Happily Ever After

『そうして2人はいつまでも幸せ暮らしたのでした。めでたしめでたし』


小さな頃からおとぎ話が好きだった。素敵な王子様と魅力的なお姫様が結ばれるお話。
なにも自分がお姫様になりたいわけじゃない。
どちらかって言うと物語の手助けをする妖精とか森の動物とかその辺のポジションがいい。素敵な2人が幸せになるところを近くで眺めさせてほしい。

そんな小さな頃からの私の野望がやっと叶うかもしれないと思えたのは高校に入学してからだった。

やっと見つけた理想の王子様。
そして、そんな彼にお似合いのお姫様みたいな女の子も。


はやく2人が出会わないかと胸を高鳴らせていたけれど、残念ながら2人は三年生でも同じクラスにならなかった。そして、代わりに王子様と3年間同じクラスになったのは私。
違うそうじゃない。
クラス替えを決める先生は何を考えてるんだ。各クラスのバランス?いやまぁそれは大事だけどさ、2人を出会わせることも大事じゃない?と先生の胸倉を掴んでやりたくなる。ここは私が2人の仲を取り持たなきゃ…!と使命感に駆られた私は3年間ですっかり仲良くなってしまった王子様にお姫様を売り込むのだった。


「今日ね高嶺さんポニーテールにしてたんだよ。見た?すっごく可愛かった!」
「お前さぁ、本当に高嶺さんのこと好きだよな」
「うん!すっごく綺麗で良い子なんだよ」
「それは知ってるって」
「可愛いって言ったら私もポニーテールにしてくれたの」
「おー、可愛い可愛い」

私の「今日の高嶺さん」トークを黒尾はどこか興味なさげな様子で聞く。全く、もう少し真剣に聞いて欲しいものだ。

高嶺さんは見た目だけじゃなくて心も綺麗な女の子で、すれ違いざまに「可愛いですね」「今日もパーフェクトですね」と声をかける不審人物紛いの私にも優しく挨拶を返してくれる。バレンタインは友チョコをくれるからどうやら友達として認識してくれているようだ。優しさがカンストしている。
私の地道な売り込みで黒尾も高嶺さんがどんなに素敵な女の子か知っているはずなのだけど何故か話しかけに行くだとかコンタクトを取ろうとしない。
もう3年生なのにうかうかしないで欲しい。男が廃るぞ黒尾鉄朗。

「苗字口開けて」
「あーん」
「お、素直でよろしい」

ポイと口に放り込まれたのは酸っぱい粉が付いたグミ。

「すっぱい!」
「ははっ!すげぇすっぱそうな顔したな」
「酷い!」

可笑しそうに笑う黒尾は、笑う顔も格好良くてやっぱり王子様みたいだなぁとしみじみしてしまった。待っててね黒尾、高嶺さんとうまく行くようにがんばるからね。




「苗字サンって変な人だよね」
「えぇ?」

孤爪くんの遠慮ない言葉に私は不服の声をあげた。
2年の孤爪くんにはたまにこうして話を聞いてもらっている。黒尾と仲良しと知って協力者がいたほうがいいと思い接触を試みたのだ。
だって、仲良しからの言葉って響くでしょう?孤爪くんからも高嶺さんをプッシュして欲しいなと考えてのことだった。最初はめちゃめちゃ警戒されたけど地道な接触と黒尾の「研磨の好きなもの?ゲームとアップルパイだろ」という話を受けて献上した駅前のケーキ屋さんのアップルパイでなんとか話を聞いてくれるようになった。
いつもめんどくさいってオーラを隠そうともしないけど。

「クロのこと、王子様って言う人初めて見た。胡散臭いとかなら聞くけど」
「えぇ?!孤爪くん!なんてこというの!」
「…声大きい」
「だってさぁ、背が高くてスタイル良くて顔もカッコ良くて優しくて、それでいて茶目っ気があって面倒見よくて、まさに王子様じゃない?!」
「わかったってば前も聞いたし…大体そんな風に言うって苗字サン、クロのこと好きなんじゃないの?」
「ううん。私は黒尾と高嶺さんがくっつくところが見たいの」
「はぁ…」
「ねぇ孤爪くんからもちゃんと高嶺さんのことプッシュしてよね」
「クロ可哀想…」
「え?」
「その、高嶺サン?もクロのこと好きとは限らないよ」
「今はそうでもきっと好きになるよ。あんなに素敵なんだもん」
「……オヒメサマの目を覚ます必要があるよね」
「そうそう!高嶺さんにちゃんと黒尾のこと見てもらわなきゃ」
「違う。そっちじゃなくて、自分のこと村人Cだと思ってるオヒメサマだよ」
「…孤爪くんってたまに良くわかんないこと言うよね」
「… 苗字サンだけには絶対言われたくない」

基本ダウナーな感じの孤爪くんはあまり協力的ではない。でも話は聞いてくれるから優しい子だと思ってる。
孤爪くんは、「もっと冷静に周りを見たほうがいいよ。クロのことも」とアドバイスめいたことを言い残してその場を後にした。うーん、なんか不思議な説得力がある。孤爪くんほんとに年下なんだろうか。



「んで、お前研磨と何やってんの」
「んー、お話?」
「へぇ?」
「あっ、内緒だから教えないよ」
「俺にも言えないようなこと話してんのかよ」
「ふふふ」
「コラ、何笑ってんだ」

すんなりとした黒尾の人差し指が私のほっぺをつつく。

「…大福食いたくなってきた」
「デブって言われた…!」
「被害妄想ヤメてくださーい」
「高嶺さんはほっぺ可愛いって言ってくれたもん」
「出たよ高嶺さん」
「黒尾も話してみればいいのに」
「はいはい。機会があればな」

なんて言っていた黒尾だけど、機会は思わぬ形で訪れた。
3年目にして2人が同じ委員会になったのだ。そして同じ班で活動することにクジで決定したらしい。ついに来た!と私は心の中でスタンディングオベーションした。


ここから2人には恋に落ちてもらいたいものだ。
意気揚々と孤爪くんに報告したところ「余計なことしないほうが良いよ」と言われた。なるほど自然の成り行きに任せろってことね。
でもちょっとだけ気になるので、そっと探りを入れてみた。

「ね、高嶺さんと何話してるの」
「あー…お前の話」
「えっ、なんで?!」
「俺らの共通の話題ってそれしかねぇもん」

なるほど、私の存在もなかなか役立っているようだ。

「どう?高嶺さん可愛いでしょ」
「ソウデスネ」
「でしょ?!」

これは脈ありかとニコニコしてしまう。すると、黒尾は机に頬杖をついたまま空いた手で私の頭をワシャワシャと撫でた。

「わっ!」
「おー、なるほど」
「何事?!」
「いや、高嶺さんがさ、名前ちゃんの髪柔らかくてサラサラっつってたからどんなもんかなって」

コシのある艶っとした高嶺さんの髪とは違い私の髪は猫毛っぽくてクセがつきやすい。ちょっぴり気にしている。

「もーぐちゃぐちゃじゃんか」
「…俺も高嶺さんみたいに名前で呼ぶかな」
「誰を?」
「苗字」
「私?良いよ」
「…あっさりデスね」
「高嶺さんも名前で呼ぶの?」
「は?呼ばねぇよ」


なんだ、まだそこまで距離が近いわけじゃないのか。でも2人の会話が弾んでるなら何よりだ。委員会活動に伴って、2人が一緒にいるところをよく見るようになった。
背の高い黒尾とスラッとした高嶺さんが並ぶと本当にお似合いで素敵な光景だった。
私と黒尾が並んでも、お兄ちゃんと妹みたいな取り合わせに見えてしまう。身長差のせいで私の声が届きづらくなるのから黒尾はいつも少し屈んで私の声に耳を傾けてくれる。そういう優しさを高嶺さんにも見せてあげて欲しいな。

「黒尾のこと王子様だとか言うのって名前くらいだよねぇ」
「そうかなぁ?それよりさ、あの2人お似合いだよねぇ」
「…まぁ見た目で言えばそうだろうけど。それ黒尾に言っちゃだめだよ」
「なんで?」
「この件に関して私は黒尾サイドだから」
「なにそれ」
「秘密」

友達は私のハッピーエンド作戦に反対派で、事あるごとに「余計なことしないの」と嗜めてくる。黒尾と何やらひそひそしていることがあるので、何か秘密を知ってるらしい。教えてくれないけど。

「あんなにお似合いなのに」

視線を2人に戻すとちょうど2人が笑い合っていた。ドキッと胸が鳴る。2人の距離が近づいて嬉しいはずなのに。何故だろう今のは嬉しいドキッじゃなかった。


どうして?と自問自答する。2人は理想的な王子様とお姫様で、私は2人に仲良くなって欲しくて、それが叶いそうなのに。

「わっ」
「おっと。ごめんね大丈夫?」

考え事をしながら歩いていたせいで前を歩いていた人にぶつかってしまった。

「だ、大丈夫です。こっちこそごめんなさい」

穏やかそうな男の子はぶつかられたことに気を悪くした様子もなくこちらを気遣ってくれる。確かこの人黒尾と同じ部活じゃなかったっけ。

「なーにやってんの」
「黒尾」

ちょうど通りかかったのか黒尾と高嶺さんが現れた。2人の姿にまたドキッとする。胸が、チクチクした。

「ぶつかっちゃったから謝ってたの」
「おいおい、うちの海サンになにぶつかってくれてんの名前ちゃん」
「黒尾、ガラが悪いよ」
「あの、海くんちょっといい?」

私が黒尾に絡まれている間に高嶺さんと海くんは何か話しながら離れていく。なんでも2人は同じクラスらしい。

「行っちゃった」
「愛しの高嶺さんがいなくなって残念だったな」
「黒尾いいの?」
「ん?まぁもう用事済んでるしダイジョーブです」

おもむろに、黒尾の手が口元に伸びてくる。撫でるような動きで指が唇に触れた。

「髪の毛食ってるぞ」

お腹すいてんの?と黒尾が笑った。
ドキン。
今のはまるで、恋みたいだった。


「ねぇどうしよう孤爪くん」
「なんで俺に言うの」

クロに言いなよ、と孤爪くんは巻き込んでほしくなさそうな顔で言う。

「だって孤爪くんゲームで言うところの預言者みたいな風格あるんだもん。助言してほしい」
「そこは預言じゃないの」
「2人に上手くいってほしかったはずなのに」
「上手くいってるとは限らないと思う」
「2人で話してるのよく見るよ」
「…根拠に乏しいんだけど」

2人で話してるのよく見るっていうのなら、苗字サンだってよく話してるよ。と孤爪くんはため息混じりに言う。

「それはほら、私は友達だし」
「いつまで友達でいられるかな」

そう言って預言者は不敵に笑った。





梅雨を迎えるころには黒尾と高嶺さんは連絡先を交換するくらい打ち解けたようで黒尾の口から高嶺さんのことを聞く機会も増えた。

「でさ、そこで高嶺さんが、って、名前?」
「えっ、ううん。なんでもないよ」
「どうしたぼーっとして」
「ごめんね。ちょっと考え事してたの」

2人が仲良くなるにつれてだんだんもやっとした気持ちも大きくなる。それが何なのか答えを見つけられないまま、ただ日々を過ごしていた。
2人のことを嫌いになったとかそういうことじゃない。だけど、2人が付き合っちゃったらこうして黒尾と一緒にいられないと気が付いてしまった。
孤爪くんの「いつまで友達でいられるかな」という言葉がずっと胸につっかえている。
しとしと降る雨がまるで私の心のようだった。
折角黒尾と2人、放課後の教室でテスト勉強してるのにぼーっとしてしまう。

「おーい名前」
「ん?ごめんなんて?」
「お前…なんかぼーっとしてること増えたけど大丈夫か」
「うん。何にもないよ」
「ならいいけど」

黒尾は心配そうに手の平で私の額に触れる。

「熱は無さそうだな」

そのせいで手のひらの厚みが、体温が、ダイレクトに伝わる。

「やっ、」

反射的にその手を振り払ってしまった。
目を丸くした黒尾が「あ〜…悪い」とバツが悪そうに視線を逸らす。違うの、黒尾が嫌なわけじゃないの、と思うけれど上手く言葉にならない。

「そういうのは、高嶺さんにしてあげて」

明るい声色を心掛けて言う。すると、黒尾は困惑した表情をしたかと思うと「いや、しないけど」と首を横に振った。

「えっ、なんで」
「こっちのセリフだわ」

高嶺さんにはしねぇよと、彼は目にかかっていた私の前髪を手で横に流す。耳がカイロでも押し当てられたみたいに熱い。

「だって、2人いい感じだから。お似合いだし…」
「待て待て、高嶺さんは俺のこと眼中にねーぞ」

その言葉に思わず食って掛かる。

「そんなわけないよ!だって、黒尾はかっこいいし、優しいし、気遣いできるしそれに声だっていいじゃん!他にもたくさん素敵なところあるんだよ?高嶺さんだってきっと好きになるよ」

そう訴えていると黒尾は段々と居心地の悪そうな顔になり最終的に片手で顔を覆ってしまった。

「黒尾?」
「いや…その、さ、俺の自惚れとかじゃなかったら、めっちゃ俺のこと好きっていてるように聞こえるんですケド」
「ち、違うの、私はただ高嶺さんと上手くいってほしいの。だって、黒尾は王子様だから」

お姫様みたいな子と付き合うべきなの、と言うと彼は変な顔をした。
まるで「何言ってんだお前」とでも言いたそうな顔。

「お前まさか、俺とくっつけたくて高嶺さんの話ばっかしてたのか」
「うん」
「…女子特有の宝塚的な憧れだと思ってたわ」
「えぇ!」

まさか伝わってなかったとは思わなかった。

「それに、高嶺さん好きな人いるぞ」
「えぇ!?」
「バレー部の海サン。そんで俺に相談したくてよく話してたってわけ」
「そんな…」

思いもよらない事実に驚きが隠せない。

「名前の友達が分かりやすく押さないと伝わらないって言ってた意味がやっと分かったわ」

黒尾はガシガシと荒っぽく後頭部をかいて私を見る。

「俺はオヒメサマみたいな女の子より目の前の苗字名前サンが好きなんですケド」
「…え」
「俺のこと眼中にない?」

客席から見てたはずの舞台に突然あげられて何が何だかわからない。

「が、眼中にないっていうか、王子様と私って組み合わせがぴんと来なくて」
「王子様ってガラじゃねぇよ」

そうは言っても力が抜けたみたいに笑う彼は王子様みたいにカッコイイ。

「俺が、お前以外の女子と付き合って、今みたいな関係でいられなくなったとしてなんとも思わねぇ?」
「それは…」

想像して悲しい気持ちになった。別の子といる黒尾を遠くから見つめることになるんだろうか。そう思うと視線がだんだん下を向く。

「なんとも思ってないならそんな顔するなよ」

脈ありかもって期待しちゃうでしょーが。と黒尾は困った顔で笑う。

「…やだ」
「え?」
「黒尾が離れてっちゃうのはやだ」

そう言って、俯いたまま黒尾のシャツの裾を遠慮がちに掴む。その手を彼の手が包む。

「じゃあさ、俺のオヒメサマになって」
「…私、お姫様みたいじゃないよ。スタイル良くないし、あんまり賢くないし、要領悪いし。黒尾と一緒にいても良いの?」

それを聞いて黒尾はプッと吹き出した。

「俺はさ、オヒメサマみたいじゃなくても、一生懸命で、笑顔が可愛くて、人の気持ちを慮ろうってしてる苗字名前が良いんだよ」

な、答えは簡単だろ?と黒尾が手をキュッと握った。

「…うん」

小さな声で答える。

「な、顔あげて」

言われるままに顔を上げると黒尾が「顔真っ赤」と笑った。
その顔は今までで一番、王子様みたいだった。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -