目覚ましを黙らせて勢い良くベッドから出た。
緊張しているせいか通学時間が普段の半分に感じた。どうしようもう着いちゃったという気分。朝練中だと分かっているけれど、ばったり角名くんに会いやしないか警戒してしまう。きょろきょろと挙動不審だったせいか友達に訝しげな顔で「誰かに追われとんの?」と言われてしまった。
時間は無情にもチクタクといつも通りに流れる。お昼休みを告げるチャイムの音にキュッと唇に力が入った。
午前中の授業いっぱい角名くんのことを考えていたからあっという間だったな。騒がしい廊下を人の間を縫うように歩く。
途中で何か言いたげな侑くんと目が合ったけれど、気が付いていない振りをして足を速めた。申し訳ないんだけど、関わったらロクなことない気がする。
勢いのままに図書室に足を踏み入れた途端、なんだか体に力が入ってしまった。変な緊張感。足音を立てないように慎重にいつもの場所に近づく。こそっと書架に隠れるように覗き込めば、角名くんはいつものようにスマホを触りながらソファに座っていた。

「…角名くん」
「そんなとこで何してんの。おいでよ」

横に座るよう促されて誘われるまま横に腰掛けた。沈黙が落ちる。何から話そうと思案していると、角名くんが先に口を開いた。

「…俺が、あの日苗字さんがここにいるって気が付いたの偶然だと思ってる?」
「う、うん」

突然の問いかけに少し戸惑う。

「引かれるかもしんねぇけど、1年の途中で苗字さんがよく昼休みどっか行ってるのに気が付いてさ、しょっちゅうどこに消えてんだろって興味持った。ある時図書室に行ってるって知って、興味本位で何となく付いてったらココのこと知ったんだよね」
「そう、だったんだ」
「ここに来るようになったのは静かでいいなってのがきっかけだったんだけど、段々とそれだけじゃなくなった」

そう言って角名くんは私の方を向く。

「苗字さんと過ごす時間が好きになった。苗字さんのことも。だから、あの噂本当になったら嬉しいんだけど」

照れたように目を逸らしながら話す角名くんに思わず笑みがこぼれてしまった。

「…角名くんも照れたりするんだね」
「そりゃね」
「私もね、角名くんと過ごす時間が好きになったの。ここ以外でも話したいなって思うくらいに。だから、私も噂が本当になると嬉しい。角名くんとはつりあってないかも知れないけど」

そうと言うと角名くんはホッとしたように笑って「つりあってるかどうかなんて、俺たちが決めることだよ」と言った。

「そっか、そうだよね」
「うん」
「図書室以外でも話しかけていい?」
「当然。彼女なんだし」

その言葉に今まで味わったことの無い種類の照れ臭さに襲われる。

「そうだ、侑たちのことはガン無視してていいから」

心底嫌そうな顔で思い出したようにそう言われて、私は思わずぷっと吹き出してしまったのだった。


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